第8話 孫と祖父、下心
学園の授業は、とっくの昔に終わっていた。
幸いにも欠席扱いにはなっていない。由利音がしっかり連絡してくれたそうだし、学校の方でも魔物・ゴーレムの出現は話題になっていた。それが正体不明の魔術師によって倒された、とも。
「……どうやら、学園の方から手が回ったようですね」
階段を角利と一緒に昇る、フェイの言だった。
返答には頷きと納得がある。学園のトップは四治会とも深い縁を持っている人物だ。国の
で、現在。二人はその学長のところへ向かっていた。
魔術師育成学園・セイメイは西と東、中央の三つの校舎で作られている。角利達が歩いているのは中央校舎。最上階である四階へ上っていく。
周りに生徒の姿はない。教員さえ怪しいほどで、すれ違うのは研究者といった風の人達だ。もっとも
理由は単純だ。魔術師育成学園の関係者は、基本として黒いローブを羽織る。生徒も教師も、専属している学者も同じ。つまりは制服の一部である。
所属によって色が異なるため、黒は学園に限定された制服だ。さっき襲ってきた青年が、紅い制服だったように。
「心なしか、騒がしい気がしますが……」
「大方、ゴーレムの
「……そうですね。本当に会長は大活躍でした。あそこで取り逃していたら、民間人に危害が及んだかもしれません」
「っ、だな」
一瞬、足元がおぼつかなくなる。
自力で立て直すより先に、反応したのはフェイだった。顔を良心の
「注意不足でしたね。申し訳ありません」
「いいって、気にすんな。……しかし一度ぐらい、実技授業には出るべきなのかねえ」
「い、いくらなんでも無謀ではありませんか? 実技では魔物と――」
「ああ、知ってる。でもせめて、見学ぐらいはしておきたい。フェイがいる間に、ちょっとぐらいはギルドの知名度を上げときたいしな」
「……」
彼女は目を伏せていた。理由はやっぱり分からなくて、前回と同じように疑問を抱く。
そんな反応に、フェイは少し反感を覚えたらしい。非難のために細くなった眼差しが、一番深いところまで突き刺さる。
ひょっとして、四治会のことを口にしたせいだろうか? 正式なメンバーになれない罪悪感があるとか。
「会長、天然だと言われたことは?」
「思ったことを口にし易い男だな、って言われたことならある。両親に」
「素晴らしいご両親ですね。……授業の方ですが、出席する際は私も同席します。貴方の素性は隠さなければいけませんし」
「さ、さすがにそれはいらな――」
目の笑っていない笑顔が飛んできた。こちらに選択肢はないらしい。
本当に申し訳ないが、安心できるのも嘘じゃなかった。何を隠そう、ほぼ始めての出席になる。緊張感や不安、後ろめたさはどうしても出るだろう。
気心が知れた――とまではいかないが、完全に一人で行くよりは気が楽だ。
一方的に恩を買っているのは、情けないと思うけど。
「ま、頑張るしかないか」
「?」
フェイにも聞こえない独り言。
決意を新たにした頃、二人は学長室の前にいた。
彼とまともに話した経験がないのか、フェイはどことなく
軽く肩を叩き、リラックスを促す。
礼儀のよい機械的なノックで、高価な木製の扉が揺れた。入れ、と直後に応じる声。となりのフェイはやっぱり緊張で堅くなっているが、さてはてどうしたものか。
まあ考えは後にして、遠慮なく学長室へと入らせてもらう。
「失礼します」
視界が、一気に開けた。
部屋は学園のトップが居座るのにふわさしい内装となっている。高そうなソファー、ショーケースに収められた無数のトロフィー。天井の棚には歴代学長の顔写真、似顔絵まで。
彼らは、いかにも堅物そうな人ばかりだった。きっちり
現役についても、それは然り。
当の学長は入口に背を向け、ガラス張りの壁から校庭を
角利はあせらない。学長の性格なんて、十七年近くの人生で把握している。
彼が動いたのは、それから間もなく。
「よく来たな、角利」
低い、
フェイはより緊張を強めている。まるで、部屋の空気感で身を引き締めるような。第三者が来れば学校であること疑うかもしれない。
睥睨にも見える学長の視線。本人としては平常運転なのだから、本当に始末が悪い。
頬に入った痛々しい切り傷、座っていても分かる体格の良さ。冗談抜きで軍人だ。あるいはヤクザの親玉とでも言うべきか。
しかし角利は平然とした態度を崩さない。学長の方も気分を悪くする様子はなく、薄っすらと笑みを浮かべている。
「ここにワシを尋ねてくるのは入学以来だな。まあほれ、座れ。紅茶でも用意してやろう」
「あ、どうも」
好意をそのまま受け取って、ソファーへと足を向ける。
フェイは未だに動かないので、しばらく放っておくことにしよう。よほど強い印象を受けたと見える。
部屋の隅に置かれたヤカンには、怪しげな模様が刻まれている。保温を持たせるための魔術だ。文明の利器を嫌う学長が、魔法びんの代わりに持ち込んだ特注品である。
彼はそこから、宣言通り紅茶を入れていた。……この世界で一番、不釣り合いな光景に思える。だって筋肉ダルマだぞ?
