第129話 異星の交流

 

 神星の理に頭を下げたシグエー。

 静かに黙り込むブライン以外の二人は居心地悪そうに頭を掻いていた。




「まぁ兎に角今は自己紹介と行きましょうか!僕は山本尊、こっちの女性は月華元陽花さん」



 山本はだが、重苦しい空気の中何かを気にした様子等欠片もなくそんな言葉を口にする。




「あ、あぁ……そうだったね。僕は、ハイライト=シグエーと言う。ファンデル王国でギルド試験官をしている。と言っても今は|一応(・)左遷の最中だけれどね」


「ハイライトさんよ、こんな訳のわからない奴等に身元を割るのはどうかと思うぜ?」

「ボルグ、ハイライトさんがこう言ってる。察しろ……俺はブライン=ナーヴ、A階級ギルドパーティ|神星の理(トライレイズン)の団……リーダーをしている」



 山本尊、月華元と名乗る二人に未だ敵対心を剥き出しにするボルグを制し、ハイライトに続いてブラインも自己紹介を終えていた。


 それはハイライトに敬意を示す意味であり、決して地球人である二人を信用しての事ではない。例えハイライトがかつてのその人と変わっていようとブラインの気持ちは変わらない。



 尊敬に値するハイライト=シグエー、その人に付いて行くと決めた自分。


 ハイライトがどう変わろうとも、今更その覚悟は揺らがない。

 覚悟とはそう言うものでなければならないと、でなければそれ即ち自分をも信じられないと言う事になるからである。


 そして自分を信じられないような人間に付いてくる人間もまた居ない。ブラインは今一つのパーティを預かる立場にいる事を深く理解していた。そんな自分の気持が、ハイライトへの信頼と覚悟が、今簡単に揺らぐ訳にはいかなかったのだ。



「まぁ、自己紹介ってのも滅多にないよね。僕はミラノ。同じく神星の理の一人、階級はB1かな。今の所はまだ」




 そんなブラインの気持ちを知ってか知らずか、フィリップスも突如始まる自己紹介に乗じた。


 家から追い出された今、フィリップスに残された名はミラノだけ。仲間内、ギルド内でも堕爵の黄神フィリップス等と呼ばれているが本人は全く気にしていない。



「ふぅ……団長がそう言うならまぁそれでいいけどよ。俺も随分とイエスマンになったもんだぜ、ボルグ=イフリエートだ。A階級ギルドパーティ神星の理のNo.2だ、だがいいか?おかしな真似したら遠慮無くぶった斬るぜ」


「……え、いつからNo.2がボルグになったのさ」

「あぁん?どうやっても俺だろが。てめえが苦戦してるから助けてやったのを忘れたのかぁ、貧弱の黄猿さんよ?」


「あ……キレちゃった。あぁ苛ついたぁ!あんなクソ騎士最初から殺っていいなら楽勝だよ、お前みたいに筋肉馬鹿じゃないからね僕は。中途半端に手加減が出来ないんだよ、相手が弱すぎて!」

「ほぅ、上等だ猿公!丁度いいぜ、この際どっちがNo.2かハッキリさせようじゃねぇかっ」




 ミラノ=フィリップスは神星の理の中でも最も非力である。


 だがそれを補って余りあるのはその技術だった。

 二刀流の剣術など使いこなせる人間はこの世界にもそうはいない。

 それらしく二剣を使いこなせる者はいてもそれを自在に、ましてやパーティを組みながら自分の役割はここまで等と調整出来るのは恐らくフィリップス位の者だろう。



 実際そのフィリップスでさえ自分の技術を最大限制御してもその加減が難しい。

 それでもフィリップスが二刀流を貫くのは自分自身を天才へと導きたい為の言わば修行なのだ。


 もし一人で、何も鑑みず、その二刀流の剣技を遺憾なく発揮した場合、その能力はブラインにも引けを取らない。

 ボルグも、ブラインもそれはよく理解していた。フィリップスが自身に課した枷を決して外さない事を。それを踏まえてフォローしてやるのが仲間だと。



「止めろお前ら。下らん戯れ合いは飲みの席だけにしろ……それと、入団順だ」


「げっ」

「へっ、てめぇはNo.3だとよ」


 

