第3話孤独と発狂!

 朝、職場の更衣室で着替えるのが億劫だった。

「家ならずっとジャージでもいいのに………」

 小さな呟きが出てしまうが誰も聞いてなくラッキーだ。

この建物は二階に更衣室があり、一階が職場になっている。

 カバンから昨日もらった診断書を出して重い足取りで一階に降りた。

「おはようございます」

元気に挨拶しようとしたが声が出なかった。

「あ、おはようございます。ちょっと話あるから別の部屋に行こうか?」

 主任から言われ、私は彼女の後ろをついていくしかなかった。


そこで待っていたのは、話し合いの場だった。

「診断書です」

 手渡しで主任に預けたが、それは隣の看護師長に渡された。

単なる形式か、と思いつつ、その後の仕事について、いろいろ質問された。

「休むなら引継ぎしかないけど、それも今の人員じゃ難しいよね」

「時間帯を短くするとか、じゃ………」

 私の体調の事など何も考えられていない仕事だけの内容、しかも自分達に余計な火の粉が来ない方法を模索している。

(これが人の上に立つ人の所業か。わかっていたけど現実に見るとガッカリだな)

 急に主治医から言われた事を思い出す。

「職場で顔を合わせると今の状態では壊れますよ」

 そっか、自分が目の前で見ている事が自分を壊す物なのか?

 人の銅像が目の前でガラガラ壊れていくのが見えて、それが自分の姿と重なる。

(あれ、何だか頭の中が真っ白になっていく。体が冷たく感じるのは気のせい?)

 上司二人は小声で話しているけど、私には聞こえない。

 顔を上げるのも辛くなり、下を向いたら涙がこぼれてきた。

(まただ!泣いちゃだめ。自分を抑えて………)

 今の自分には心でコントロールしようとする声も届かない。

「すみません。私がすべて悪いですから………」

 呟いた言葉だけが部屋に響いている。

上司二人が私の方に顔を向けているが表情が見えない。

(なんでそんな事をいうの?悪いのはあんたじゃないでしょ?)

 心の声は素直だが、今の状況で素直な発言は高所恐怖症の私にバンジージャンプしろ、と言われるくらいの破壊力を持つ気がした。

 実際、飛ぶことすらできない。無理だと言って逃げるだろう。

この場から逃げたいための手段として自分が悪い、と言えばいい、と別の脳が勝手に判断して呟いた。

 職場に長く勤められる人は、心が強くなくてはだめなのかもしれない。

 私は弱いからここに来るのが憂鬱になっていたし、体中の痛みは日々ひどくなり、頭痛で頭が上がらないなんてよくある事。

 急に周りが見えなくなり、そこからの記憶が飛んでしまった。

「これからどうなるの?やめるしかないの?」

 小さな小さな呟きは誰にも聞こえなかった。


 話し合いというか状況把握が終わり、私はトイレに行った。

「誰の顔も見たくないし、ひとりになりたい」

 トイレの扉を閉めた途端、タオルを口に噛んだまま叫んだ。

「ウワー!ウワー!助けて!」

 一日一回が二回になり、三回になり、だんだんトイレでの発狂が増えてきた。

 仕事に来る時間帯も変わり、残務処理に追われながら 仕事が重いのでなく環境が重いのだと気づいた。

 (いや、仕事追われすぎでおかしくなっただけか)

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闇の中に見えた光の糸に誘われて。 ナスモトククリ @rial-haru0328

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