第4話 村の英雄



 真は集落にある他よりも少し大きい藁葺き屋根の家屋に身を置いていた。


 あれから林の細道からこの集落に住む人間達がゾロゾロと集まり少女を抱きしめ口々に安堵の言葉を漏らし、少女の真を賛嘆する言葉に人々は真を村を救った英雄だと感謝し、村長宅へと招いたのだった。



「先ずは改めて礼を言わせて頂きたい、この村をブルーオークから救いルナの身も守って下さった事感謝してもしきれませぬ。ありがとうございました!私は村長のジークと申します」


「私からも言わせてください、娘を、ルナを助けて、頂き……ぅっ」


「お、お母さん」



 少女の名はルナと言うらしい。

 その母である女は涙を堪えその場に泣き伏せていた。

 それほどまでにあの状態はこの村にとって危機であったと言うのがさすがの真でも手に取る様に分かった。


「ですがこの依頼を受けてくださる方がいらっしゃるとは」



 何でもこの村には何年も前からブルーオークと言う魔物に奇襲を受けていたと言う。

 だが村の娘を一人差し出すとおとなしく帰っていくのだとか。


 だからと言って村長もそんな状態を放っておく訳にも行かず都のギルドにブルーオーク討伐の依頼を出した。

 それでも村で集められる資金には限りがあり、依頼を受けてくれるギルド員は現在に至るまで一人もいなかったと言う事だった。


 魔物と言う言葉に真は自分が確実に何処かの異世界に転移してしまった事を確信したが、そこまで動揺はしなかった。

 元は棄てた命だ、フォースハッカーの他のメンバーには申し訳ないがどうやら歴史を変えることは出来ないと心でメンバーに謝罪し、村長の話に耳を傾けていた。



「随分と前に出した依頼でしたし、報酬もこんな村ですから銀貨50枚集めるのがやっとでして。もう依頼も破棄されているとばかり、どうぞお納めください」



 そう言うと村長は茶色い巾着を取りだし真に差し出した。



 突然の事態に反射的にああした対応を取った。

 だがこの不可思議な世界であまり自分の情報を漏らすのは不味い様な気がしたのでその場の流れに任せて自分はギルド員だと言う事にしていたがここまでされるのはどうなのかとも思ってしまう。


 

 ただ情報は少しでも必要だと考えた真はとりあえず巾着の中を覗く。

 そこには銀色の硬貨が数十枚入っているだけだ。

 しかし銀色とは言えそれは元が輝いていたであろうと予測出来るだけで実際は薄汚れた灰色の様に見える。

 一体何で出来ているのだろうか、銀か、青銅か、デバイスで解析すればすぐだがここでそれを大っ広にやるのは不味いだろう。



「いや、報酬はこの銀貨一枚で結構です」



 真は中から一枚の銀貨を取り、ジャラジャラと硬貨の入った巾着を村長へ丁寧に返した。

 一枚は申し訳ないが後で鑑定に使わせて貰おうと考えたのだ、鑑定次第ではこの世界の財政事情や文化レベルが分かるかもしれない。



「そ、そんな!ですが」



 それにこの銀貨がどれ程の価値を持つのか分からないが、生け贄を差し出さねばならない程困窮している中集めた物ならおいそれと受け取れはしない。



「因みになんですが、ここから一番近い街は何処ですか?」



 それより今欲しいのは情報だ。

 この世界の事を少しでも知っておきたい。

 もしかしたらもう地球には二度と戻れないかも知れないが、だからといってこのまま野垂れ死ぬ事も憚れる。

 だとしたら選択肢としてここでできる限りの事をやって死のう、真はそう考えていた。

 ただ此処では自分は英雄扱いだ、出来れば誰にも知られる事なくゆっくりと過ごしたい。

 情報を得るにももっと繁栄している街等があるかもしれない、例えばギルドとやらがある都。



「……貴方は都からから来て下さったのでは?」

「あ、まぁそうなんですが」


「はっ、そうですか。途中の街には寄らずここまで!それは大変なご足労を。ですがそのお陰でこうして事が起こる前に解決されました。本当に貴方様には感謝してもしきれませぬ。そう言えばまだお名前も伺っていませんでした」


「え、あぁシン……と」


 村長はどうやら都合の言いように解釈してくれていた。

 真は咄嗟に偽名を考えたが特に名前を隠す必要性も無かったので名字は出さずに名前だけを名乗る事にした。



「シン様……」


 村長の横でルナが一人、その名前をまるで脳内で反芻させるかの様に復唱する。


「そうですか、シン様と。民を代表して貴方の事は後世に語り継ぎます」


「いえそれは、遠慮します」


「して街ですが、私もここ数年は外にあまり出なくなった物で。はて、そういえばこの先の森を越えた所から川沿いに北へ、川上に向かった所に小さな街があったと記憶しております」



 とりあえず話を合わせ、分かった様な口振りで村長の話を聞く事にした。


「しかしもうすぐ日も暮れます故、あの森は夜になると獣も多い。まぁシン様なら問題ありますまいが、もしよろしければ今夜は此方で過ごされては?辺鄙な村ですのでこれと言ったおもてなしも出来ませんが」



「そ、それなら是非私の家にっ!」



 村長のそんな言葉を待っていたかの様にルナがそんな会話に割って入った。

 村長もルナの母も少し驚いた様子であったが、助けて貰った事もあるのでそれもそうかと真を家に招く算段が出来上がっていた。


「あ、いやありがとうございます。ただ、ギルドへの報告もあるので俺はこれで」


 そう言うと真は村長の言葉も待たす、一度皆に頭を下げるといそいそとその場を後にした。

 村の入り口に行き着くまでに何度も頭を下げられ、礼を述べられ何とも居心地が悪い真である。



「あのっ!」

「ん?」


 背後でいきなり呼び止められ真は咄嗟に後ろを振り返ると、そこにはあの青髪の少女ルナの姿があった。



「あの、シン様、ありがとうございました。私、もっと強くなって、いつか都へ参ります!」



 その言葉の意味が真には理解する事が出来なかったが、とにかくここは早めに村を出たいと言う一心でルナに気にするなと一言かけて村を出たのだった。

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