第3話 その2

 チェスカ姫が「売られてしまった」サーカスは、主にベガス国西部で興行している、一応メジャーな一座である。

 座長の名は、〈鉄食い〉のロワン・ロワンという。何処かケチくさい貧相そうな容貌からは想像も付かない、鉄食いという豪快な大道芸で身を起こした、根っからの芸人である。一座の座長となっても、半年前に腰を患って立てなくなるまで現役で頑張っていた。

 若い頃は苦労人だった事もあり、情に篤いその性格は、一座には、食うに困っているところを見かねてスカウトされた若い芸人が多く所属している点からも伺えるだろう。

 チェスカ姫――ロワンにとっては只の自動人形(オートマーター)に過ぎない彼女を“買った”理由は二つ。

 ロワンの一座はペガス王の前で何度か芸を披露した事があり、その縁で王家に出入りしていた商人から取引の話を持ち出された為と、単なる物珍しさからであった。


 この世界に於ける自動人形殆どは、基本的にしゃべる事は出来ない。

 意志も持たず、命令された事に対して忠実に動くだけの存在(ロボット)なのだが、この自動人形はそうでなかった。

 胴長寸胴、出来損ないの鎧というかまるで鉄くずで拵えた案山子みたいな作りは、自動人形にありがちなぞんざいさだが、この自動人形はしゃべるのである。それだけで充分珍重な存在であった。

 ロワンは購入のさい、この自動人形の背景に関して問わなかった。

 長年彼の相方として勤めていた副座長も、始めは特に疑問を抱く事はなかった。相手が王家であった事もあるが、国王が手放した珍しい、意志を持ったしゃべる自動人形。芸をさせるより、コレクション的な考えで購入したのだろう、と思ったからである。


 自動人形が一座にやってくると、副座長は芸を仕込ませようとした。

 しかしその鋼鉄製の図体から知れるように、仕込める芸などたかが知れている。

 実際、酷い運動音痴で、平地なのに走ると転けるわ、ジャンプも出来ないわ、踊る事もままならないのである。そのくせ、奇妙な事をしゃべっては周囲の者達を戸惑わせていた。

 その、しゃべる、という点に一座の面々は注目した。しゃべる自動人形、と言う事で副座長はこの自動人形を披露した。


 受けたのは最初の頃だけであった。

 しゃべるだけでは飽きられるのもあっという間である。その途中で、人形による腹話術も覚えたのだが、焼け石に水であった。

 果たして、今ではこの珍しい自動人形は、裏方に回され、雑用係として過ごす事となった。

 副座長は、雑用係として奔走する自動人形を見るたび、どうしてこの、芸人として価値のないこの自動人形を捨てる気にならなかったのか、不思議に思う事があった。

 一応、芸人として出ていた時の稼ぎで購入代金はチャラになっていたので、減価償却の考えではもう価値のない存在であり、放り捨てても良かった。

 一座の他の芸人たちも、ロワンが何故このサビだらけの汚い自動人形を捨てないのか不思議がっていたが、特に問題を起こすふうでもなかったので、敢えて訊こうとはしなかった。

 それだけの理由なのか。副座長はそこまでで考えるのを止めた。彼には他に考えなければならない事は沢山あった。最近客の入りも減り始めた事や、それが原因による一座の運営費節約方法とか。

 その中で一番の問題が、半年前から患っている座長の腰痛であった。


 突然襲った痛みに、舞台から退かねばならなくなった事が、ロワンの一番の悩みであった。巨大な鉄の塊を食らうその姿に、観客は大いに沸いたものである。もしかすると自分が舞台から離れてしまった事が原因なのかも知れない。そう何度思った事か。

 この西部辺境でも名医と呼ばれている医者は何人かいた。だが、心当たりのあるその全員に看て貰っても、この腰痛はまったく原因不明であった。

 こうなるとあとは医学でなく、もっと複雑な術式――魔法や錬金術に頼るしかない。

 しかし人体に精通している術師はこの辺境では殆ど話を聞かず、ロワンは途方に暮れていた。

 そんな時だった。

 最近、西部の鉱山で起きた大崩落で、重傷を負った探鉱夫たちを次々と治療したという錬金術師の噂を耳にしたのは。

 死者さえも生き返らせたというデマまで出たその仕事ぶりは、それを目の当たりにした者達を圧倒した。

 押し潰された手足の変わりとなる義手や義足をくず鉄から作り上げ、破裂した内臓を奇怪な術で次々と縫い治していったのである。

 その錬金術師ならば――ロワンは直ぐさま問題の錬金術師を呼んだのだった。



「……これはヘルニアだな」

「へるにあ?何ですかそれ、何かの呪いですか?」


 黒いインバネスに身を包んだ錬金術師は、名前の割には安普請に見える座長小屋のベッドに腰掛ける、酷い痛みが続くロワンの腰に軽く触れただけで原因を見抜いたらしい。それはロワンには生まれて初めて聞く単語であった。


「ほう。この世界ではヘルニアは理解されていないのか。そう心配しなくて良い」


 そう言ってこの青年錬金術師は、その整った顔をもてあまし余り感情を表にしない質なのか、不快感こそ無いが薄い笑みを浮かべた。


「簡単に言うと、腰の骨を支える軟骨が神経に障っている症状だ。なるほど、レントゲンは無いから外からでは診られるわけがない」


 それはこの錬金術師も同様である。手を当てただけでいかにして見抜いたのであろうか。当然ロワンはいぶかった。


「……で、治す方法は?」

「以前から腰に痛みは?」

「まあ、こういう商売だから」

「慢性化の恐れもあるな」

「慢性化、って……」

「はい、うつぶせになって」

「え、あ、い――イタタ!」


 腰が伸びない状態で苦しんでいるのに、この錬金術師はお構いなしにロワンを、ベッドの上にうつぶせにさせるとその身体を伸ばした。ヘルニアで悩んでいる人には地獄の責め苦であった。

 ――ハズだった。


「座長?」

「……あれ?痛みが……消えた?」


 何か悪い冗談のようであった。半年間苦しめられていた病気が、うつぶせになっただけで消えてしまったのである。

 もしロワンが背中を観る事が出来たら、自分の背中と腰に光る微細な糸の存在に気づいていたであろう。

 座長の治療に立ち会っていたサーカスの副座長は、それが錬金術師の指先から出ていた事に気づいた。ロワンの背中を動くその姿は、まるでその糸でロワンの背を縫っているようであった。


「弾けた随核を元に戻している。あと少しこの状態で」

「へ、へぇ……」


 実際痛みもないので、ロワンは言われたとおりにした。

 ぼう、っとするばかりしかなかったロワンは、先ほどから気になっていた。あの自動人形のほうを見た。

 この錬金術師が座長の小屋にやってきた時、この自動人形も一緒に現れた。

 あれだけサビ放題だった身体は、初めて見た時と同じ艶やかさを取り戻し、すっかり綺麗になっていた。この錬金術師がサビを落としてくれたらしい。感心していた所為で、小屋の裏の掃除の進行具合を聞きそびれてしまった。

 何故だろう、とロワンは思った。

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