第28話

「じゃ、テスト終了。祝・古典突破。ということで、おつかれー」

 乾杯するように、ウーロン茶の入ったグラスを牧原は掲げる。

 テストも全教科返ってきて、とりあえず三人とも赤点がなかった、そして牧原の古典も平均点をクリアできてほっと一息。

 寝不足を引きずっているのか、妙なテンションの牧原の「打ち上げ行くぞー」の一言で、なしくずしにお好み焼きを食べることに。

 いいんだけどね。中間より点数良かったし、ちょっと浮かれたい気もあったし。

「あのさ、なんか手伝う?」

 三人分のお好み焼きのタネを手際よく鉄板にひろげている早瀬に声を掛ける。

「べつに、あとはひっくり返すだけだし」

 ため息をつくみたいに呟く。

 そうだけどさー。

「水森、絶対失敗しそうだよな。こういうの苦手そう。っていうか料理なんてしないだろ」

 断定されるとむかつくな。事実だから余計に。

「牧原はどうなの」

「おれは最低限できるし」

「……」

 呆れたような一瞥だけで、早瀬はお好み焼きを裏返す。

 器用だよな。やっぱり。私がやったら確実にぐしゃる。

「で、牧原。古典何点だったんだよ」

 残念な会話を断ち切るためか、早瀬が話を変える。

 牧原は制服のポケットの中を探り、かるく胸を張って答案をひろげてみせる。

「あっぶなー」

 反射的に思わず呟く。なんで、その点数で胸を張れるかな。

「平均、六十三点だったよな?」

 早瀬の確認に肯く。

「効率の良い点数のとり方だろ。ぎりぎりクリア」

 ホントにぎりぎりだよ。六十四点って。ちょっと誤字があったりして減点されてたらアウトだったよね?

