第34話
「水森」
妙にまじめな顔をして牧原は手招きする。
「なに?」
昨日、食べ過ぎたせいなのか、いまいちだるい体で廊下に出る。
「今日の予定は?」
「まさか、また都さんの家に行けとかいう?」
さすがに二日連続でないだろうとは思いつつも、ちょっと警戒してみる。
わざわざ講習の休み時間に、廊下に呼び出してまで聞いたりするから。
「三限まで?」
「違う。今日は二限目まで。ちなみにまっすぐ帰るよ」
こちらの問いには答えない牧原に、予防線を引いておく。
寄り道はしない。別に帰ったからって何をするわけじゃないけど。
「うーん。本音言えば、知らないほうがシアワセかなぁと思ったりもしないわけでもないんだけどさ」
言い回しが大げさな上、くどい。
「何それ」
「でも時間がたった後に知ると、ショックが倍増って気もするんだよ」
「牧原、もう少しわかりやすく」
簡潔に。
さっきの数学の授業の内容が頭の片隅でぐるぐるとぐろを巻いている状態で、わけのわからないこと言われても処理が追いつかない。
おまけに暑さで頭が煮えてるから、推測なんて高度な技は使えないんだけど。
「とりあえず、詳細知りたければ二限終わったら屋上来て。別にどうでもよければ帰っていいよ。おれも忘れることにする」
牧原はそれだけ言うと、鳴り出したチャイムを追うように隣の教室に滑り込む。
ちょっと。
追いかけて文句は言いたいのを我慢し、教室に戻る。
間をおかずに入ってきた先生が配った化学のプリントを眺めるふりをしながら、牧原の言葉を巻き戻す。
つまり、牧原は何かを知っていて、それは私に関することで。
それは知らないほうが良いかもしれないけれど、あとで知るとショック倍増するかもしれない内容。
その話を聞くか聞かないかはこっち次第。
聞かないなら、牧原もその話は忘れることにする。
ってことだよね?
でも、こんな話持ってこられた時点で聞かざるを得ないんじゃないか、普通。
何かがある、ことを知ってしまったら聞かないなんて選択肢はとりづらい。
ショック倍増かも、なんて言われたら余計に。
単純に牧原の胸にしまっておいてくれれば問題なかったんじゃないの?
あとでショック受けるかもしれないけど、もしかしたら知らないままで済むパターンもあったかもしれないんだし。
「あ、いた」
この日差しの中、外に出る気にはなれず、屋上出入り口の横に捨て置いてある長机に座ってぼんやりしていると、意外そうな声が届き視線を動かす。
階段十数段分下、屋上手前の踊り場でこちらを見上げる牧原と目が合う。
「いるよ。牧原のせいでさっきの講習、受けた意味なし。無駄な時間過ごしちゃったじゃない」
階段を登ってくる牧原に文句をいう。
余計なこと考えてたせいで、どんな内容の授業してたんだかさっぱりだ。
プリントにちょこちょこ板書を写せてたのがせめてもの慰めになるかどうだか。
あとから見て、意味わかるかなぁ。
「とりあえずさ、あやまって良い?」
隣に座って、牧原はそんな切り出す。。
「なにを?」
あやまってもらうようなことは、とりあえずないはずだ。
内心の文句は単純に八つ当たりだし。
意味深なこと言ったことに対して、というわけでもなさそうだ。雰囲気的に。
「大変申し訳ない上に、言いにくいんだけどさ」
「うん?」
歯切れ、悪いなぁ。
牧原は迷うように視線を中にさまよわせる。
「…………早瀬、知ってる」
こちらを見ずにぽつりと呟く。
知ってるって……。えーと?
