第130話 第二人格

「シン……なのか?」



 ゆっくりと中空から地に足を着け口角を上げる真に、山本と月華元は目を丸くする。だがシグエーはそんな真に少しの違和感を覚えていた。




「さて……山本さんと月華元さんがまさかここに来るとは何かの思い違いでしょうかね」


「真、無事だったのね!」

「ん?ん?あれ、真君てこんな感じだったかな?ん、あれ……もしかして」


「おいおいおいおい!待て、コイツ!お前!お前ザイールトーナメントにいた……何だってんだよ、一体」



「ふう……僕はもう驚くのやーめた」




 ボルグはそんな真を見るなりいつかの苦い記憶を思い出し、思わず指を指して声を上げた。

 フィリップスに関しては面倒臭そうに両腕を頭に乗せ思考を中断させる。

 そんな刹那、山本の手首に着けられたデバイスが光の明滅を放つ。

 

「ん……SSFD?猛からか、何だろ」



 一同はそんな山本に視線を注ぐ。

 だが山本は自分の手首を凝視しながら青ざめていったのだった。



「え、ふ、ふざけんなよ!何だよ、コレ」

「どうしたの山本君、SSFDって……圧縮データ?何のデータが入ってるの?って言うよりそうよ、結城君から連絡は?真を見つけたのは良いけど私達どうやって地球へ戻るのよ!」



「はは、良い質問だね月華元女史!どうやらこれがその答えだよっ!つい異世界に興奮して忘れてた……猛の野郎、ふざけやがって。結城咲元、最初から僕を此処へ送り込む算段だったんだ、じゃなきゃこんな設計図を僕等を飛ばしてから作れる訳ない!こっちで粒子分解移転装置の指定受信部を――作れって事だよ」

「な、それって!?」




 シグエーもトライレイズンの三人も最早蚊帳の外であった。と言ってもボルグに至っては真への対抗心を顕にしたままであり、そんな月華元と山本の言葉など最早聞こえてはいない。



「……何やら面倒な事になっているようですね。お二人も随分といい様に使われているようで」


「おいてめぇ!シンとか言ったよな、俺を負かしたあの小僧に勝った奴だ。間違いねえ、俺と勝負しろっ!今なら全力で行けるぜ、お前に勝てば晴れて名誉挽回だ!」


「汚名返上じゃなくて?」

「……っち、るせぇ!てめぇは黙ってろ」



 真は山本と月華元へ視線を向けている。

 だがボルグはフィリップスに小馬鹿にされながらも未だザイールトーナメントの汚名を晴らそうと必死であった。


「先程から騒がしいですね貴方は……ん?そちらの貴方は確か……ハイライト=シグエーさんですか。ファンデル王国ギルド試験官の貴方がこの国で何を?ああ、異動の最中ですか、そう言えば私のせいでしたね。はて、因みに赤髪の貴方は、見覚えがありませんが何方様でしょうかね」


「てっ、てめぇ……馬鹿にしやがって」

「シン……やっぱり君なのか。でもどうしたんだ、何か、おかしい」


「あぁ、私ですか。ハイライト=シグエーさん、安心してください。貴方の知っている真ではありませんが私も真で間違いありませんからね」



 そんな真の意味不明な言葉に動揺したのはシグエーだけではない。月華元もまた、山本の言葉が気になりつつも真の様子がおかしい事に気付き始めていた。




「だぁぁぁ!!くっそ、やってやる……やってやるぞ……そうだ、折角だからこのコードを改竄して、へへ、見てろよ結城咲元。でもくそ、どうやってこのコードを実機にするかだよな、普通に考えれば剣なんか持ってる異世界で材料なんて」

「ねぇ、ちょっと……山本君?真の様子、おかしくない?」




 混乱するシグエーに、相変わらず感情の読めない表情で笑みを送る真。


 そしてそんなシグエーと真に無視されるボルグを見つめながら、月華元は山本に問うていた。


 山本は一人デバイスを弄りながら譫言のようにぶつぶつと呟くが、月華元にそう言われ僅かに視線を真へと向ける。



「ん……ああ、忘れてたよ真君の事。え、で何?真君が何?月華元さん、今すごく忙しくなったんだけど脳内回路が」

「それは分かるわ、でもあっちはあっちで何か忙しくなってるみたい」



 最早山本と月華元等眼中に無いかのよう喚き散らす赤髪、掴みかかられんばかりの黒髪に呆れる黄髪、それを制しようと青髪も重い腰を上げるが未だ緑髪は動揺を隠せない。

 そんな様々な髪色が乱れる場に、月華元は現状の自分達はこれからどうすればいいか等忘れる程であった。



 一体この星は何なのか、何故こんな遥か遠い銀河の星に地球人に似た者達がいるのかと。



「あぁ……そう言えば真君、様子がおかしかったね。もしかして、もしかして?真君っ!」


「……呼びましたか、山本さん」



 突如真を呼ぶ山本の声に反応する霧雨真。

 だがその反応に山本は確信していた。



「あぁ、やっぱり。なるほど……これが柴本さんプロデュースの人工人格。凄い、完璧だ、やっぱり僕は天才だったね!」

「え、何よそれ……山本君。ちゃんと説明して、今北――」


「あぁ!もうダメだよ、月華元さん。それを使っていいのは人生で一回だけだからね」



 山本はこれ以上教えて教えての月華元は御免だと適当な情報を月華元へ伝えて短い首を横に振る。

 だが真の方は何かを理解していた様だった。


「なるほど。どうやら貴方が私のソースを作成した様ですね、山本尊オカルト研究員……それなら聞きたいのですが」




 山本と月華元の不可思議なやり取りを聞き流し、真は自分の人工人格を作り出したであろう山本へ問う。

 