「ま、おれのことは良いから。水森、いくつだったんだよ」

 牧原の点数見ておいて、自分のを見せないわけにはいかないだろうな。

 仕方なくたたんだ答案をかばんから取り出す。

「げっ、何これ」

「さすが」

「水森が九十八点なんてとるから平均点が上がるんだよ。適当に間違えておけよ。力いっぱい実力出すなよ、馬鹿か」

 そこまで頭回ってなかったよ。っていうか、クリアしたんだから文句言うな。

「焼けたからさっさと食えば?」

 しゃべりながらもテキパキと三人分のお好み焼きの面倒を見ていた早瀬が口を挟む。

「ありがとう。いただきます」

「相変わらず器用だなぁ。いただきます。で、早瀬はどうだったのよ」

 食べながらしゃべるなよ、牧原。

「八十」

「うわ。ここにも裏切り者が。いつも平均点くらいのクセに」

 恨めしそうな声を聞き流し、早瀬はお好み焼きを口に運ぶ。

「水森ノート効果だよ。あのノート見て、その点数の牧原に問題があるんじゃないか? それより水森、物理はどうだった?」

 辛らつなこと言ってるなぁ。で、その流れで点数言うのヤだなぁ。

「……六十八点」

 平均が六十五点だったから、実は牧原のことどうこう言えないくらいぎりぎり。

 中間は赤点すれすれだったことを考えれば、かなりの快挙なんだけど。

「良く頑張りました、でいいのか?」

 早瀬はかるく笑う。

「水森に甘いぞ、早瀬。まぁ、あの恐ろしい状況から良くそこまでいけたよなぁ」

 会話の合間にさくさくとお好み焼きを消費しながら、牧原は本気で感心した口調で言ってくれる。

「早瀬のおかげだよ。早瀬、教えるのうまいよね。先生とか向いてそう」

 実際、授業よりわかりやすかったし。

 素直に感謝の意をあらわすと、早瀬はなんだか微妙な顔でこちらを見ている。

「……早瀬?」

「それがもう少し点数に反映されると良かったな?」

 やさしくみえる苦笑い。

 えぇと。おっしゃるとおりです。

「いじめるなよ。とりあえず追試も補習もなしで良かったよなー」

 ということは、他科目も赤点はなかったんだろう。早瀬はもともと赤点とは無縁だし。

「そういえば夏期講習はどうするんだ?」

「あー。申し込み、いつまでだっけ? 部活あるからなぁ。でも英語と数学くらいはとらないとまずいだろうなぁ」

 最後の一欠けを飲み込んで、牧原はだるそうに呟く。

 暑くて勉強にならないから休みのはずなのに、なんでわざわざ学校に行かなきゃならないかなぁ。

 建前は自由参加だけど、何も取らないなんて言ったら、担任に何言われるかわからない。三者面談もあるし。

「火曜までじゃなかったっけ、申し込み。数、英は確実いるよねぇ。理科系どうしようかなぁ」

 生物、化学、物理、全部取るのはヤだなぁ。さすがに。どれも満遍なく成績が良くないというところが問題なのだけど。

「水ー森」

「へ?」

「焦げる。っていうか、かるく焦げてる」

 ただひとつ残されたお好み焼きが香ばしいを通りこして、苦いようなにおいを立てている。

「なんで鉄板、火消してくれないのっ」

 残っている半分をそのままお皿に移す。端っこがぱりぱりになってるじゃないか。

「火は消してあるけどさぁ、余熱ってものがあるんだよ」

 呆れたように牧原が言う。そうかもしれないけど、もう少し早く言ってくれないかなぁ。そういうことは。

 自分たちはさっさと食べ終わってるし。

 ふんわり度半減のお好み焼きを小さくしつつ、口に運ぶ。

「早瀬は? 次、部長やるんだろ? 部活抜けれるのか?」

「適当に抜けながら出るよ。先輩たちも道着で講習でてたとか言ってたから問題ないだろ」

 早瀬、次期部長なんだ。なんか、わかるっていうか似合うけど。

 面倒見良いし。教えるのもうまいし。

「目立ちそうだなー」

「どうせ他の部のやつらも練習着で出るからカオスだろ」

 っていうか、汗臭そう? ちょっとイヤかも。

 どんどん行きたくなくなるなぁ。

 夏は冷房の入った部屋で、快適に過ごしたいよな。でも、うちにいても絶対勉強しない。だらだらして日々が終わりそうだ。

 休み明けのテストで残念なことになるのは避けたいし。

「水森、なに凹んでるんだよ。そろそろ帰るぞー」

「暑いの、苦手なの。暑い中、学校行くこと考えてたらブルーになった」

 夏休みって楽しいものじゃないのかなぁ。普通。

 最後の一口分を飲み込んで、手を合わせる。ゴチソウサマでした。

「でも別に毎日は出てこなくても良いだろ。部活があるわけでもないし。それに講習は午前中だけだし」

 そうなんだけどね。出てくること自体が嫌なんだよ。

「潔く講習出るの止めれば?」

 面白がってるでしょ、早瀬。

「出来ないよ。早瀬じゃないんだから」

 立ち上がって会計にむかった早瀬に逆襲する。早瀬なら平気でやめそうだ。

「どうせ部活で出てるんだ。教師に文句言われるより、おとなしく出席した方がどう考えても楽だろ」

 平然と言い返される。まぁ、そうだね。部活あるもんね。

「じゃ、水森も部活やれば良いんじゃないか? そうすれば部活のついでに講習に出られる」

 何を本末転倒なワケのわからないことを。

「マネージャーやるか?」

 ふりかえった顔が、いじめっ子っぽいぞ。早瀬。そういうコト言うんだ。

「やらないっ」

 お金を払いながら言い返す。

 遊ばれてることはわかってるけど、否定しておかないわけにはいかないし。

「じゃ、サッカー部来るか?」

「いかないってば」

 牧原まで。むかつく。

「じゃあねっ」

 店を出て、みじかく言う。

「迷子になるなよー」

 まだ言うか。そこに駅が見えてるのに迷えるほど器用じゃない。

 返事はせずに、手だけ振って、そのまま駅のほうに向かった。


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