第二章 弱者の居場所

第7話 騒がしい女

「いて……」


 目覚めた時の第一印象は、苦痛だったと思う。近いものを上げるなら筋肉痛。

 まあ無理のない話だ。魔術の使用はざっと五年ぶりになる。アレだけの激戦を繰り広げたのもあって、当然の成り行きだ。

 ふと、魔物の姿が脳裏を過る。


「っ」


 心が崩れそうになって、角利は勢いよくかぶりを振った。思い出したって得るものはない。情けなかったが、最低限の仕事は果たせたのだし。

 そうだ、倒した。事件の時に何も出来なかった自分が、今度は人を守れた。

 考えないと決めたばかりでも、好ましい結末が負担を和らげてくれる。

 もっとも、これで二度と症状が起こらないとは思えない。大体にして、原因中の原因が分かっていないのだ。思い出そうにも苦痛だし、記憶自体が断片化している。

 あせっちゃいけない――いつかの励ましを胸にして、きしむ身体をベッドから起こす。


「あ」


「?」


 あまりに出来過ぎたタイミングの、来訪者。

 フェイだった。制服姿の彼女は、何かに驚いて目を丸くしている。こちらが起きて、不都合だとでも言わんばかりだ。

 さてどうしたものか。直前の出来事がある分、面と向かって声をかけられない。攻撃されただけであれば良かったが、最後は完全にかばわれたのだ。後ろめたさも残る。

 だが、それはお互いの共通事項だったらしい。さながら初々しいカップルのように、視線を交えて動かなかった。


「ああもう、ほら!」


 きっかけは第三者から。

 由利音らしき人物が、フェイの背中を前に押す。ついでに病室の入り口をピシャリと閉めた。

 密室で、しかし気の楽な静寂せいじゃく


「た、体調は、如何ですか?」


 気持ちを前に出したのは、フェイが先だった。

 本音はまったくの逆だけれど、見栄みえを張って大丈夫だと即答する。が、通じたかどうかは怪しい。彼女はいぶかしんで、角利を下から上へと観察していた。


「駄目みたいですね」


「す、少しは誤魔化してくれよ! 恥かしいだろ!」


「嘘をついた会長の責任です。それよりも――」


「スマン」


 言葉を急かした本能に沿い、深々と頭を下げる。

 常に冷静、冷徹なイメージのフェイだったが、これには意表を突かれたらしい。表情こそうかがえないものの、身動き一つしていなかった。


「――どうして、貴方が頭を下げるのですか」


 聞こえた声は、氷よりも冷たくて。

 ただ角利は、自分の未熟を恥じていた。


「俺が動ければ、あそこで君が盾になる必要はなかったろ。だから、あやまる」


「な、何故そうなるんです。……事情は由利音さんから聞きました。貴方が私と戦ったこと自体、勇気ある行動だったと思います。無理に成果を求めても、自分が苦しむだけではありませんか?」


「だろうな。けど、あそこで引いちゃ駄目だったんだ」


 過去を克服こくふくしたい気持ちは、事件の後からずっとある。

 しかし何を試そうと、心に拒否されるのが現実だった。無理をしたって自分が傷付くなんて、もう身を持って知っている。

 でも前に進みたい。

 だったら少しぐらいの無茶は覚悟するしかない。……このままじゃ、守りたいモノをまた捨てなければならなくなる。


「――ギルドの件ですが」


 らしくなく、フェイは視線をそらして語り出した。角利を直視するのが毒だと言わんばかりに。


「申し訳ありませんが、無かったことにして頂けますでしょうか? もちろん、四治会への干渉は今後行いません。ですから――」


「そんな、頼むよ。フェイがいてくれれば百人力だ。群れてる魔術師が嫌いなんだったら、それこそウチは持って来いだろ?」


「いいえ、お断りします。メンバーを探すなら、それこそ由利音さんを誘ってはどうですか?」


「おい、待って――」


 言い終える前に、フェイは背中を向けていた。

 ……なんだか、維持を張っているようにしか見えない。交渉のチャンスはまだあるんじゃないか? あんな古い思想では、適したギルドが見つかるとも思えないし。

 だが静止の言葉を放つより、彼女が出入り口に手をかける方が早い。


「――?」


 ドアは不思議と動かなかった。

 別に鍵が掛かっているわけじゃない。が、動かない。フェイが力を加える度に少し揺れる程度だった。

 物音と共に映る廊下には、一瞬だが由利音の服装がうつる。……まさかあの人、人力でドアを塞いでるのか? なんて幼稚ようちな。


「くっ――!」


 負けじとフェイも意地を張るが、向こうも随分ずいぶんと気合が入っている。ドアの揺れは逆に小さくなっていった。

 魔術を使っていない時は至って普通の少女なんだろう。慣れない運動に、肩を使って呼吸している。


「な、なあ」


「っ、何か!?」


 完全に八つ当たりを含めた一瞥だった。

 フェイは助けを呼ぶでも罵倒ばとうするでもなく、再び力任せに開けようとする。いっそ魔術で扉ごと吹き飛ばしたらどうだろうか。由利音だって諦めるだろうに。

 しかし彼女は使おうとしない。自力で開けることに意義を見出しているのか?

 それでも、試したところで変化はなく。

 ついにあきらめたフェイは、角利のところへ戻ってきた。


「もう少し話をしろ、ということらしいです」


「向こうが大人気おとなげないだけだろ……なあ、本当に駄目なのか? こういう言い方は卑怯かもしれないけど、フェイは俺を助けてくれたじゃないか。だから――」


「だから?」


「まあ、一緒にいてくれたら、少しは無茶をせずに済むんじゃないかと」


 何を言ってるんだろう、弱々しい。

 だが予想に反して、フェイは目を見開いていた。特に意味を込めなかった角利は、素直に首をかしげるしかない。


「ど、どうした?」


「別に何も。……しかし、それがありましたか。確かにさっきの戦いを見た後では、説得力もありますね。――なら、こうしましょう」


 並々ならぬ不本意を顔に宿し、フェイは右手を差し出した。

 行動の真意を見出せず、じっと彼女の姿を見上げる。


「正式なメンバーにはなれませんが、あくまでも協力者としてなら。私以外のメンバーを見つけるまで、力を貸します」


「ほ、本当か!?」


「ここで嘘をついてどうするんですか、もう」


 フェイにもプライドがあるらしく、こちらを直視しようとしない。少し頬を赤くして、まるでひねくれた子供のようだ。

 対して角利は真っ直ぐ。簡単に砕けてしまいそうな少女の手を、力いっぱい握り返した。


「いやあ、助かる! どうにか望み託せそうだ!」


「え、ええ、感謝して――って痛い! 痛いです! もう少し優しくしてください!」


「おっと、悪い」


 感極まって加減を忘れていた。女性相手に何てことを。

 本当に痛かったのか、フェイは握られた右手をさすっている。……あの白い肌に触れていたと思うと、妙な背徳感が沸き上がってきた。顔も少しばかり熱い。

 だがそんな純情、外の大人にはまるで関係ないらしく。


「やっぱりね! フェイちゃん、角利君みたいな馬鹿に弱いと思ったんだよ! ――いてっ!? スリッパ投げないで!」


 無粋な外野は一人、高らかに勝利をうたっていた。

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