 ボルグとフィリップスは互いに掴み合ったままブラインの一言に視線を交わす。

 ボルグの笑みにフィリップスは顔を歪めていた。



「ボルグ、お前もフィリップスに喧嘩を売るのはいい加減止めろ。お前じゃ勝てないのは判るだろ」


「んなっ!」

「へっへぇぇん!」




 今度はフィリップスが厭らしい笑みをボルグに向ける番だった。

 だがそんなやり取りさえ、本当はハイライトを思っての、気にしていないぞという場の空気を読んだ二人のわざとらしい行動である事もブラインは内心で理解していた。




「兎に角だ……ハイライトさん、これからどうしますか?事態はおかしな事になっているようだ。第七都市の魔族による陥落は見過ごせない、ここは一旦――」

「いや、このままノルランドの皇都まで行く事にする。その様子次第では一旦戻る事も考えるよ……君達はこの事を、ベイレルさんへ伝えてくれ」




 シグエーはブラインが言わんとする事を理解した上でそう言った。

 ノルランド皇国の第七都市が魔族の手に落ちた。それはつまり他の都市にもと、嫌な予感がするのはシグエーだけではないだろう。万が一にも国内全土がそうだとすればそれは最早由々しき事態になっているのは間違いない。

 だからこそシグエーはこれ以上自分を慕う若き芽を失いたくはなかった。



「ハイライトさん、何度も言わせないでくださいよ。我等は貴方と共に」

「そうだぜ、面倒だけどよ。もうこの際どうにでもなれって感じだしよ!」

「そうそう、水臭いですよ。最悪本気でやるしかないでしょう?」



 だがそんなシグエーの言葉に、はいわかりましたと応えるような三人では無い。神星の理、それはハイライト=シグエー在ってのパーティ。その答えは言わずもがなであった。



「悪いね……だけど今度ばかりは本気だ。君達の身を心配してるだけじゃない、もし……ノルランドがこの状態ならファンデルも危ないと見るべき。君達は今ファンデル王国のギルド員だ。優先順位は……判るね?」


「それは……ファンデル王国も魔族に、と言う事ですかハイライトさん」

「いや、そこは僕達の身を案じて言ってくれてるってやつでしょ」


「ノルランドが魔族に全滅なんてありえねぇし、ファンデルまでもなんて有り得ないでしょ?てかもしそうならそれに乗っかってリヴァイバルが戦争吹っかけてもおかしくねー。世界が大戦争だ」




 ボルグのふとした言葉に一同は思わず黙り込んだ。

 ブラインもフィリップスも、シグエーが自分達の身を案じて大きな事をわざと言っていると理解していた。

 だが脳裏には万が一の、最悪の事態がボルグの一言によって一瞬浮かんだのも事実だった。



「そ、それはないでしょ。もしノルランドとファンデルが魔族に強襲されるとしてさ……そしたらリヴァイバルもヤバイじゃん?人の国襲ってる場合じゃなくない?」


「もし……リヴァイバルが、魔族と繋がっていたなら」

「!?」

「ちょ!」



 シグエーの呟きは自らを含め四人の身を凍らせた。

 


「リヴァイバルの動きがおかしいのは確かに有る……巷ではダルネシオンがリヴァイバルと繋がっている等と言う与太話もある位だ。今回のハイライトさんの異動もリトアニア商会の会長独断、リトアニア商会は陰で人身売買をしている……恐らくそれだけじゃないだろう。何か、繋がりそうなんだが」

「どう繋がるのさ。ダルネシオンってファンデルの第三王子でしょ?リヴァイバルが魔族と繋がるなんて与太話が有り得たとして、そこにダルネシオン王子が介入したら逆にファンデルも安全じゃない?むしろリヴァイバルの方が嵌められる的な」



「そういやここ数年リヴァイバルの王様寝込んでるらしいな?誰が仕切ってるんだ?」

「誰って……大臣とかじゃないの」



 シグエーは過去の記憶から一つの事実を思い出していた。


「――シャペ元帥。かつての三国争いの時代から生きているという不死の異名を持つ男、今あの国を仕切っているのは彼だ。リヴァイバルでは密かにシャペ元帥は魔族なんじゃないかと言われていた」




