第131話 友と仲間と、頼ること
「おいおい……ありゃなんだよ」
「魔族が、混戦してる……悪魔族と悪鬼族」
「そんなのは見りゃ分かんだよ!俺が聞いてるのは何でガーゴイル共と、オーガが、王都近隣で小競り合いしてるんだっつぅ事だよ!」
過去の勇者パーティの1人、光拳のベルクはエルフのアリエルに吊られながら北海の空を越え、まるで蝿の大群が集まる如く光景にそう声を荒げた。
アリエルはだが、喚き散らすそんな男を地面に投げ落としてやろうか等と全く場違いな事を脳裏で想像しながら、端的にそう告げる。
ファンデル王都、その平野部に集う魔物の群。
その種はガーゴイルにオーガと、それだけではなかった。
元来眼の良いエルフであるアリエルには、様々な魔族、魔物が入り乱れ争っているのがしっかりと視えていたのだ。
ガーゴイル、オーガ、インプにサキュバス、オーク。
二等すればそれは悪魔族と悪鬼族が魔族同士の争いをしている最中とも思える。
だがアリエルの疑問はそこではなかった。
ワンキャッスルに現れた三匹の魔族を見た時から感じていた違和感。その正体が今平野部に群れるその魔物達を見てはっきりと分かる。
本来であればガーゴイルやインプ側の悪魔族であるサキュバスが、悪鬼族であるヴァンパイア、オーガ達と共闘していると言う事態だ。
「何故……」
「だから俺が聞いてんだよそりゃ!いや、それどころじゃねぇ。アリエル、スピードを上げろ!このまじゃアイツ等ファンデル王都に突っ込むぞ」
「王都の、取り合い?何が狙いなの……国王に会う。ベルク、落とす、あとお願い」
「はっ!?お、おい、お……ウォォォ!!」
アリエルはそう端的に、まるで独り言のように告げると、掴んでいたベルクをファンデル王都付近の平野に投げ落とし、一目散にファンデル城へと飛んだ。
十五年振り。
一ノ瀬一城を見送った最後の日、別れの時、戻還の儀を行った筈のあの日以来一度も訪れる事の無かったその城。
全ての始まりであった筈のあのファンデル城へとアリエルはただ急いだのだった。
◆
ファンデル王都北、ノルト地区。
「何ぼけっとしてんのルナ!バァちゃんも悠長に武器整理とかやってないで!魔物よ!短い寿命が無くなっちゃうってば!」
ルナは鳴り響く騒音と街の混乱を、アリィの祖母であるローズ=マカフィストの店の窓からただ呆然と眺めていた。
だがアリィは自分が慌ただしく避難の準備を進めているにも関わらず、あまりにゆったりとした動作で店内の武器を磨き上げる祖母とそんなルナに苛立ちを隠せない。
「ねぇ!ちょっと聞いてるのバァちゃんっ、まーもーのーっ!!来てんだよ!?プラチナヤバイって自分で言ったんでしょ?ちょっとルナ、あんたも……って、いつまで外見てんのこのチビッコぉっ!」
「痛!」
ルナはアリィに叩かれた頭を押さえながら、久しく無かった真からの手刀を思い出す。
「痛いじゃないわよ!魔物が来たら痛いじゃ済まないんだから、アンタも早く避難の準備して」
アリィは手早く自らのリュックに貴重な店の品をあらかた入れた所で再度店内を見渡す。
街に突如鳴り響く警報音はアリィが幼くしてここへ預けられたあの時と同じものだ。当時祖母と地下水道に逃げ込んだのは今でもよく覚えている。
だがしかし、今回に限って自分の祖母は何故こんなにも呑気でいるのか。二度目の事で既に慣れてしまったと言うのか、それどころか初めての事態であるはずのルナも全く焦る様子が見られず、自分の方がおかしいのかと考えさせられる。
「私……戦います」
「って――はぁ!?」
そんな刹那に放たれたルナの場違いな発言にアリィは思わず刮目した。
「あんた何言っての!?トーナメントもまともに勝ち上がれなかった
「私は……確かにシン様みたいに強くはないけど、それでもシン様ならきっと戦います。もう私は逃げたくないんです、それに」
「それに何よ?あんたなんか犬死……ううん、虫死!埃死によ!意味ないわ、いいから早く逃げるの、年上の言う事は大人しく聞きなさい。バァちゃんも急いで!!」
「娘、ルナや、確かにあんたの魔樹禍の杖なら魔物共を一気に封印できるかもしれないよ。でもそれは間違いなく魔具の類だ、何が起こるかあたしにも分からない。それでもやるのかい?」
「はい……やってみます。そうしなければ、世界でまた沢山の人達が苦しむ。私は、シン様がいなくても、戦えます!」
アリィの言葉など全く響いてはいない。
それどころかローズとルナの会話はまるで今まで何かしらの作戦を立てていたかのようなやり取りだった。
「はっ!?え、ちょっと!ちょっとちょっと、何言ってるの?意味分かんないんだけど。バァちゃん、どういう事?ルナの杖が何よ、何戦わせようとしてんのよ!」
「アリィ、この娘は戦うのが使命と思っておるのよ。アタシはそれならこの杖を使えと言っただけに過ぎん……そしてこの魔樹禍の杖をまともに扱えるのは恐らく、この娘ぐらいのもんじゃて」
「何言って……ルナ!あんたが戦ってどうこうなったりしないから!その変な杖だって、魔物の封印?知らないわそんな武器。そんな能力、絶対やばい魔具に決まってる!あり得ないって!バァちゃんも適当な事言わないでよ、なんでそんなにルナを戦わせようとすんの!店の
「アリィさん……」
「――あ、えと」