「私が人工人格として何故ここまでの自我があるのかという事ですが――」

「うむ、説明しよう!僕の天才的なプログラムを!君は僕が作成した二つの人格の一つなんだよ。だけどその自我は主人格である真君の頭頂葉へ繋がるんだ、僕は真君の頭頂葉へ指定コードを送るソースを作っただけだけど。まぁその結果、筋肉の活動準備電位によって君の自我が作られると言う仕組みなのさ。つまり恐らくは……うぅんと、第三かな?の君に意思など存在しない、君はあくまで僕の作ったソースコード内で動くいわば操られた真君って訳なのさ」



「ちょっと……山本君、何を言っているの?さっぱり理解できないわ」

「ん?まぁ、僕もバイオは詳しくないけど……そんな感じだったはずだよ。僕はその、まぁ真君の行動に制限を、違うな。制限解除を目的に作ったんだ――あ、因みに二番目の人格プログラムは失敗作だって言われちゃったけど僕的には成功なんだよ!制限解除人格を作れって言うから作ったのにさ、これじゃ危ないとか言って作り直しさせられたんだ。結局二週間もかかったよ、この三番目の真君を作るのに」



「なるほど……大体理解しましたよ。つまり私は霧崎真でしかない、それも貴方達に脳を操られた人工人間アンドロイドとしての霧崎真。私は、いや、私達は最早人間ではないという事ですね」


「ちょっと。一体真君に何をしたのよ、山本君!貴方達は!人間を、一体なんだと思ってるの!」


「えぇ?何って……被検体なんてどうせ元々社会の悪でしかないような屑人間だよ?僕がむしろ世界を変える正義にしたって感じで、怒られる筋合いなんて無いんだけどな」



 山本は人一人の人間を改変させた事に微塵の悪気も感じていない様子で飄々とそう告げる。


「いいんですよ月華元さん。分かっていましたからね、それが彼等のやり方です」



 真は月華元にそう言うが、月華元は山本に対し湧き上がる嫌悪感を抑えきれなかった。だがここで何かを言ったところで山本には伝わらないであろう事も同時に理解していた。


 巨大な研究機関、フォラスは狂っている。

 人道も何もない、人間を好きに扱い、自分達の裁量で人間に価値を作る。


 それが出来るだけの技術を持ってしまったのだと。



 そして、その犠牲となったのが真のような日本経済格差における底辺部の人間達。

 もしかすると世界は今後、誰かの意思のもとに全てを操られた一つだけの価値によって成り立つのかもしれない。


 そんなおぞましい考えが月華元の脳裏を過ぎっていた。



「凡そその推測は出来ていましたし、今更貴方達の様な狂った研究員に何を言っても仕方ありません。寧ろ月華元さんのような人の方があの組織では異常と言う所でしょうか」

「うーん、よく分からないけど月華元さんより話しやすいね。やっぱり僕のコードは素晴らしい」


「因みに山本さん、私の人格を主人格である霧崎真へ戻す事も可能なのですか?」



 特にそんな山本の言葉を気にした様子も無い霧雨真はふと山本へそう持ち掛ける。


「勿論だよ!それには指定マイクロ波で神経回路の切替をするんだけど、戻すって事は元々の真君だから確か150MHzだったかな。因みに僕の最高傑作は君じゃなくて237MHzの方なんだけどね」


「――なるほど。それが知りたかったのですよ、指定周波数がね。間違えると大変ですから……さて、では私はゆっくりと安寧の時を過ごす事にしますか。あぁ、あと山本さん。折角ですから貴方の最高傑作とやら、じっくりと絶望を噛み締めてくださいよ。さて皆さん、恨みはありませんが何かあっても是非生き抜いて見てください、では御機嫌よう――conscious mind off no.3 biokillhuman……choosing……dicided the no.2 biokillhuman…………convert!」



「ん?生き抜く?ん、え?あのコードもしかして!!」

「――え?ちょ、え、何?……マイクロ波機能が真君のFAIBEデバイスに?そんなの無かった筈って、あ」




 直後だった。

 真のデバイスは無機質な電子音を発し、気付けば次の瞬間山本の左手小指が何処かへ切り飛ばされていた。

 

 流麗な黒き日本刀を振りぬき、いつの間にか山本の横に立つ真。月華元が開発した元素収束兵器であり、山本が自ら図案を起こしたカーボナイズドエッヂによる一閃。それはほんの一瞬の間に山本の小指を的確に身体から切り離したのだ。




「!?」

「シン!」


「え」

「んにゃ!?あ、あ、あ、い、いだぁ"ぁ"ぇぇ!!」


「あぁ……解ったよ、てめぇも俺と同じ屑だってのがな。終わりだ、ウスラデブ。FAIBE、消せ」

 ――OK. By an intention judgment, I understand an object for a particle resolution



 それは一瞬。

 山本の身体は刹那、真の行った粒子分解によりその身体を消し去られていた。

 残ったのは、暴走する真と静止する五人の人間達。そして遠くへ飛び落ちた指輪型反磁性粒子分解装置のついた山本の小指だけだった。



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