終章 彼女の存在、真実
第13話 ワイバーンと紅い軍勢
夜が長い。
具体的に言うと眠れない。布団へ入って目を閉じているのに、脳内では何度も夕方の出来事が繰り返されている。
祖父の所業。彼はどうして、あんなにも簡単に人を殺したのか。
納得しようと努めてはいるが、心の整理は短時間で行えるわけじゃない。これまでの先入観も手伝って、思案の泥沼に両足が入っている。
「はあ……」
寝返りをうっても、気分は寝返ってくれなかった。
仕方がない、少し起きよう。下ではまだ、フェイが申請書を書いているかもしれない。何でもいいから、話せば少しは気が楽になる――筈。
布団を剥ぎ、やや迷ってから部屋の明りをつける。電気代が心配だし、早めに消そう。
アナログ時計が示す時間は午前十二時半。……馬鹿らしい、寝ようと思ってから、二時間もウダウダ悩んでいたのか。
これまでの生活から培った癖で、廊下の照明を灯さずに歩いていく。
「……ぬ?」
階段の下を覗き込むと、うっすら漏れている光ある。
しかし直後には消えてしまった。ちょうど、フェイは布団に入ろうとしているらしい。彼女の寝室は一階、両親が使っていた場所を貸している。
折角だ。なんか寝付けない、とでも言って話をしよう。
だが変化はもう一度。
玄関から、鍵の閉まる音が聞こえたのだ。
以降、人の気配は途絶えてしまっている。どれだけ注意深く耳を傾けても、足音すら聞こえない。
「外に出たのか?」
独り言なので返事はなく、角利は一階まで駆け足で降りていく。
一通り家を見て回ったが、やはりフェイの姿はない。店の方も同じだ。せいぜい、昼間に使役していた妖精のなごりがあったぐらい。
「……」
考えたとしても、迷う理由はほとんどなく。
最低限の上着を羽織って、角利は夜の町へと繰り出した。
お迎えに来てくれるのは暗闇だけ。街灯も少なめで、ここが捨てられた場所であることを思い起こさせる。
実家の向こうに目をやれば、その感覚はなおさら強くなった。昼間にフェイが全力で暴れたため、荒れ地と言って大差ない光景となっているのだ。
修復は行うのか否か。
自分に関係ありそうでなさそうな疑問を胸に、フェイの姿を探し出す。
「いたっ!」
店の右手。人目を避けるためか、路地を奥へと進んでいく。
表通りへ行くには、店から左へ行くのが最短ルートだ、それを使用しないのであれば――やはり、人目を避けるためなんだろう。嫌な予感が膨らんでいく。
彼女を信じるためか、あるいは自分が納得したいのか。
素人による素人のための、ぎこちない追跡が始まった。
フェイは後方を疑うまでもなく、自信満々の足取りで進んでいく。対し、角利は抜き足差し脚。悪いことをしているのがこっちみたいで――いやまあ、許可もなく追跡してるんだから悪いんだろう。これじゃあヴィヴィアに言われた通りストーカーだ。
途中、フェイの勢いが増していく。
大股から早歩きへ。徐々に走る形へ変わっていき、角利との距離を離していく。
こうなったらこちらも走るしかない。フェイはちょうど曲がり角を曲がってしまった。この先に入り組んだ地形があれば、ものの見事にまかれてしまう。
物音を立てないよう、しかし急いだ、直後。
「っ!?」
抵抗する暇もない、文字通りの早業だった。
視界がひっくり返り、そのまま地面へ叩き付けられる。顔を上げた先には魔剣が突き付けられていて、脅しの準備まで完璧だった。
「か、会長!?」
「……よう」
軍人ばりの格闘技を放ったのは、もちろんフェイで。
見よう見まねの追跡調査は、最初からバレていたということだ。
「妙な視線を感じるかと思えば……まさかですね。どうして?」
「い、いや、お前がちょうど出ていくところを見てな? 何かあったのか、と思って追い掛けました。はい」
「ストーカーじゃないんですから……」
「あ、ああ」
さすが姉妹だった。
フェイは突き付けていた魔剣を解くと、何度も見たか細い手を差し出してくれる。重いモノを引っ張るのが不釣り合いな、心配になるぐらい細い手を。
角利はそれを断って、自分の力で起き上がった。
「……で、何しに行くんだ? こんな夜中に一人で出歩くなんて、優等生失格だと思うが?」
「おっしゃる通りです。せっかくですし、一緒に来ますか?」
「へ?」
今度は、角利が驚く番だった。
フェイはこちらの返答を待たずに進んでいく。まあ、心配なら一緒に来い、は間違った理論でもない。追い返されるよりは遥かにマシだ。
と、いつの間にか倉庫の前で足が止まっていた。破棄されて大分たつのか、あちこちにガタが来ている。こんな場所に何の用だろうか?
