第6話 傷の話
「――ちゃん、フェイちゃーん」
「ん……」
重い
その正体を掴む前に、フェイは一人の女性を認めた。二十代半ばはありそうな、和やかな雰囲気を持った女性を。
「どちらさまですか……?」
「私? 私は、由利音。貴女が色々やらかした近くのコンビニで働いてる、しがない元魔術師よ。……ところで身体は? まだ痛み、残ってる?」
「……いえ、ほとんど」
自分はベッドに横たわっていたらしい。布団の中だが、軽く身体を動かしてみる。
ゴーレムに打たれたのが嘘みたいだ。痺れるような感覚は少し残っているが、他は万全な状態と言っていい。直ぐにゴーレムと再戦、なんて羽目になっても大丈夫だろう。
反面、助けた少年の姿が頭を過る。
彼は果たして無事だったのか。
「病院、ですか?」
「そこまで大層なところじゃないけどね。あ、角利君は別の部屋で寝てるよ。ちょーっと無茶しちゃったからね。少しは安静にしてないと」
「無茶、ですか」
そんな言葉で片付けられるほど、あの力は優しくなかった。暴力と称しても罰は当たるまい。
「彼、一体何者なんですか? 学生魔術師にしては、かなりの実力者に思えます」
「んー、手短に言っちゃえば、君と同じ天才の部類だと思うよ? 子供の頃は遊んだりしないで、修行ばっかりしてたからね。ああいや、彼にとってはそれが遊びだったのかな?」
ともかく、と由利音は前置きを作る。
――彼女の顔に後悔がにじみ出たのを、フェイは見逃さなかった。辛い話を引きずり出すつもりはないので、まず身振りから割って入る。
しかし由利音は首を振った。気にしなくていい、と付け加えて。
「四治事件、って知ってる?」
「い、いえ、初耳です」
「まあそうだよね、ニュースにもなってないし。……内容はその名の通り、昔の四治会で起こったの。犠牲者は十数名。角利君はその中で唯一生き残った魔術師でね」
「唯一、ですか?」
頷きを返す由利音には、やはり
止めるべきではないかとの思案は、彼女のスムーズな語りによって保留された。
「私は当時学生でね、ギルドの手伝いと称して中に入ったんだけど――
「ですが、会長は……」
「多分、皆が守ってくれたんだろうね。でもその日から彼、魔術とか魔物とか駄目になっちゃってさ。PTSD……ようはトラウマかな。だから学園でも、実技に参加できなくて」
「しかし先ほど、魔術を行使しましたよ?」
「敵と一対一なら平気みたいでね。でもほら、学園の実技授業って集団で、魔物を相手にじゃない? 人前で使うのは駄目って言うか、そもそも人混みが苦手らしくて」
「……」
ならあの時。ギルドの青年を
酷いことを強要させてしまった。ひょっとしたら彼は、目の前で両親を亡くしているかもしれないのに。それを思い起こさせる行為を、自分は行わせてしまった。
今更の罪悪感に胸が軋む。
角利はどうしようもなく強くて、フェイはどうしようもなく弱かった。自分にも事情がある? 何て馬鹿げた言い訳だろう。過去に立ち向かった彼の方が、よっぽど痛い思いをしてる。後で、きちんと謝罪しなければならない。
「でさ、一つ頼みたいんだけど」
「はい?」
「……角利君の面倒、出来る限りでいいから見てやってくれない?」
「え――」
少し意外な、けれど必然にも感じるような。
柔らかい口調のままで、由利音は話を続けていく。
「角利君はさ、ギルドを立て直したいそうなの。昔みたいに大切な人達と、馬鹿みたいに騒ぎたいって」
「……失礼ですけど、その割に中は汚かったですね」
「どうすればいいのか分からなかったからね。将来に対して強い希望があったわけじゃなさそうだし。――話を戻すけどさ、角利君にも自分の生活がある。夢を語っても、最低評価の実技はくつがらないし、両親の遺したお金だけじゃギルドは維持できない。今年はどうにかなってるけど、来年は無理でしょう」
だから。
「フェイちゃんさえ良ければ、ギルドに力を貸してくれないかな?」
「……何故です? 私は会長を攻撃しました。信用を置くべきではない筈ですが」
「まあ女のカン、かな。根っこから悪い人じゃなさそうだし」
「……」
よく当たると噂の、単なる直感だろうに。
しかし朗らかな表情のせいか、彼女なりの信頼ではないかと思うフェイがいた。
「……ギルドの話はお断りします。所属したら私個人、また会長に反感を覚えないとも限りません。なので、由利音さんから――」
「自分の口で断るべきじゃない? だってフェイちゃん、気持固まってないでしょ? だから角利君のことをゴーレムから
「……人の領域に土足で踏み込む方は嫌いです」
だが由利音は笑う。よく言われる、と心から楽しそうに。
「まあ角利君は基本お人好しだから、
「その前に、怒るのが先では?」
「そういう方向性の根性は無いと思うけどなあ」
苦笑を混ぜながら、由利音はフェイのベッドを離れる。どうやらお別れの時間らしい。
見送ろうとして立ち上がるが、客人の手に制された。
「さて、じゃあ私は失礼するね。角利君なら隣りの病室にいるから、気が向いた時に顔を見せてもらえると嬉しいな」
「? まだ眠っているのでしょう? でしたら――」
「角利君のためじゃなくて、フェイちゃんのため。さっきも言ったけど、気分が落ち着くんじゃない?」
心を見透かされているような、厳しくて優しい指摘。
反論することもなく、フェイは彼女の背を見送った。
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