第2話 その1
王都でドーナツ焼きの屋台を30年も引いている露天商、プラハさん(68)は、当時の事件をこう語る。
「あの事故の事け?ああ、あンれは、とにかくひどい事故だったなやぁ。
ええ、うちらの王様が、また凝りもせずお忍びで街にいらっしやってなぁ。
あンの王様、餓鬼の頃からワスの屋台に良く来て下すってさ、気さくなんだか只のうつけか、まったわからんけんね。
おうおう、事故の事やったな。あの日は王都の広場で年に一度の大バザーが開かれてな。
王様が、姫様連れてこそーりまわられていたんじゃ。
ちょうどあん時、王様と姫様がワスの屋台に来られてな、ドーナツ焼きを二匹買われて食われていたんじゃ。
おう、うちのドーナツは活きがええのが自慢じゃ。おかげさまで今でも王様にごひいきされておるほどじゃて。
ほれ、東の国境に原っぱがあるじゃろ?あすこでヘコヘコ這いずり回っているヤツが一番美味いンじゃよ。
穴が他のヤツとは全然出来が違う。あっちのほうでも使えるからのう。
あんたも独身ならためしてみるべさ、しまりが違うからのぅ、けけけ。流石夜のお菓子と呼ばれ――
え、それはどうでもいい?あー、若いのにせっかちやねぇあんた。なんや、あんたそのいやそうな顔は?あー、そうか、安心せい、うちのロクデナシはもうへにゃへにゃで使い物にならんから、使ったモノを焼いたりしとらんわ。
はいはい、話戻そか。
でな、止まっていたどっかの商人の馬がな、ワスの屋台の向こうでババ垂れながら止まってたんだ。
それをな、姫様が珍しがって――んにゃ、馬がババ垂れとるトコなんざ見たの初めてじゃったんやろ。
姫様も少し変わり者なむ所あったから、面白がって馬のケツの方に近寄っちまったンじゃ。
馬はな、どんな熟練でも、それが愛馬でも、決してケツには近づいちゃなんねぇーだ。
馬が怖がって蹴る。もう思いっきり。馬は臆病な生き物じゃて。
いやぁ、姫さんの飛びっぷりは見事じゃった。カーン、てか?伝説の球打ちにほれ、べいぶるぅすとかおったじゃろ?あれが球打って吹っ飛ばした時みたいな豪快な音がしてな。ありゃ絶対、蹄が頭蓋にキマって粉砕された音じゃろ。
姫様、打ち上げ花火みたいに飛ばされおったわ。いやぁ、あの光景は今でも目を瞑っても蘇るわぃ。
その後が大変じゃったわ。
姫様が落下した場所に、暴れ鹿がやってきてな、角と足で姫様の身体をぐっちゃぐちゃにしてくれたんだわ。
何も知らん観光客の集団が、人間解体ショーのぱふぉーまんすか?とかゆっとったわ。
なぁ、ぱふぉーまんすってワス年寄りやけん初めて聞く言葉やったが知らんけ?