アリィはその瞬間、自分がどれだけ恥ずかしい事を言っていたか、ルナの視線を浴びせられ初めて気付いた。
あれだけ文句を、罵詈雑言を浴びせていたにも関わらず自分にとってルナが唯一の友達だと思えていた事は今まで誰の前でも態度に出した事は無い。
だが自分の祖母が、そんな自分の友人の命を蔑ろにしているようでアリィは気に入らなかった。
そんな怒りに任せ、反射的にとんでもないカミングアウトをしてしまった事に気付いたアリィは視線を辺りに泳がせ必死に訂正の言葉を脳裏に羅列させる。
「あの、アリィさん。私の事、友達って」
「――ぷ、プラチナって言ったの」
「え、私のプラチナ?ってなんですか?」
「あぁ!うるさいうるさい、プラチナウルサーイ!!兎に角魔物は国が何とかすればいいのよ、私達は逃げるの。都民の命を守るのが騎士の役目でしょ!税だって取ってるんだから」
「あの……ありがとう、ございます。アリィさん、でも、私、約束したんです。勇者と共にって……ローズさんの話ならきっとこれから本当の勇者がくると、思うんです。分かってました、シン様は勇者じゃない。私にとって英雄だけど。だから私は!その時、私も勇者の側で戦わないと。それが運命だと、思うから」
ルナは村長から言われていた。
お前は特別だと、いつの日か勇者と共に世界を救う日が来ると。
それが、ルナに不思議な力を宿らせた神の意志なのだと。
そんなルナの言葉にローズもまた、目を逸らしテーブルの上に箱を取り出す。それはルナがローズに一度は預けた筈の村長からの贈り物。
「いいかい、ルナ。これは全ての闇を吸い、その力を蓄える悪鬼樹だよ。あんたの心に少しでも、
「はい」
「ちょっとぉ!何、何なの!バァちゃん、どういう事?待ってるって、バァちゃんも逃げないつもり?」
「アリィ、あんたはお逃げ。あんたに何かあったら私はあの世で息子と、
「ローズさんは逃げてください。私は、大丈夫ですから……その、魔物も封印して、安全になったらまた会いましょうね、寂しい、ですから」
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ」
ルナはそう告げると、魔樹禍の杖を手に取りローズの店の階段を一気に駆け上がる。
アリィはそんなルナを目で追うのが精一杯だった。
「待って、ルナ!!」
――アリィさん、ずっと友達ですよ
アリィの必死の叫びはルナを僅かに足留めするだけだった。
ふと振り返り、微笑むルナが何を言ったのかは多分誰にも聞こえてはいない。
ただ、慌ただしく閉まる木扉の音だけが店内に虚しく響いた。
「何で、よ……あんたが戦う必要なんて、無いじゃない」
アリィは騒然とする街に1人飛び込むルナの後を追いたい気持ちに駆られた。
だがその足はそこから一歩たりとも動いてはくれない。過去の恐怖が、闇が、アリィの身体を保身へと誘う。
「あの娘は、自分も役に立とうと必死だ。まるで誰かの背に寄りかかった子供が大人になるような……出て行った時のアンタそっくりだよ」
ローズはポツリとそう漏らす。
だがそんな言葉にアリィはあの時ルナに自分が吐いた暴言を思い出させられていた。
――シン様シン様ってあんた煩い!!
――自分の力で全部何とかしなさいよ!
「アタシの……せい」
自分が放ったルナに対する暴言。
それはきっと妬ましさから来るものだった。
自分はこんなにも苦労してきたのに、世界が、皆が敵に見えたのに。あんなにも偽善的な言葉を吐けるルナが、素直に人に頼れるルナが、ただ羨ましかっただけなのだ。
それが今、自分も一人の友人を得て、やっと人を妬まずにいられるようになったと言うのに。
過去の自分の一言が、思いが、結果今の全てを無に返してしまう。
アリィは抑えきれない焦りに駆られた。
だがそれでもその体は一歩もそこから動いてはくれなかった。
「何でよ……怖くなんかない、怖くなんかない。動け、動けよアタシッ!!馬鹿、バカバカバカ!アタシの馬鹿っ、動いてよぉ!」
「よすんだよアリィ、アンタにはアンタの生き方があるだろうに。あの娘にはあの娘の生き方がある、ただそれだけなんだよ……あたしゃ、この選択に後悔はないよ。ただアンタは私の為にも逃げとくれ」
ローズはどこか寂しげにそう呟いた。
だがそんな言葉は今のアリィの耳には届かない。
否、聞きたくない。
自分が今するべきは、そこにある階段を駆け上がり、直ぐにここから出て大切な友人であるルナを追いかける事。
それが助けになるとは思えないが、そんな事は最早関係無かった。
「早く、しなきゃルナが……ダメ、なのに。シンちゃん……助けてよ」
ただ思った。
切実に、助けてほしいと。誰かに、素直に頼りたかった。
そして気付く。
寧ろ何故今までそれをしなかったのか。
ルナが、アリィが、それぞれが孤独に頑張ろうとしたが為に忘れていた事。
人に、頼ればよかった。
そう、あの男に、シンに。
シンならばきっと、間違いなく、損得無しに自分達を助けてくれる筈なのだから。
そう気付いた時、アリィは既にその手にロードセルを持ち、シンとの唯一の繋がりであるパズル型のそのピースを外していたのだった。
「――シンちゃん」
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