第5話 魔剣乱舞

 一つ向かいの路地へ抜けたところで、角利の体力が限界に達した。

 先に進んでいた青年は、こちらの姿を見るなり引き返す。吐き気や震えは収まりつつあるものの、失ったスタミナまでは即座に回復しない。

 久々の魔術を使ったのも影響している、特に右腕は、筋肉痛に近い鈍痛をうったえていた。


「大丈夫かい?」


「……俺のことは気にしないでいいッスよ。貴方は先に」


「そんなことは出来ないよ。ほら手、掴んで」


「……どうも」


 にべもない抑揚よくようで厚意に甘える。

 名乗りもしない青年は安心の笑みを浮かべた。――疑わないなんて無茶がある。この男、角利を何かしらの形で利用する気だ。

 今直ぐに唾でも吹っかけたい気分だが、また癇癪かんしゃくを起されても困る。せいぜい疑惑の視線を向けるだけで勘弁してやろう。

 角利達の抜けた路地裏からは、定期的な轟音、金属音が反響している。フェイを狙っている浮浪者たちが攻撃に転じたのだろう。

 しかし、さすがに評価Sの生徒。快進撃は止まらず、宙に木材を打ち上げたりしている。


「都市の開発から置き去りにされた場所とはいえ、容赦ねえな……」


「と、とにかく逃げるとしよう。人目の多いところなら襲われたりしないだろうし、これだけの音だからね。既に大勢の方が気付いている筈で――」


「ええ、敵ッスけどね」


 途端、魔術を発動させた浮浪者たちが二人を囲む。

 男達の血走った目。青年は微かに悲鳴を漏らし、角利の背中へ身を寄せた。


「な、な、なんだお前達は!? 僕は雇い主だぞ!?」


「アンタ金あるんでしょう? 誘拐して、身代金でも要求しようって魂胆じゃないッスか?」


「な、何ぃ!?」


 彼は案の定パニックに陥った。いい加減ストレスが限界に差し掛かってくるが、ここで見捨てて得はない。浮浪者の手に渡るにしても、フェイの追跡から逃れるなんて不可能だ。

 青年は魔術を発動させる気構えではない。貧弱すぎて笑えてくるが、さっきの一撃で使い切ったんだろう。

 一方の角利にも、全員を蹴散けちらせる余力はない。

 考えている間にも、敵は徐々に包囲を縮めていった。獲物へ飛び掛かるタイミングを、今か今かと待ち受けて。

 来る。


「っ!」


 一か八かの反撃。

 縦に軌跡きせきを描く漆黒の魔剣は、まとった魔力のすべてを衝撃に変換。

 弾き飛ばす。

 生々しい打撃音、彼らの嗚咽おえつが聞こえてくる。――それだけで目眩が、過去の何かが、衝動染みた暴力となって襲ってきた。

 掻き消してくれるのは激情だけ。

 振り返りながらの一閃で、更に浮浪者達――魔術師どもを吹き飛ばす。

 だが安心はやってこない。潜んでいた連中が、まだいる。まるで巣から湧き出てくるアリみたいだ。


「行くぞ!」


 青年に怒鳴りつけて、覚束おぼつかない足取りのまま走り出す。

 選ぶのはやはり、狭い路地裏だ。この向こうには広い空き地があった筈。学園に隣接している場所だし、助けを求めるには持って来いだ。

 無論、その前に撒ければ一番だが――


「くそっ、しつこい……!」


 まともな食事を取ってないだろうに、ここぞとばかりに全力で追ってくる。

 角利の足は反対に重くなっていた。ついてきている青年の方が、先導役には持って来いなぐらい。

 ちょうど、正面には左右へ別れた道。まだ敵の姿は見えていない。

だったら。


「よし、二手に分かれるぞ」


「き、貴様っ! 僕を一人にするのか!?」


「ああそうだ」


