第5話 その2

 <鉄食い>のロワン。

 鉄を喰らう芸で知られた彼の通り名には、もうひとつの顔があった。

 副座長はそれを目の当たりにした事がある数少ない人間である。

 十数年前、一座を起こしたばかりの頃である。

 興行の途中、山間で野宿した時に野党が襲い掛かってきた事があったが、それを座長が一人で追い払った。

 それはまさしく、喰らう、と言う表現に相応しい光景であった。

 繰り出される野党の刃を、如何なるスピードとパワーをもってすれば素手で抉り取れるのか。手にする長刀や装備する鎧に掌の形をした穴が次々と刻まれ、這々の体で逃げ去っていく野党たちを見て、副座長は呆気にとられた。

 不断の、商売柄温厚そうな顔しか見せない男の隠された実力をそこで初めて知った副座長だが、間もなく、えぐり取ったはずの破片がどこにもない事に気づくと、彼は背筋を寒くしたという。


「……ま、あれを買うと決めたのはオレだ。手放すかどうか、お前に言われなくとも考えているから気にするな」

「は、はぁ」


 そう言って目を閉じ溜息を吐くロワン座長を見て、緊張感から解放された副座長が、ホッ、と安堵の息を吐いた。


「そ、それじゃあ、仕事ありますんで……」

「おう、頼むな」


 そう、副座長が恐る恐る退室してから丁度一分後の事であった。


「――座長っ!!」


 突然、甲高い怒鳴り声が座長小屋に飛び込んできた。声を追うようにやってきたのは、一人の少年だった。


「チェスカ手放すってどういうことだよっ!?」

「……なんだよ喧しい。ミトラ、お前帰っていたのか?」

「今さっきなっ!座長の面倒くさい用事すませてやっと帰ってきたらなんだそらっ?!」


 ミトラと呼ばれた少年は怒鳴り続けながら座長のベッドに近寄り、近くにあったテーブルの上を、ばんっ、と激しく叩いた。


「いくらあいつがへっぽこ人形でもな、一生懸命やってんだっ!今度はどんなヘマやったんだ?俺が相手にナシつけてやるから、勝手に売り飛ばすなっ!!」

「あー、もう相変わらず煩いなぁ……今更だが、三日間だけでも隣村に使いに行かせたら本当、この一座の喧しい原因がお前だってのが判ったぜ」

「知るかっ!声がデカイのは生まれつきな事くらい、育ての親のあんたなら判っているだろうがっ!」


 育ての親に対する恩義など微塵も感じられない罵倒ぶりに、流石に座長も呆れ顔で肩をすくめるしかなかった。


「……待て待て、俺の話を聞けっつーの」

「その前に俺の話を聞けッ!」

「ヘマしたからって売るんじゃねぇよ。引き取りたい奇特な御仁が居たんだよ」

「ひ……引き取る?」


 ミトラは目を丸めた。


「誰が? あんなサビだらけの? 芸も覚えねぇ? お使いの釣り銭も時々間違えたり落としたりする? 掃除と洗濯くらいしか能のないあの自動人形を?」

「……ミトラ、お前、あの人形の事気に入っているのかコケにしているのか、偶に判らなくなる時があるんだが」

「決まってるだろっ!――んな事どうでもいいんだよっ!」

「お前、顔赤いが」

「怒鳴ってりゃ赤くなるわっ!んな事はどうだっていいんだよっ!何であいつを売り飛ばすのかとっ」

「このボケェ!」


 流石に人の話を聞いていない相手にキレざるを得ないか、座長はベッドの上で思いっきり怒鳴り返した。


「売り飛ばすんじゃねぇ! あの人形も承諾したんだよっ!」


 座長はこの時、ミトラのこのあまりのマヌケ面を永遠に留める方法はないモノかと本気で考えた。


     つづく

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