とはいえ彼の年齢は80に近い。現在も往年と変わらないのは、素直に褒めるべきだろう。
「どうッスか? 仕事の方は」
「面倒で面倒で仕方ない。前任者の指名さえなければ、直ぐにでも学園から立ち去っていたところだ。生徒など、ワシは大勢の前に立つのが好かん」
「じゃあとっとと止めりゃあいいじゃないッスか」
「給料は良いもんでな」
最悪だ。
まあ権力欲にひたった魔術師よりは、彼の方が
角利の祖父――
なお、公私混同はしないのが祖父との約束である。ここではあくまで、一生徒と学長、の関係で振る舞わねばならない。
「……あの」
紅茶の有無を問われると、彼女は慌てながらも断った。後はソファーに座ろうとせず、角利の背後に定位置を取る。
「おいおい、遠慮しなくていいぞ」
「い、いえ、問題ありません。話の主役はお二人なんですし」
「ギルドの話すんだぞ? 別に――」
「ぬ? ギルドがどうかしたのか?」
二人分のティーカップを持って、御法が戻ってきた。角利には砂糖とミルクもついている。
「いや、隣りの彼女――フェイ・モルガンさんが、うちのギルドへ協力してくれることになって。他のメンバーを見つけるまでの仮、だそうッスけど」
「……ふむ、ギルドか」
途端、御法の顔が固まった。
どうも気に喰わない出来事があったらしい。彼は意外と根に持つタイプだ。無関係な二人がいるにも関わらず、顔の皺を濃くしていく。
「何かあったんスか?」
「さきほど、テュポーンとかいうギルドから使者が来てな。お前を攻撃したことを必死に
「それは、つまり……」
あの青年のことだろう。角利と御法の関係を知って詫びたのか、単にセイメイの学生であることに考慮したのか。
どちらでも構わない。角利個人としては、大手との衝突が避けられただけで行幸だ。というかあの青年、結局生きてたのか。面白くない。
そんな内心を吐息で表現するころ、やはり御法は不機嫌なまま。
相当お気に召さなかったんだろう。こりゃあ該当のギルドに、優秀な学生を紹介しないとかありそうだ。
「まったく、頭を何度も何度も下げおって。誇りを持たん魔術師など消えてしまえばいい。駒は駒らしくしていろ」
などど。
教育機関のトップにあるまじき暴言を、彼は生徒の前で漏らしている。
そう、御法もフェイと同じ古い思想の持ち主だ。実は角利も、孫のころに散々聞かされた経緯がある。父――御法の息子は、文明社会と寄り添う魔術師だったが。
角利はフェイへと一瞥を向ける。珍しい同胞の出現だ、多分喜んでいるんだろう。
しかし実際のところは、複雑な顔付きをしていた。
どうしてだろう? 御法の発言はフェイが言っていることと変わらない。納得こそすれ、否定や困惑などはありえない筈だ。
「――まあ、この話はよい」
気付かれないように観察していた角利だが、祖父の一言で視線を戻す。
「本題に移ろう。お主が欲しいのは、ギルドの正式な申請書だな?」
「ええ、まあ。役所に行ってもよかったんですけど、せっかくなのでこっちに」
御法はまた厳しい顔。もし口を開けば、直ぐさま責めるような台詞が飛んでくるだろう。
彼はギルド自体を嫌っている。
にも関わらず対応を求めたのは、角利なりの甘えでしかない。孫にとって、祖父は祖父でしかなかったのだ。少しぐらいの我儘も――と、下心が出て当然だろう。ご理解ください。
御法は嘆息しながら席を立つ。執務用の机から、一つの封筒を取り出すために。
封筒の表には、四治会用、とマジックで記されていた。
彼はそれを乱雑に、投げ捨てるように角利へ渡す。
「そら、受け取れ」
「ど、どうも。……えっとそれで、個人的な支援なんですけど――」
「角利よ」
威嚇するような胴間声。部外者をキープしていたフェイも、微かに身体を震わせた。
「前にも言ったが、ワシは仕事の紹介ぐらいしか行なわん。根本的な問題は自分で解決しろ」
「は、はいっ」
このように。
孫の下心は、木っ端みじんに砕け散ったのだった。
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