サンクベリー一族の娘とその婚約者、ついでのポンコツロボ

あきら

そのいち 朝にはお茶を、お茶には熱湯を(前篇)

 コトコトコトコト…………プシュー、チンッ!


 白いレースの手袋に覆われた手がしなやかにお茶を注いだ。

「ふぅ。やっぱりお茶はやけどするくらい熱いお湯で入れるのが良いわねえ」

 白磁のティーカップを手に彼女はつぶやいた。

 ついでに揃いの皿に山盛りに盛られた平たいパンも頬張る。お茶請けにするには少々無骨な印象なそのパンをえらく優雅に摘むのだ。肩先まで切られた――コレは女性としては破格の行動である――髪が揺れて、なんとなく目のやり場に困った。

「う~ん、朝はしっかり取らないとねえ」

 そんな彼女の発言に「ミシ……ミシ……ギギーーー」という随分爽やかでない音が重なった。

「シクシク、シクシク」

「ちょっと音を立てないで、ペケ。気分が台無しじゃない」

「シクシク……ヒドいデスよ! マスター! ワタシをこんなにするダなんて!」

「あら? 何かしたかしら?」

「コノカラダをミてくだサイ!! ワタシの! ワタシのアームがアアアア!!!!」

 発言主を見れば身の丈二メートル程の巨大な物体があった。材質は一見堅焼き粘土。色は明るい茶色に、ところどころ、どころかそこらかしこに苔が生えて緑が広がっている。肩の辺りには樹が一本生えている実に自然豊かな二足歩行物体だった。

 そして左の手には今ちょうどシシィが使った道具がはめこまれていた。

「やかんが付くと便利よねえ」

「プシューーーー!! セめて“自立型短形湯沸装置”といってクダサイ! あんなマルいだけのヒトリでは沸騰させラレないヤロウとはチガウのデス!!!!」

 ガシャンガシャンと音を立ててペケと呼ばれた茶色い固まりは駄々をこねた。

「でも“やかん”で沸かせばオイル臭くないのよねえ」

「ムッキーーーーーーーでありマス!!!!」

 和やかな天気のもと行われるなんとも平和なやり取り。

 そんな一人と一匹のやり取りに意を決して入り込んだ。

「……俺もいいか、シシィ」

 彼女、シシィは今気がついたとばかりにようやくこちらを見た。なんとなく上から目線なのは気のせないことにしたいが現実的かつ物理的な事実だ。

「あら? 居たの?」

「コンニチワでありマス、なたりお殿。ごきげんイカがデスか」

 とペケの方も陽気に挨拶をしてきた。

「ああ、居たさ。何せここは俺の部屋だからな」

「まあ! 気が付かなかったわ」

「そうだろうとも、そうだろうとも。キミが俺に注意を払うなどありえない。だからこの際言っておく」

 そこでナタリオは息を大きく吸った。


「机 の 上 に 座 る な !」


 その叫びとともに、乱暴に机の上に書類の山を置いた。もちろん机の上をエンジョイしている存在を追い払うためである。が、造り付けの机はびくともしない。もちろんシシィも少しも戸惑わない。ペケは大げさに「ヒエエエエエでありマス~~~~~」と頭を360度回した。

「プシューーーーグルグル。ワタシは立っておりマス!!」

「……ペケ、アタシより高い位置に居るなんて、頭が高くてよ。ナタリオ、貴方にはお茶差し上げるわ。なかなか美味しいのよ。臭い以外は」

 シシィは堂々と机に座ったままお茶をすすった。

 目の前に差し出されたティーカップを見てナタリオは大きなため息を着いた。

「書類に手を出す前に目が疲れた……なんで朝から旅行に行くかのようなフル装備の女性に邪魔をされなければならないのか」

 シシィは外出着に身を包み――その点に関して、家人でないからとナタリアは納得していたが――室内だというのに帽子、大きなトランクを脇にしていた。

「あら、まあまあ。なるほどねえ。でも、ご期待に添えなくてごめんなさい。次からはもう少し短いスカートにするわね」

 ホホホ、と扇子を口元に当てシシィはわざとらしい笑いをあげた。

「……もういい。そもそも、だ。キミ達はここで何をしているんだ?」

「ブレックファースとに見えない?」

「俺の知っている朝食とはいささか趣が違うようだ」

 ナタリオの常識では朝食にはナイフとフォークを使い食したし、何よりもテーブルではなく椅子に座って行った。

「文化の違いかしら?」

「ああ、きっとそうなのだろうな。もう良い。キミたちの朝食は諦めた。存分に楽しんでくれたまえ。その代わり終わったら速やかに出て行って欲しい」

「違うわ、ナタリオ。あたしは別にお食事をしに来たわけじゃないの。貴方宛に送った荷物を待っているのよ」

 ナタリオは驚いた。

 シシィとの付き合いは長いが、極度の守銭奴である彼女がナタリオに何かをくれると言うのはめったに無いことだったからだ。

「そ、そうなのか? ごほん。まあ、そういうことなら居てもいいが……できればソファの方に行って欲しい。この書類を午前中に確認して手紙を送らなければならないのだ」

「ええ、もちろん。アタシは優しいからナタリオのお願いは聞いてあげるわ」

「すまない」

 と、一切悪くないのにナタリオは謝罪をした。

 そのことに気がついたのは深夜にベッドに潜り込めた後である。

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