第26話
「みーずもりさんっ」
机の中身をかばんに移し、帰り支度完了。さて、帰ろう。と立ち上がりかけたところに声を掛けられ、思わずもう一度座る。
「東くん」
「もう帰るの?」
にこにこと笑顔で東くんは机に手をついて尋ねる。
「うん。帰るけど」
授業終わったし、学校に残る用はない。
「じゃ、一緒に帰ろ」
「東くん、部活は?」
唐突にどうしてそんな話の展開になるのかさっぱりわからないんだけど。とりあえず、話を濁すつもりで聞いてみる。
「今日からテスト週間だから休みー。だからさ、途中でどっか寄って一緒に勉強しない? 数学、教えるよ。だから古典と現文のヤマ張って」
そっか。テスト週間だったか。忘れてた。
「水森、何帰ろうとしてんだよ。ってことで東、悪いね。水森はおれが頂いていきます。先約なのだよ」
牧原が背後から首に腕を回す。拉致?
「ずるいじゃないか、牧原。かわいいカノジョを校外に隠し持ってるくせに。水森サンまで独り占めするのは、どうかと思うぞ」
あ、牧原カノジョ持ちだったのか。っていうか、良く知ってるなぁ、クラスも違うのに。
「東ぁ、なんでそんなに情報通なんだよ。別に隠してるわけじゃないから良いけどさぁ。……ソレはどうでも良くて、笹尾さんに目をつけられたおれには後がないんだ。ステキな夏休みを迎えるために水森は譲れないので、今回は諦めてくれ」
一方的に言いはなって、牧原は腕をひっぱる。
助かった、と思うべきだろうか。
「じゃ、また今度ね。水森サン」
あっさりと東くんは手を振って教室を出て行く。
今度って何?
「で、水森。素で忘れてたな?」
「そんなことないよ?」
手を離した牧原になんでもないように答える。我ながらうそ臭いけど。
案の定、信じてない感じの視線をくださる。
「良いけどさ、ほら行くぞ」
「どこに?」
教室でやるんじゃないの?
「ここじゃ他の奴らもいて集中できないだろ。東が戻ってきたりすると面倒だし」
先を歩きながら牧原は言う。
「まぁ、ねぇ」
早瀬のクラスは男子ばっかりだから無駄に目立つだろうし。
で、どこに行くのだろう。
牧原の後について特別棟の、普段使うことのない東階段をのぼる。このまま行くと生物室だよね? でも、なら西階段使ったほうが近かったのに。
あれ?
「あれ? 早瀬まだ来てないのか」
牧原は開かなかったドアを爪先でかるく蹴ってつぶやく。
「ねぇ、ここって何? 生物室は?」
位置的には生物室があるはずだ。
それにもかかわらず扉の小窓からはふすまが見える。
「あぁ、元作法室。生物室は壁の向こう側。なんでか知らないけど、ここだけ隔離されてんの。西階段からは来られないから知らないヤツ多いけどな」
作法室、って何やってたんだろう。昔は作法の授業とかがあったのか? もしくは作法部とか?
でも、あえて何でここなんだろう。鍵かかってるから、入れないんじゃないの?
「悪い、待たせた」
「さほど待ってないけどな。水森は忘れて帰ろうとしてたし」
牧原の言葉に早瀬は苦笑いしながら鍵をあける。
「予想通り?」
「水森らしいけどなー、確かに」
どういう意味だ。
「早瀬、なんでこの部屋の鍵持ってるの?」
とりあえず失礼な発言は聞き流すことにする。
「ここ一応剣道部預かりなんだよ。ミーティング室扱いになってるから」
三和土で上履きを脱ぎ、ふすまを開けると八畳のたたみ部屋。
部屋の隅に二畳分くらいの大きさの机と、座布団が何枚かつんである。
「剣道部って何気に特権持ってるよな。ミーティングなんて普通みんな部室使うのにさ」
早瀬と牧原は窓を開け、机を中央に置き、座布団を並べる。手早い。
「一応、剣道部は男女混合だから両方が集まれる場所が必要だったっていうのが表向き。何代か前に部長と生徒会長兼任してた人が職権乱用して空き部屋を獲得したってのが実際のところ」
納得。
「ま。ちょうど良かったよな。初め、早瀬の家でやろうかと思ってたし」
それはちょっと。微妙かも。
早瀬も迷惑そうな表情をする。
「勝手に決めてるなよ。ほら、水森。とりあえずコレ」
机の上にプリントの束を滑らせる。
「とりあえず、それやって。あとでわかんなかったところ教えるから」
「どうしたの、これ」
去年と一昨年の期末試験問題だ。
「都からもらった。範囲ほとんど同じだからちょうど良いだろ」
「何、過去問? おれにもあとで貸して」
「言うと思ってコピーとってきた」
早瀬はもう一束を牧原に放る。
「さすがっ。ぬかりないね、静史郎ちゃんっ」
「いらないんだな?」
冷ややかににらまれ、牧原は慌ててプリントを抱え込む。
やっぱり、仲良いよなぁ、この二人。
「水森、ぼーっと見てないでさっさとやれよ」
早瀬があきれたような苦笑を浮かべる。
なんかさ。そういう顔されるとなぁ。
「ごめん、私はコピーはしてないけど範囲内のノート。全訳とテストに出そうな部分はチェックしてあるから」
かばんから古典と英語のノートを出して渡す。
「さすが。キレイにとってるねぇ。点数良いのもわかるわ」
ノート見ながら感心してくれるのは嬉しいけどさぁ。
「それは牧原用にまとめたんだよ。自分用だったら板書くらいしかとらないし」
必勝対策っていうから、結構頑張ってまとめたんだって。補習免れたいのは私もだし。
「じゃ、おれ英語を先に借りる」
教科書とノートをひろげ早瀬は勉強し始める。
切り替え、早いなぁ。
牧原もいつの間にか真剣にノート眺めてるし。
小さく息を吐いて、とりあえず物理の去年の問題をひろげた。
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