 四人の会話が推測の中錯走していく。

 シグエーはリヴァイバルにいた頃よく聞いたそんな話を持ち出し、自分でも馬鹿げていると思い始めていた。




「分かった!分かりましたよ皆さん!悩まれている理由と解決法。そちらの……トライレイズンでしたか!の御三方、貴方方はえぇと……ファンデル王国へ行ってくださいな。それで僕と此方の月華元女史がええ、ハイライト殿と行動を共にすれば解決でしょう!」

「!?」

「へ?」

「何?」




 一通りの話を聞いていたのであろう山本は、呆然とする月華元を差し置いて勝手にこれからの行動指針を示す。

 それはだが合理的で、この場の会話を最も早く纏め上げる提案だった。



「いや、それは有り難いけど」

「何言ってんだ、てめえ等をまだ信用したわけじゃねぇぞ!て、もしかしてお前らがノルランドギルドの使者か。ハイライトさんを連れて何かする気なんだろう!そうだよ、おかしいと思ったらさっきの騎士野郎共もお前の差金――」

「待てボルグ、お前は静かにしてろ。――うちのボルグの言う通り、ハイライトさんの身は今複雑でな。あんたの言葉をおいそれと信じる訳には行かない」



 ボルグの噛み付きを制したブラインが山本にそう言い厳しい視線を向ける。提案事態は最も有効だが、この事態に於いて山本の言葉はあまりに的を得すぎていた。



「うぅん……そうなのかぁ。難しいなぁ、異世界の人は。普通にグッドストレートだと思うんだけど――あ、じゃぁうちの月華元女史と分割させようか!」

「は!え、ちょっと!何で私が……」

「そっちの方が効率いいでしょ月華元さん、真君の回収もさ。あ、真君の搬送波情報送っといて貰えるかな?僕のには入ってないんだ」


「おいおいおい、何勝手に訳のわかんねえ事言いながら話しを進めようとしてやがんだてめぇ!そうやって二手に分かれて俺等も口封じってか……さっきの訳のわかんねえ魔力機、こっちもそう簡単にはやられねぇぞ!」



「えぇ!?そこまで疑われちゃうと困ったなぁ……。じゃあどうするのさ、頭が凝り固まってるよ君は」

「んだとてめえ、この脂肪肝野郎がっ!!」


「止めろボルグ!」



 山本の薄ら笑いとボルグの怒りが火花を散らそうとしたのを空かさずブラインが呆れながらも止めに入る。

 ブラインには薄々解っていた。

 この山本と月華元と言う人間が自分達の身に何かしようとする人間ではない事を。


 だがそれも憶測の域を出ない以上、簡単に意見を飲む訳にもいかない。

 



「ねぇ……え、うそ。ちょっと!」

「月華元さん。ちょっと搬送波は後にして、今この脳筋君と話をつけないと。どうしてこう筋肉自慢は頭が固いのか、未だ医学分野でも難しい所なんだ、精神行動学では予測されるけど僕は脳科学分野で証明できると思うんだよね」


「おうこのデブ、判ってんぞ。何か小難しい事言いながら馬鹿にしてんな。俺ぁそう言うのは分かんだ」



 山本とボルグの火花は未だ消える事は無い。

 だがそれでも月華元の声は高らかに、無遠慮にその場へ広がっていく。



「いいから山本君!そうじゃなくて!私達の座標がEGSZ8-813-ES3、x446y4778。真の座標が……EGSZ8-813-ES3、x446y75なの!いえ、780……え、1500、2300、近付いてる!?」


「な、え……ちょっと待って。え、筋肉が座標……違う違う。し――」

「真っ!?」




「これはこれは――遠目から確認だけと思いましたが月華元さんでは位置が割れているでしょうからねぇ。しかし山本さんとお二人でわざわざとは、一体フォースハッカーはどんな方針なのでしょうか」


「シン……なのか?」



 

 月華元につられ山本と、そしてシグエーも。中空にとてつもない速度でいきなり現れたその姿に目を見開いていた。

 

 靡く黒髪、漆黒のコート。

 細くなった眼から読み取る事は出来ないであろう感情と抑揚の少ない言葉に、シグエーはだが確かにここに居るはずのない人間を見た気がした。



 霧崎真、その第二人格である霧雨真は静かにその地へ降り立った。



 

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