尋ねようにも、肝心なフェイの姿がない。しかし倉庫の方で物音は聞こえるので、何か動かしているんだろう。
近くにある寿命寸前の街灯が、戻ってくる少女の陰影を映し出す。
彼女が持ってきたのは、何をどう解釈しても、
「バイク?」
「いいえ、箒です」
無茶のある冗談だった。
しかしどれだけ目を凝らしても、あるべき前輪と後輪が見つからない。小さな車輪があるだけだ。あくまでも軽く移動するための、いわゆる補助輪。
全体的なフォルムは細く、箒――に映ると言えば映る。ただし凹凸のある、まるで武装でもしたような箒だったが。
「……何なんだこれ」
「いえ、ですから箒です。運送業を営んでいるギルドからの払い下げですけど」
「運送業って……」
確かに過去、魔術師は運送業を営んでいた。もちろん箒で。今でこそ自働車や飛行機にお株を奪われたが、政府の荷物であれば魔術師が運ぶことはある。
その足を、実際に目にするのは初めてだ。
「これは十年ぐらい前のモデルになりますね。エアレースの箒と違って、そこまで速度は出せません」
「え、エアレースって、プロペラ機とかでやるアレか?」
「はい、魔術師たちの場合は箒ですけどね。テレビなどでご覧になったこと、ありませんか?」
「……子供の頃なら一度か二度は見た、かもしれない。父さんが好きで一緒に見てたような気がする」
にしても、この箒で一体どこへ向かうんだろう。見るところ、二人乗りが組み込まれた設計ではあるようだが。
「これから、ヴィヴィアをさらった魔物を追います」
考えを先読みされた一言。
成程と頷く角利だが、一抹の不安は消しきれない。
「いいのか? 下手に動くなって注意されたんだろ?」
「ええ、言われましたよ。しかし向こうが気付かなければ、非難される理由もありませんよね?」
「……ま、イタズラはバレなけりゃ大丈夫だしなあ」
ならそういうことだ。フェイはヘルメットをかぶり、角利にも同じ物を差し出す。
こっちは箒の運転なんて分からない。つまり前には彼女が座って、角利は後ろに座るわけだ。わけだが――
「どうしたんですか? 早く乗ってください」
既に気合十分なフェイは、少年の戸惑いを配慮する気配さえない。
運転席と後部座席の間には、自由な間隔がなかった。加えて後ろには取っ手のようなものが見当らず、運転手にしがみ付かなければならない。
つまり、フェイと密着することになって。
首を傾げている彼女を尊敬する反面、ちょっとした良心が声を上げる。
「やっぱり君一人で行ってくれ」
「なぜですか? 私も一人で捜索するより、会長が一緒の方が心強いです。あ、私の技術が不安ですか? ご安心ください、箒の運転免許は取っています」
「運転免許あんのか……」
まあ驚くのはさて置いて。
この後に及んでも、フェイはこちらの気遣いを悟ってくれない。直接口にするのは恥かしいんだが、こうなったら玉砕覚悟だ。
「なあ、これって俺が乗ったらどうなるんだ? ハンドル握る代わりに、フェイを支えにしなきゃならないだろ?」
「ええ、間違いなく」
「だったら、ほら」
「??」
ダメだこりゃ。
遠まわしに言う角利も悪いが、フェイは問題点を意に介していない。触れるぐらい何が問題なのかと、平静な顔が語っている。
こうなったら大人しく乗るしかなさそうだ。役得と言えば役得なのだし、前向きに行こう。
角利が座席へ座るのに合わせ、箒がとつぜん宙に浮く。
「うお……」
「安全運転は心掛けますが、暴れないでくださいね。あ、私の腰に手を回してください」
「りょ、了解」
出発までは秒読み段階。
角利の安全を確認して、二人は宙に躍り出た。
フェイは住宅街の隙間を縫うように飛んでいく。音で気付かれそうなものだが、箒にエンジン音らしきものはない。自働車よりクリーンだ。
箒はヘッドライトを灯し、時には大胆に深夜の町を駆けていく。
今のところ魔術師の姿はない。住人の姿もほとんどなく、ひっそりと静まり返っている。逃げたオークが、彼らに外出を控えさせているのだろう。
それでも左右に気を配りながら、角利はフェイと触れ合っていた。
頬を撫でる突風、少女の温もり。彼女の長髪が顔に当たるが、あまり苦には感じない。というより、感じる余裕がない。
異性とこんな至近距離になるなんていつ以来だろう。泊まってだっているわけで、今日は大人への階段を二、三段すっとばした気分。
少しは雑談もしたいが、複数の要因が重なって出来るはずもなく。
がっくりするぐらい無事に、二人は目的地へ到着した。
