第4話 その3

「……何者だ?」

「JB。この世界では医者より錬金術師と呼んだ方がいいかもしれない」

「錬――」


 背後の空気が変わった。重く冷たいそれは、並の人間ならば気死しかねないほどであった。


「――まさか貴様」

「彼女の治療は三年を要する」

「……?」

「三年で元通りの人間に戻れる」

「――姫がかっ?!」

「あれをお姫様と言った覚えはないがね、お嬢さん」


 背後の主は再び絶句した。


「お前は――」

「チェスカ姫の主治医だ。私なら彼女を死から蘇らせる」

「何が主治医だ……!貴様が姫をあのような目に遭わせたのだろうがっ……!」


 また、背後の空気が変わった。

 否、戻ったと言うべきであろう。

 凄まじい殺意であった。

 挑発しすぎたかな、とJBは心の中で軽く舌打ちした。


 突然、剣先が消えた。

 てっきり、その場で剣先を返され斬りつけられると思ったJBだが、意外な動きを見せた事に一瞬戸惑った。

 剣が戻されたのは、背後の主が諦めた訳ではなかった。依然、殺気は吹き付けられたままである。

 JBが翻った。

 その直ぐ鼻の先に、背後の主が討ち放った白刃が残光を残して燦めいていた。

 次の瞬間、振り返ったJBと剣士の間で閃光が爆発した。

 昨日、チェスカ姫を救ったあの奇怪な光る煙であった。矢張りそれを放ったのはJBである。

 音も無き爆光は燦めく煙を周囲に立ち上らせ、路地裏は白光の帳に包まれてJBと剣士の姿を隠した。

 石畳を蹴る音が遠ざかる中、ゆっくりと白き闇が晴れていく。

 その場にはJBしか居なかった。


「……決して見捨てられていたワケではないのか。少なくとも、あの女剣士には」


 爆光の隙間から、光を受けて露わになったその素顔は、胸と肩に青銅の甲をあつらえた皮鎧に身を包んだ、金髪の少女であった。

 歳は恐らく17、8。碧眼の主で、典雅ささえ伺えるその容貌から恐らく高貴の出であろう。

 何より可憐であった。

 その可憐さを台無しにしていたのは、JBを睨み付ける凄まじい殺気と、その細腕に相応しからぬ握りしめられていた日本刀を繰り出す居合いの速度であった。残像さえ残す速さは、取り残されたJBを今だ驚嘆させたままであった。


「……手強いのを向こうに回してしまったかもな」


 そう言ってJBは、今の一撃を受け損ね、朱線を刻まれた右甲をぺろっと舐めて見せた。



            つづく

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