そのいち 朝にはお茶を、お茶には熱湯を(後篇)
程なくして従者がやってきた。
「失礼します。ナタリオ様宛にお荷物が届いてますが”全て”こちらに運んでも宜しいですか?」
「そこの開いてる場所にお願いするわ」
ソファから一歩も動かずにシシィは答えた。
と言うか、彼は彼女の従者ではない。間違いなくナタリオの従者であって、しいて言うならこの家の主であるナタリオの父の使用人だ。
「かしこまりました」
「……………」
ナタリオは己の完全スルーぶりになんとなく哀愁の意を感じた。
自分の部下が自分の指示を受けずに行動するのは、何も聞かずともコチラの望むことを察してくれているからであって、けしてシシィの方が上だと思われているからではない。
うむ、うちの使用人は皆優秀だ。
「ドウセ、巡り巡ってマスターの命令をキくハメになるんデスよ」
「ナタリオ間に挟んだって結果は同じだものねえ。できる人間は無駄がないわ」
そういった二人の合いの手をやり過ごしていると、次々に荷物が運ばれてきた。
最初はのんきに見ていたが、明らかに箱の数が多い。
思った量――ひとつふたつ――の十倍はあった。
「何なんだこれは」
まさかコレ全てが贈り物と考えられるほどナタリオは楽観的ではない。相手は守銭奴のシシィだ。書くものをちょっと借りるだけで十倍返しを要求し、その度にナタリオはいくつかの所有物を失った。そう、その経験が告げている。
コレはシシィの物だ。
奴が物品をくれることなどありえなかったのだ。
まず間違いなく包装紙一枚こちらに回ってくることはあるまい。
「見たい?」
ふふふ、と不遜な笑いをしつつシシィはペケに荷物を開けさせる。自分では近寄らない。
「何かヤバイものなのか」
だとしたらぜひともここで開くのはやめて欲しい。
「いーえ、普通にやり取りされてるものよ。うちの港から送らせたの」
「キミの所の港は無法地帯じゃないか……国すら手を出せない魔窟だぞ。と言うか、どう考えてもここまで運ぶより自宅に送れ」
「嫌よ。うちが汚れちゃうじゃない」
ろくでもないものだ。
もう紛れも無く関わらない方が良いものだ。
迷わず喪失してはいけない書類を手にした。これだけは守らねば。
「マスター! 開きましタ!」
「ひっ! こっちへ来るな! 爆発する!!!!」
ナタリオはすかさず椅子の陰に隠れた。
「……人の荷物なんだと思ってるのよ」
「自分の胸に手を当ててよく過去を思い出すんだな」
「ああ、あたしの胸は豊かで、暖かくてとても素晴らしいわ」
「箱見せてもらうぞ」
返事は待たずに除き込んだ中にあったのは……
「なんだ、コレは」
そこにあったのは小さな瓶である。
「スーパーナチュラルアロマオイル。そっちにあるのはごま油だったかしら?」
確かに、ごま油と言われた物には何やら植物の絵が描かれたラベルが貼ってあった。封は開けずに嗅いでみるが、香ばしい匂いがお腹を刺激する。
「お茶がオイル臭くなるのって嫌じゃない? だから、ペケに使うオイルを変えたらどうかしら、と思って。とりあえず紅茶から臭っても不愉快じゃない可能性が高い油を片っ端から発注してみたの」
「ま、ワタシは原油100%が一番なんダがナ!」
「調子乗ってるとその内スコップをくっつけてあげるわよ」
「NOOOOOOO!」
「ナタリオ、そんなに見つめなくても開けたいのあるなら開けていいわよ? 包装紙を破るのって楽しいものね。あ、でも再利用する予定だから丁寧に開けてね」
「……いや、俺はいい。ペケ、お前に任せる」
「了解でありマス!」
ペケは鼻歌交じりで次々に箱を開けた。その|腕(アーム)が動く度に、鼻歌が重奏になる。片手がやかんになっているのを感じさせない器用な手つきである。大柄でとてもではないが繊細さの無い性格をしているが、一応ロボットの最低性能として器用さはある程度あるらしい。
中からは次々にガラス瓶や陶器の詰め物やら缶が出てくる。コレ全てが油だと思うと、開けても居ないのに胸焼けがしそうだった。
シシィといえばソファにすっかりと埋もれて、その整えられた爪を見つめている。
「ヘイ! ナタリオ様!! パス!」
「うわ、やめろ。ガラス瓶は投げるもんじゃない」
「大丈夫大丈夫、ソレの中身は多分ココナッツオイルだから。全部被っても死にゃしないわよ」
シシィは発注書と思われる紙で顔を扇いだ。
「俺の部屋が……」
まだ箱から出しただけで、一つも蓋を開けていないというのに、脂ぎった香りが部屋に充満し始めていた。
なお、やたらめったら綺麗に剥がされた包装紙の山が出来ている床は見ないことにしている。
「ううーん、単体で良くても全部使うと良くなさそう」
「今更だろ……」
「まっこういう事もあるわよね」
ナタリオは苦々しい気持ちでため息を着いた。するとソファでだらけていたはずのシシィがナタリオの側まで来、眉間に力いっぱい指をやった。
正直痛い。
いや、目ざといシシィであるから、もしかするとなけなしの慰めなのかもしれない。犯人はシシィであるが。そんな事はいつものことである。
「はい、この箱はあなたに。随分と疲れているみたいだから。コレで安らぐといいわ」
彼女はまだ開けられていない箱を手元から出した。それは最初に開けられた箱と同じで、つまりはスーパーナチュラルアロマオイルということだった。
「働き過ぎも良くないと思うのよ」
ニッコリ微笑まれ、うやむやにされる。
全く、コレがいつものパターンだ。
なお、肝心のペケの方といえば……
「ううーん、オイル臭い」
「ガビーーーーーーーーーーーン」
「何ていうか、結局オイルはオイルよね。どうしたって油っぽいのよ。ロボを爽やかに仕様だなんて土台無理な話だったわ。古代の叡智とかいってもこんなもんよね」
「シクシク、シクシク」
(哀れな……)
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