第4話 その2

 店を後にしたJBは、少し先にある路地へ入った。

 足下に自然の石から切り出した石畳が続くその路地から少し見上げると、店舗の屋根が視界に入った。

 南欧風の煉瓦造りの屋根の直ぐ向かいに、和風の鬼瓦が見えた。

 その屋根瓦の奥には、ガラス張りのビルにしか見えない近代建造物まで見える。このデタラメぶりはまるで現代日本の東京を思わせるが、生憎ここは東京でない。

 この“世界”を知らぬ者が、見たら異様すぎる光景に唖然とするだろう。

 JBもこの仕事について色んな土地を渡ってきたが、この“世界”以上のデタラメぶりは無く、彼をして慣れるのに一年ほどかかったほどである。

 JBはまだ訪れた事はないが、彼の昔の知人が逗留しているという、ペガス国の東に隣接する、魔皇殺しの英雄王が統治するミブロウ国の王城は、鉄筋コンクリート製だという話である。

 自称錬金術師であるJBが手にするそれは、紛れもなく光磁気ディスクであった。先の店主は、JBから依頼された情報の全てをそこに記録したという。

 そのJBの脇を、飛竜の仔と思しき小動物に首輪を掛けて散歩する少女が横切った。

 北部にある小国で養殖されているそのミニチュア飛竜は成長しても一メートルほどにしかならない為、昨年の夏からこの国でちょっとしたブームになっていた。

 直ぐ先にある角の向こうから、いかにもファンタジー世界の人間らしい革製の鎧を纏った男女が歩いてきた。

 街全体でファンタジーのコスプレ大会かライブRPGでもしないかぎり見られない光景である。

 もっともその男女の間を、青白い燐光を纏って飛び交う精霊も何らかのSFXで出来ているならばの話だが。

 その男女の横を通り過ぎた後、JBは先の、ミブロウ国の客員剣士でもある古い友人を思い出した。

 もう一年も会っていないが、彼の周りを飛び交う剣の精霊と、自動人形に魂を封じられたチェスカ姫が、小動物を思わせるようでどこか似ているな、と独りにやついた。

 そんな時だった。

 すうっ、と音もなく片刃の剣先がJBの視界後方から現れてきたのは。

 JBは剣先の鈍い光を目にした途端、その場に立ち止まった。不幸にして、JBが居る路地裏から人気がぱったり途絶えていた。


「……人払いの結界を仕掛けられていたか」

「静かにしろ」


 それは背後から浴びせられた。JBには、高めの声を無理に低くして作った声だというのは直ぐに判った。


「……ほう。刀を突きつけられて驚かんのか」

「日本刀とは思わなかったが。この国でこんなモノを射しているのは非常に珍しいが、佳い刀だ。銘は?」

「……無い。そもそも知らぬ」


 相変わらず声を作っていたが、期待していた反応でない事を残念がったというより、何処か呆れたような声だった。


「……そんな事より、何故、あの自動人形の事を調べ回っている?」

「キミが例の“妙”なのか?」

「質問にだけ答えろ。でないとその首をここで斬る」

「オー、怖っ」


 しかしJBは一つも怖がっていなかった。むしろこの、刃先までまさに目と鼻の先の距離しかない危機的状況を楽しんでいるようにみえるではないか。


「……斬られたいか」

「あの自動人形は私の患者だ」


 間を置いたようであったが、背後の刀の主が絶句しているのは、JBが振り向かなくとも判る事だった。

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