 いい加減ストレスの限界である。本当はそんな暇もないのだが、角利は青年の胸倉を掴んで持ち上げた。


「俺はあんた自身が死のうがどうでもいい。仲間になるって宣言したやつに、人殺しをさせるのが嫌なんだよ。単なる我儘わがままさ」


「青ざめた顔で何を……!」


「だったら今直ぐ逃げるんだな。俺も手一杯だぞ」


「っ……」


 さすがに理解力はあるらしい。綺麗さっぱり、別々の道へ舵を取る。

 二人の目論みは見事に的中した。彼らはご丁寧に躊躇ちゅうちょまでして、二人とも追うために分裂する。

 笑えるぐらいの好都合。出せる限りの全力で、薄汚い道を踏破とうはする。目指した空地もそろそろだった。

 瞬間。

 大地を引き剥がすような爆音が、角利の真後ろで炸裂さくれつする。


「うおっ……!?」


 副産物は人の力でどうにもならないレベルの突風。浮いた視界の隅には、空中に打ち上げられた追手の姿が。

 しかし幸運にも、角利は件の空地へ投げ出される形となった。これなら学園も近い。救助の手まであと少しだ。

 ――無論。


「外れを引きましたか」


 希望はいつだって束の間。

 立ち上がろうとした先に、青い追跡者の姿があった。

 即座に踵を返すが、逃げようとする意欲は一瞬で潰える。――何もない。四治会の一つ向こう側にあった建物は、ほとんどが瓦礫がれきの山と化している。

 魔術が原因だとしても、それは恐怖を植え付けるのに十分だった。こんな相手と、戦う? 考えただけで全身が凍る。

 フェイにとっても重労働だったのか、澄ました顔は疲労の色をにじませていた。


「さすがに数が多すぎましてね。多少の無茶でしたが、追い付けました。……さあ、考えを改める気はありますか? ここにはもう、私達しかいませんよ?」


「――私、達?」


 この後に及んで恭順きょうじゅんを迫るフェイに構わず、その一言だけが聞こえていた。

 私達だけ。他には誰もいない。敵と自分、力の影響がしっかり届く組み合わせだけ。わずらわしい第三者の介入はありえない。

 危機的状況にも関わらず、角利は口端を歪めた。混乱状態に近かった身体が、頭が、一瞬のうちに冷却される。

 意識を、戦闘へと切り替えるために。


「――は」


 莫大な魔力が渦巻く。

 一対一なら、誰からも邪魔が入らないなら。

 過去の傷に悩まされることなど、ない。


「っ……!」


 フェイは直ぐに異変を察知していた。低い姿勢で宙を駆け、魔剣の一撃を叩き込もうとする。

 だが遅い。


いくさだ――!!」


 開戦を告げる。

 第一に響いたのは異音だった。空間そのものが割れ、彼らが悲鳴を上げるような。

 それは角利の背後から。重い岩戸を開くように、ゆっくりと開口する。

 対峙するフェイの目には、数十本にも並ぶ剣の群れが見えていることだろう。

 常識を逸脱いつだつした光景は、絶景と評されても不思議ではないかもしれない。無数の剣が宙に浮かび、矛先を一様に並べている姿など普通は見えない。

 すべて同じ形で、しかし鞘に閉じ込められていた。戦う意思を否定するように、根元まで刃を隠している。

 留まりかけた彼女の足が戻る。肝心の刀身が見えていなければ、脅威にはなりえないと。

 なら。


「抜刀!」


 たった一言で、花が咲いた。

 剣のさやは例外なく砕けている。微かな陽光を反射する様は、舞い散る花弁を連想させるものでもあった。

 もう合図はない。

 主の決意を讃え、剣の山が殺到する――!