「ねぇ、それってさぁ、聞きたくないんだけど。……何を?」
牧原の横顔に、おそるおそる尋ねる。
「水森が知ってるってことを、知ってること」
「つまり?」
ここまで来たら単刀直入に言ってよ。
考えられることは、ひとつしかない気もするけれど。
二人が、というか三人が兄弟だと。
ようやく視線を合わせた牧原はこちらの考えをきちんと読み取ったらしい。
深々としたため息とともに肯く。
「なんで」
ため息つきたいのはこっちの方だ。
「なんていうかねぇ、かなにぃがバラしたというか、バレたというか。早瀬もうすうす感づいてたっていうか」
サイアクだ。
突っ伏す場所がないのでとりあえず薄汚れた天井を仰ぎ見る。
「早瀬は、水森にわざわざ伝えることないって言ってたんだけどさ。でも、それじゃ行き詰るばっかりだし。とは言っても、おれもちょっと決断つけられなかったから、あんな思わせぶりな伝言で。ゴメン。あんな言い方じゃ、聞かないなんて選択、取れないよなぁ」
ぶつぶつと自省している牧原がなんだかちょっとかわいくて小さく笑う。
「いーけどね、それは。でも、そっかぁ」
別にこちらには非はないけれど、顔は合わせにくいかな。少し。
クラスメイト程度の仲の私に、たぶん早瀬は知られたくなかっただろうし。
とりあえず講習も明日で前半戦は終わりだし、このまましばらく会わずにいるのは可能だよな。
講習後半が始まるまで、十日ほどの猶予。
取ってる授業違うから講習後半になっても、会わないで済むかもしれない。そうすれば夏休み終了まで約二十日の猶予ができる。
さすがに二学期が始まれば顔を合わせることはあるだろうけれど、クラスも違うし、わざわざ話し込むこともないだろう。たぶん。
「で、どーすんの?」
牧原の尋ね声に我に返る。
返答しにくい質問を逸らすように別のことを口にする。
「早瀬はさぁ、なんで伝えなくて良いって言ったのかな」
多分、気を使ってくれているんだろうけれど。あたりまえに。
「早瀬は水森のコト好きだから」
「はぁっ?」
反射的に牧原のほうを向くと、勢いに押されたように牧原は背をそらす。
「そんなに驚かなくても。ぁあ、ごめん。恋愛感情ではないかもしれないから、その辺は誤解しないでな」
ちょっとほっとして肩をおろす。
「ありえないでしょ」
「なんで? 早瀬、みやねぇの家に行くの嫌いなのに、水森が行くから付き合ってるし、どうでも良い相手にだったらしないんじゃないか、普通」
「それは、都さんに関係ばらされたくないからじゃないの?」
実際は家以外のところで要さんが接触してきて、無意味だったんだけどね。
「それもゼロじゃないだろうけどさ。ちょっと不思議なんだけど、水森って早瀬のこと否定的だよな?」
「意味がわからない」
わかる気もするけれど。なんとなく。でも、その辺りはつっこまれたくない。
「あーうん。おれもちゃんと説明できるほどはわかってない。とにかく、早瀬は水森のこと友人としては大事にしてるだろ」
うーん。どうなんだろ。
「でも、早瀬って無愛想に見えて、基本的に誰にでもやさしいんじゃないの?」
面倒見、良いっていうか。
「やさしい……ねぇ。やさしくないとは言わないけど。早瀬って自分のコトを好きな女子に対して、やさしい態度とったりはしないんだけどな」
ひとり言のような、どこか意味深な口調。なんとなく察する。
「早瀬って良く告白されてるの?」
一見、あんなにとっつきにくいのに。
「良く、かどうかは知らない。いちいちそんなこと報告しないだろ、早瀬の性格で。っていうか、なんでそんな不思議そうに聞くんだよ、水森は。自分もそのうちの一人の癖に」
それは、そうなんだけど、さ。
こっちとしては、そのとっつきにくいところがあるからこそ、みたいな部分はあったし。
だから今の状態は予想外というか想定外だし。
「んー」
「まぁ、とにかく。早瀬は水森が知ってることに対して、さほど気にしてないみたいだから。水森もあんまり考えすぎないように」
そんな結論なら、初めから話さないという選択をとってもなんら問題なかったんじゃないか?
自然とよってしまう眉間のしわを指でほぐしながら小さくため息をつく。
「あ、そうだ。もう一件忘れてた」
机から降りた牧原がふり返る。
なに。まだこれ以上なんかあるの?
「そんなしぶい顔するなよ」
「ごめん。なんだった?」
がっくりとした声に、とりあえず普通の顔にもどして尋ねる。
「声がまだ苦いんだけど」
文句が多いなぁ。さっさと話せ。と目でうながす。
「みやねぇから伝言。『昨日はゴメンね、途中で寝ちゃって。懲りずにまた遊びに来てね』だって」
あまり似てない口調マネがかるく笑える。
「都さん、あの後すぐ起きたの?」
遊びに来てね、のくだりに安易にうなずきたくないので、とりあえず少し話をずらす。
「夜飯までぐっすり。『早く起こしてよー』ってわめいてた」
笑いまじりの牧原につられて笑う。
「びっみょーに似てないなー」
「何それ。微妙に似てるじゃなくて?」
「うん。似てない成分のが多い」
一緒に階段をおりながら、軽口をたたく。
「じゃ」
「ばいばい」
部室棟にむかう牧原と別れて、大きく息をはく。
とりあえず、明日。
何とかやり過ごして、そのあとのことは、そのときになったら考えよう。
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