まぁ解体ショーはワスにも判るて。姫様の身体ボロボロになって、内蔵が辺り一面に飛び散るわ、それみて屋台に粗相する夫人が出るわ、驚いて屋台から逃げ出したドーナツが、隣でチチくっとった餓鬼に襲い掛かって骨まで食われるわ、もう大変だったさ。本当、これが――――こぅれっ! おまえ、そこのおまえっ! 笑点で菊蔵のダジャレを先読みする観客かぁっ! この年老い死ぬのを待つばかりのババに「これが本当の馬鹿みたいな話」というオチをゆわせぬとわっ! こぅの畜生め! このっメソ(以下、不穏当な発言に付き削除)
「…………で、その時私を救ってくださったのが、貴方だったんですね」
JBに首のサビ落としと油差しをされていたチェスカ姫は、当時の事故を振り返る命の恩人の話に聞き入っていた。
身体の表面上に浮かぶ酷いサビも、JBが持ち合わせていたサビ落とし剤で丁寧に落とされ、新品にはほど遠いが、光沢を持った綺麗な鉄の人形に生まれ変わっていた。
「声の調子も良くなってきたな。整備に使っている油が安物だったんだな」
「か、買うお金もありませんから……」
何処か恥ずかしそうな口調でそう言って、パッと見ブリキ細工の女の子みたいな姿をするチェスカ姫はうつむいてしまった。
「……ただ働き?」
呆れ顔のJBが訊くと、チェスカ姫は、こくん、と小さく頷いた。
「……大食らい……なので……」
「いや、その身体は食わなくても大丈夫なハズだが」
「……水です」
「水?――確かに姫のその鎧は、水の量子変換で人体細胞組成をするシステムになっているが。“この世界”の水は金がかかるのか?」
「団長さんが……」
「……はあ。いかにもしみったれたツラしてると思ったが、そのまんまかい」
「その……」
「ん?」
JBは、妙にそわそわしているチェスカ姫にようやく気づいた。
「どうした?」
「……JB様は、どうしてあの時、この鎧を持っていたんです?」
チェスカ姫は、まるで今までずうっと抱えていたわだかまりをやっとはき出せて楽になったような、そんな面差しでJBを見た。無論、鋼の顔では表情など出せないのだが、JBには不思議とそう見えてならなかった。
「これか」
JBはチェスカ姫の右手を手に取った。手を握られた姫は、あっ、と可愛らしい声を出す。
「これは色々いわく付きのシロモノでとっとと壊さなければならなかったモノだったのだが」
「壊――」
「しかしあの時点では、姫様の命を救うには必要な品だった。そして使う事で壊さず処分出来る。一挙両得だったわけさ」
「何で壊す必要が……」
「色々訳ありでな」
――その鎧で、姫が救えるというのか、錬金術師殿?
――一度限りで壊れてしまいますが、姫様の魂をこの鎧の中に収める事で、姫様の身体を蘇生する事が出来ます。私もこの鎧を早く何とかしたかったので、丁度良かった。但し……
――判った!細かい事はいい、一刻も早く姫をっ!姫の命を救ってくれっ!
JBはウインクしてみせた。
「未使用の状態を悪い奴らが狙っていたのさ。使ってしまえばもうこれを奪っても仕方がない」
「悪い……?」
「ま、今の姫様には関係ない事です。ほら、そんな事より他に調子の悪いところは?」
「え、あ、はい」
チェスカ姫ははぐらかされたような気になったが、JBが話したがらないのは何か深い理由でもあるのかと思い、それ以上訊くのを止めた。
「処で姫様」
「はい?」
「何でこんなサーカスに居られるのです?」
JBは先ほどから何度も口にしていた疑問をまた口にした。
チェスカ姫は、内心、またか、と呆れていたが、どうして納得しないのか知りたかったのでもう一度応えた。
「……だから、勘当されたと」
「それはもう訊きました。――勘当された理由ですよ」
「理由……ですか」
そう言うと、チェスカ姫はまたうつむいてしまった。この微妙な押し問答はし先ほどからここでとぎれてしまっていた。
だから、そろそろ痺れを切らしてきたJBは、少し強い口調で訊いてみせた。
「姫様の魂をその鎧に収めた後、ちゃんと説明しようとしたのに、王様が人の話を聞かないで姫様を連れてさっさと帰られてしまったから、その後の事はさっぱり判らないんですよ。いったいあの後、何があったんです?」
JBの強めの口調に少し驚いたふうだったが、JBが興味本位で訊いているのでなく、心配して訊いてくれる事を理解出来たらしく、チェスカ姫はようやく面を上げた。
「……JB様がいなくなってしまった為ではなかったのですか?」
まるで咎めるような口調だった。
表情から推し量る事の出来ないチェスカ姫の複雑な心中を知るには、それで充分だった。
JBは、はぁ、と溜息を吐き、
「……あの後、何があったのか、教えてくれないか?」
「はい……」
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