第2話 その2

 JBが用意した鎧によって命が(正確には魂が)救われた姫だったが、その後が散々であった。

 ベガス28世は、国内のトップクラスの錬金術師を集め、今度は姫の身体の人体組成に臨んだのだが、最高頭脳を寄せ集めた結果は、鎧の仕組みがまったく理解不能という最悪の事態であった。


 どうやって鎧の中に、ミンチ状態となったチェスカ姫の遺体から魂だけを取り出したのか。

 王の記憶では、JBと名乗る奇妙な錬金術師が、肉塊の中に差し入れ、中から光る糸のようなモノを引き出し、光の球を紡いでそれを鎧の中に入れたというものであった。そこから推測するに、光の糸や球は姫の魂で、消滅する前に妖術のようなモノで取り出し、鎧の体内に収めたのであろうと言う事であった。

 だが、錬金術にはそんな術は一切無い。そればかりか、世界に存在する様々な妖術に、それに該当する術が皆無であった。

 王は悄然となった。

 大切な姫の命は救われたというのに、これでは……と思ったその時だった。

 王は、あの時聞いた、JBの言葉を思い出していた。


 ――姫様の魂をこの鎧の中に収める事で、姫様の身体を蘇生する事が出来るのです。


 王は絶望しなかった。今でこそブリキの玩具みたいな姿だが、そのうちこの鎧の中で失われた姫の身体が再生し、元通り戻るかも知れないと。

 果たして、王は、姫は習練で暫く表に出ないというお触れを国内に出し、国民たちは愛する姫様が姿を隠した理由をそう納得した。


 一年後。

 王様はもう限界だった。

 鎧はどうやっても引きはがす事は出来ず、本当にその中で姫の身体が再生されているのか知る事は叶わなかった。

 チェスカ姫はこの時12歳。この年頃の少女はそれなりに成長が早いというのに、姫はまったく成長しないのである。

 もう三ヶ月前から毎日のように姫の身長を測定器で測り続けていた王は、木と金物がぶつかるワンパターンな音に嫌気がさしていた。

 嫌気が増すに比例して、王の中にわだかまっていた疑念が大きくふくれあがっていた。

 本当は、姫はあの時死んでいたのでは、と。

 自分はあの得体の知れない男に担がれてしまったのではないかと。

 目の前にいる姫は、偽物ではないかと。何せ、水以外何も摂らないのである。水道管など無いこの世界において、水に触れる金物など、不条理極まりない存在であった。

 それは王のストレスの原因となり、遂に限界を突破してしまった。



「おまえなんかひめじゃないやい、あっちいけー」

「あーれー、哀れお姫様はサーカスに売り飛ばされてしまったのでした、めでたしめでたし」

「ちっともめでたかないがキミ。ていうか、良くその牛とカエルの人形用意していたね」

「大した芸も出来ないので、雑用で倉庫整理していた時に余っていたのを貰って覚えました。2年間もあったのに、上手くなったのは雑用くらいと、こんな他愛のない芸しか覚えられませんでしたが。ねぇねぇカエル君カエル君」

「とりあえず人形劇はもう良いから。しかし、あの事故が3年前だから……」

「はい。こう見えても今年で15になります。……今日、誕生日だったんですよ。一つも成長していないのに変ですよね」


 両手から牛とカエルの人形を外しながら、チェスカ姫は自嘲気味に言って見せた。

 無理もない。一国のお姫様として大切に育てられていたお姫様が、自分が悪くもないのに王様に、父親に捨てられてしまったのである。こんな身体でなければずうっと泣きくれていた事であろう。

 JBは、チェスカ姫の2年間を想像した。

 その間の自分を振り返りながら、結局彼女に何もしてやれなかった事への後悔がゆっくりと沸き上がってきた。恐らくは、こうして姫と再会しなければ沸かなかったであろう、忘却していた後悔だった。


「……いえ。やっぱり、違うんですよ」

「?」


 不意に、チェスカ姫の表情が翳った。無論、鉄の顔は豊かな表情など作れるはずもない。


「私、本当はチェスカではないんですよ、きっと」

「――――」


 JBは言葉を無くした。


「……お父様はわたしの事をチェスカ姫でないといいましたから」

「そんな事はない」


 反論するJBの声は何処か動揺しているようだった。


「でも……」


 そう言ってチェスカ姫は自分の顔を撫でた。

 鉄がこすれる音がした。


「……私、死んでいるんですよね」

「いや、でも私がその身体に魂を……」

「その魂が――」


 チェスカ姫は右手を自分の左胸に当てた。


「――此処にあると証明出来るのですか? 見えるのですか? 聞けるのですか? 触れるのですか?!」


 悲鳴であった。JBを咎めるその声は、チェスカ姫の心の中を密かに蝕んでいた昏い現実そのものであった。

 今のJBに、そんなチェスカ姫に掛けられる言葉など無かった。

 なのに、慟哭を締める言葉は、何故か穏やかそうだった。


「……私は思うのです。私は――チェスカ姫の振りをしているだけの自動人形(オートマーター)なんだって」


 JBは思わず溜息を吐いた。三年。彼女に手をさしのべてやるのが余りにも遅すぎた、そう思わずにはいられなかった。。


「だから、もう良いんです。それに、今の生活嫌いじゃないし。私が知る王宮の生活は形式張っててちょっと窮屈なところがありましたから。下働きですけど、色々知らなかった事を学べましたし」


 そういってチェスカ姫は、JBに手伝って貰って詰め直した野菜や果物で一杯の買い物かごを抱え、歩き出した。


「……チェスカ姫」

「姫なんて呼ばなくて良いです」


 そう言うと突然チェスカ姫は立ち止まり、JBのほうへ振り向いた。


「……診て頂いて、ありがとうございます」


 そう言ってチェスカは微笑んで見せた。

 鉄製の表情では、それがどのような心の内をあらわしているのか理解しづらいのにも関わらず、確かに微笑んでいるようだった。

 ましてやたった今、咎めた相手であるJBにそれをくれるなど、余程のお人好しである。


「……その」


 JBは頭を掻きむしりながら言った。


「……半分持ってあげるよ」

「結構ですよ」

「いや、私の行き先は、君のいるサーカスだから」

「……え」

「団長さんが腰を患っているとかで、診てやる約束をしている」


 チェスカ姫は一瞬ウソかと思ったが、それは別の方の意味である。確かに団長は半年前に腰を痛めて療養中であった。

 そしてしばらく考えた後、買い物かごからオレンジを一つだし、JBに差し出した。


「いや、これ一個だけもらっても」

「お医者様が来られるから、何かお出し出来るものでも買ってこいと言われていたんです」


 JBは苦笑し、受け取ったオレンジの皮を剥いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る