「あの後、代々木公園で目撃情報があったそうです。速やかに捜査を進めましょう」
「分かった」
箒は木陰に隠しておく。一緒に移動するのはさすがに手間だ。
辺りは、四治会の付近以上に暗かった。
地理的には公園にある森林地帯の中。街灯はなく、かといって月明かりも頼れない。生い茂った木々で遮られている。
こういう時、懐中電灯が便利になる。
「会長、こちらです」
もちろんフェイが用意しており、角利はその後を追っていく。
辺りは見渡す限りの闇。どのような形であれ、光は目を引く存在だ。もし他の誰かに見つかれば、即通報の失態となるだろう。
自然と強くなる警戒心。無意識なのか意識的にか、フェイはピッタリと肩を寄せて離れない。
――今更、彼女の体格が女性でしかないことを自覚する。
あんな力を持って、魔物を一刀のもとに切り捨てるのに。小さな肩は掴めば折れてしまいそうで、剣を振るうイメージすら持たせなかった。
一方で、全体に視点を移すと凛とした説得力がある。戦乙女とでも言えばいいんだろうか。ドレスを着ればさぞ似合う美少女だけど、男性の正装も似合いそうな気がしてくる。
まあ個人的な秘書のイメージだし、やっぱり学校の制服が一番――
「し、しかし、こういうのもレアな体験だよな」
沈まれ
いきなり会話を振られて驚くかと思ったが、フェイはええ、冷静に頷いた。
「日常的に出歩いていたら問題児ですよ。少なくとも子供ではありませんね」
「じゃあ一度だけ爺さんに連れ出された俺は、そのとき子供じゃなかったわけか」
「あら、御法さんが?」
「一回だけな。暇だから星でも見るぞ、って夜中に叩き起こされたんだよ」
真冬の夜のことだった。正気かジジイ、と孫の方から注意したほどである。
もちろん、祖父との大切な思い出の一つだ。まあ二度と氷点下の夜に叩き起こされたくはないが――うん、やっぱり半分ぐらいは嫌な思い出かもしれない。
「家族、ですか……」
「うん?」
角利が一人で苦笑している横、フェイは罪悪感に押し潰されそうな顔をしていた。
彼女自身、言葉にするのをためらう話題なんだろうか? しばらく、足音だけが響いていく。
「御法さんはどうして、あんなことをしたんだと思います?」
「……」
戸惑うのも仕方ない疑問。
自分の気持ちを再確認する意味を込めて、角利は静かに語り出す。
「それがあの人の本音だっただけだろ。結局、無知がバカを見ただけさ」
「……宜しいんですか? それで。もしかしたら、説得できる余地があるかもしれませんよ?」
「俺には出来ないぞ? 爺さんにどんな理由があっても、殺しは殺しじゃないか」
「……」
角利はこれまでにないほど饒舌だった。俯いている彼女を無視して、怒りを滲ませるように語っていく。
――でも本当は、彼女に対して言ってるんじゃなくて。
自分への、言葉なんだろう。
「真実なんて、俺達の都合は考慮してくれない。だから俺は、俺の感情に従って動くさ」
「それが、決定的な断絶を生み出すとしても?」
「……ああ」
後悔はしたくない。
四治事件からずっと、それを夢に描いてきた。もちろん夢だから、実現できていたかどうかは定かじゃない。
でも、今なら出来る、続けられる。
あの事件を直視する日が、ちょっとずつ近付いて――
全身に走った悪寒が、角利の歩みを止めさせた。
やはり、直ぐにフェイが頭を下げてくる。魔物に少し耐性が出たとはいえ、根っこの部分はまだまだらしい。
「立てますか?」
「おう、何とか……しかし何度目だ? 肩貸してもらうの」
「さあ? 別にわざわざ数えてはいませんよ。貴方が悪く思う必要だってないんですし」
「それは俺の前に、自分に対して言ってくれ」
「い、嫌ですっ。性格なので」
ムキになって顔を逸らすが、こちらから離れようとはしなかった。姿勢が戻って、何度か深呼吸を繰り返した後に間合いを置く。
そうして歩き始めた、直後だった。
牢を閉ざすような重低音が、森一帯に響いたのは。
「――」
呼吸さえ飲み込みそうな静寂。虫の羽音さえ、集中力をかき乱す。
瞬間。
頭上から飛びかかる人影。
「ふ――!」
「がっ!?」
カウンターとして放たれたフェイの魔剣は、見事に人影を打ちのめした。打撃音が聞こえた辺り、刃は向けなかったらしい。
正体を確かめるべく、握った電灯を影に向ける。
いたのは。
「この格好……」
あの青年と同じローブを着た、魔術師だった。
何故? テュポーンは二人に対して謝罪した筈だ。この後に及んで攻撃してくるなんて、理が通らない。
一部の暴走? あるいは他に狙いがあるのか?
