第3話 その3
「はい、完了」
「へ」
あと少し、というのはホンの十数秒のことだったらしい。ロワンは身を起こそうとしたが、錬金術師はそれを止めた。
「そのままで聞いて。まだふさがったばかりだから、出来れば30分ほど」
「さいで……、本当に治ったんですかい?」
「一応」
何処かひょうひょうとした口調に、ロワンは戸惑いを隠せずにいた。
「錬金術師に看て貰うなんて初めての事で、なんか本当に治ったのか心配なんですがねぇ……」
「ま、私は正確には錬金術師ではないので、心配するのも無理もない事でしょう」
「「……え゛」」
思わず座長と副座長はぎょっとした。
「あー、大丈夫、大丈夫。人体には精通していますよ。単に、私の仕事を説明するのに近いのが、医者よりたまたま錬金術師であっただけで」
「そ、そうなんですかぃ?」
「ところで、治療費の件ですが」
「若いのにせっかちだねぇ」
「気の早いのがとりえで」
呆れ気味に言う副座長に、錬金術師は苦笑した。
「施術は今回で充分です。但し、基本的に私の施術は自己治癒力を高めるもので必ずしも即効性があるとはいえない。あとは二、三日、美味いもの食べて栄養付けて静養して、楽になってから身体を少しずつ動かすと良い。薬も要りません。――大した治療でもないので恐縮ですが」
「いやいや、痛みがすっかり消えただけでも凄い事ですぜ。いったいどんな治療を?」
「企業秘密です」
「……はぁ?」
「はっはっ、そういう冗談はこの世界では通じないか」
冗談と言われても、何がどういう冗談なのか、ロワンにはサッパリ理解出来なかった。この錬金術師に対する得体の知れなさが更に増してしまったが、しかしそれでいて、決して悪い人間には見えなかった。
「先にも言いましたが、今回、団長さんの自己治癒力を高める施術をしました。人体にはもともと自己治癒力があります。それを刺激して治療したわけで。ヘルニアは決して治らない病気ではありませんし」
「何かのマッサージなんですか?」
「そんなモンです。肉体レベルでなく、霊的レベルの」
「霊……的?」
何だかもう言ってる事が怪しい限りである。ロワンは少し不安になった。
「ま、そう言う事で。――で、お題の方ですが、どうでしょう、そこの自動人形で」
「――――」
声も出なかった。法外な値段をふっかけられるならいざ知らず、なんでまた、と。
「そこの御――いえ、自動人形にちょっと興味がありまして。見たところ、雑用ぐらいにしか使われていないようですし、私の方で是非、引き取らせて頂きたいのですが」
「座長……」
副座長が怪訝そうな顔で耳打ちしてきた。
「……何か怪しくありません?あの自動人形を欲しがるなんて」
「う、うーん」
「確かに勝手にしゃべる自動人形なんて他に聞いたことありませんが、もしかするとそれ以外で何かあるのかも」
「何か、ねぇ……」
ロワンは困った顔をして、自動人形に一瞥をくれた。
副座長も自動人形を見る。
別に愛着があるわけでもないし、もしこのヘルニアという座長の病気が本当に治るのなら、別に譲っても構わなかった。
しかしもし、自分たちの知らない何かがこの自動人形にあるとしたら、そしてそれが、「本当の価値」だとしたら――
「……何でそいつを欲しがるので、ブラックジャックさん?」
しばらく考えての、しかし必然のロワンの質問であった。
「いえ、私の名前はJBです。似たような恰好をしていますが」
青年錬金術師は苦笑混じりに応えた。
「理由は今申し上げたとおりです。興味があるだけ。――しゃべる自動人形なんて他にないでしょうし」
「本当は、何か、あるんじゃないんですか?」
副座長が割って入ってきた。
「この自動人形とは2年の付き合いになりますが、我々だって全部知っているワケじゃない。ときどきおかしな事を口走ったりする、兎に角変な自動人形だ。こっちはこいつに高い金払って買ったんだ。こいつにまだ秘密があるなら、それを知らずに手放すわけにはいかんでしょう。こいつがまだまだ金の成る木なら、そう簡単に手放すわけには……」
「おい!」
ロワンは少し強う口調で副座長の言葉を制した。けちくさい印象の強いロワンだが、それはあくまでも印象だけなのかも知れない。
「もっともだ」
「JB様――」
納得し頷くJBに、今まで沈黙を保っていた自動人形がようやく、しかし不安そうに口を開いた。
「……そうだな、どうです、先生?そう言った話は、オレの腰がまず治ってからで」
提案したのはロワンであった。印象通りのケチくささが滲み出てくるような言い回しだった。
「良いでしょう。では、三日後、この時間に」
JBはそれが当然のように、臆した様子はなかった。
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