「くっ……!」


 最初の数本を弾くフェイだが、真っ向勝負は危険と判断したのだろう。爆撃にも等しい鉄の豪雨、隙間をぬうように突っ走る。

 その軌道は、角利からすれば手の平で踊る人形も同じ。

 視線がぶつかる。

 力の激突も、直後だった。

 しかし鍔迫つばぜりあいは一瞬。角利は攻撃の手を緩めず、発射した剣でフェイを払う。

 更なる追撃は自ら。

 射撃の隙を補填する形で、踊るような剣戟けんげきが展開される。


「っ、貴方……!」


 恨み、妬みさえこもったフェイの瞳。

 魔術を使用しているため光を蓄えたそれは、糾弾きゅうだんに相応しい眼差しだった。


「どういうことです!? たかだか評価Eの生徒が――」


「古傷でね! 一対一じゃないとロクに魔術も使えないんだよ!」


「そんな、馬鹿げた話が――っ!?」


 話している間にも、攻勢は動き続ける。

 後退と回避を繰り返し、どうにか戦闘を続けるフェイ。が、誰が見ても防戦一方、趨勢すうせいは角利に傾いている。

 軌跡は喜々として描かれた。手にしている魔剣が折れるが、構うことはない。代わりは何本だって用意できる。

 数本目の代替品を叩き付けた辺りで、フェイに苦悶くもんの色が現れた。

 見れば彼女の魔剣から破片が散っている。直ぐに魔力で編み直しているが、どうも疲労が重なっているようだ。精度が甘い。

 行ける――内心の焦りを極力ださず、角利は一気呵成いっきかせいに攻め立てた。

 時間の猶予はそこまで許されてるわけじゃない。誰か人が来れば、それを自分が意識すれば――直ぐ発作が起こる。ましてやもし、魔物がやってきたら最後だ。

 故に、その前に叩き潰す。

 魔剣一本、へし折れば大人しくなるだろう……!


「くっ!」


 双方の汗が濃い。フェイは純粋に消耗で、角利は無理を仕出かした冷や汗で。

 しかし、これまでだ。


「ふ――!」


 砕く。

 得物を失ったフェイの対処は迅速だった。続くこちらの一閃、剣の射撃を避けきり、二本目の魔剣を編もうとする。

 どちらの手が速いかは、言うまでもなかったが。


「これで――」


 女性相手ということも忘れ、右手を大きく振り被る。

 時間切れの合図は、直後だった。

 唐突に地面から突き出された巨大な手が、二人の決着を阻んだのだ。


「!?」


 予期しない乱入者。手は成人男性一人をゆうに掴める大きさで、十メートル以上の巨体を思わせる。

 山を作る地面。その間にフェイは魔剣を編みきり、再戦の用意を整える。

 魔物だ。

 起き上がるのは上半身だけ。全身が岩で出来た怪物――ゴーレム。一般人が目撃すれば、間違いなくパニックに陥る脅威きょういだった。

 もっとも、この場には魔術師が二人いる。方や評価S、方やそれを追い詰めた例外者。

 どう考えても、天秤の傾きは明確で――


「あ、あ、ああ……」


「会長!?」


 現実が直視できない。

 全身に不快感が沸き上がる。魔物、なんで? どうして? 何一つ悪いことはしなかったのに、どうしてあんな悲劇が――


「会長!!」


 賢明に呼び掛ける声も、平手を振り被るゴーレムにも気付けない。

 だから。

 彼女が盾になった時は、本当に驚いた。


「ふ、フェイ!?」


 角利を突き飛ばし、犠牲となった少女に反応はない。

 混乱と恐怖に飲まれ、一気に力を解放する。


「あああぁぁぁあああっ!!」


 連打だった。剣の爆撃で、ゴーレムを木っ端みじんに吹き飛ばす。

 やつは巨躯で動きが遅い。フェイを攻撃した直後とあって、防御の構えも取れやしない。

 岩がかけらとなって次々に吹き飛ぶ。

 描いた通りに、ゴーレムは跡形も無くなっていた。


「――」


 安心感が沸いた所為か、本当に体力の限界だったのか。

 誰かの声を聞きながら、角利の意識は落ちていった。

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