角利が首を捻っている間に、無数の足音が近付いてくる。フェイは直ぐに電気を消した。もし包囲されたとなれば、居場所を知らせるサインにしかならない。
「戻りましょう。私から離れないで」
「りょ、了解」
魔剣を利き手に、もう片方の手には角利を握って、彼女は暗闇の中を先行する。
まだ目も不自由だろうに、そんな心配は微塵も感じさせなかった。思わずホッとしてしまう意思の強さが、今のフェイからは伝わってくる。
――敵も怯んでくれたら、どんなに楽な逃避行だったか。
「っ!」
魔剣と魔剣の激突。火花の代わりに飛び散った魔力の欠片が、辺りを一瞬だけ明るくする。
やはり、同じ格好をした魔術師だった。青年のように狂っている様子はなく、冷静にフェイとの立ち回りを演じている。
「会長は先に向こうへ。……他にも何名かいます、私が囮にまりますので」
「――分かった。くれぐれも無理はすんなよ?」
「ええ」
無力感を
頭痛や身体の震え、以前のような発作は既に起っていた。トラウマが克服されたのは魔物に対してだけらしい。人間、魔術師と戦うのはまだ難しそうだ。
夜に慣れつつある視界は、木々の密度が薄くなったことを教えてくれる。
――いや、違う。
炎だ。
炎の雨が、頭上から降りそそいでいる……!
「んな……!?」
魔術師か魔物か――判断するより先に、本能が行動をうながした。
外に向かって走る。フェイを呼びに戻りたいが、森林の一部は火の壁と化していた。戻ろうにも戻れないのが実状である。
待機している箒の横。露わになった夜空を、巨大な飛行物体が舞っている。
巨大な二枚の翼、蛇のような眼光。全身を覆っている鱗は鉄のようで、鈍く月光を反射していた。
長い尾は鋭利な棘を、足の爪は刃に似ている。全身が凶器で出来ていると言っても過言ではなく、眼光ですら生き物を殺せそうだ。
ワイバーン。
魔物の最上位であるドラゴンに連なる存在。自由気ままに口から炎を撒き散らし、代々木公園を紅蓮の世界に変えている。
町の方からはサイレンが聞こえていた。飛行可能な魔物の出現は、夕方のオーク以上に人々を混乱の渦へ突き落しているだろう。
「……!」
ふと。
ワイバーンの
耳を塞ぎたくなる大音量の咆哮。彼は火を撒き散らすことを止め、真っ逆さまにこちらへと牙を剥く。
走ったところで逃げ切れる相手じゃない。後ろだって、引き返せないのは自明の理だ。
一瞬の中、無機的な足が目に入る。
「借りるぞ!」
きちんと詫びを入れ、角利はフェイの箒へと飛び乗った。
しかし、運転方法が分からない。彼女は苦もなく飛ばしていたが、一体どうすればいいのか。
敵は待たない。
牙が、開く。
「っ!」
動かない箒に見切りをつけ、角利は間一髪で飛び退いた。
ノコギリのような牙が上下から箒を挟む。相当な衝撃が加わったのは聞くに明らかだ。
なので。
誤作動を起こしても、不思議はなかったのかもしれない。
慌しい軌道を描き、箒はワイバーンの口からするりと抜けた。本当に唐突な動きで、あとは大量の水しぶきを上げて川に突っ込む。
得物が突然消えたことに、ワイバーンは混乱気味。
「今度こそ頼むぞ……!」
偶然の女神に祈りながら、角利は箒のハンドルを握った。
迫るワイバーン。口からは炎が溢れだし、一秒後には角利を焼き尽くす剣呑さ。
視界が上がる。
ワイバーンの火球はどうにか、水を蒸発させるに留まった。
「よし……!」
高らかにいつもの合図を叫んで、鞘の花が一斉に散る。
剥き出しになった闘争本能が、堕ちた幻獣の猛威と対峙する。
他人を気遣う余裕もない、空中戦が幕を開けた。
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