第25話

「さすがにこの時間は誰もいないなぁ」

 学校近くの駄菓子屋、なんだろうか? 串揚げとかみたらし団子とかも売ってるお店。もちろん十円、二十円の駄菓子もあるんだけど。

 せまい店の片隅にひとつだけ置いてある年季の入った木製の机とベンチに荷物を置き、牧原はのんびりと言う。

「水森、来るのはじめてか?」

「うん」

 運動部御用達。家に帰るまでもたないお腹をなだめる為に寄っていくらしい。

 真由から話を聞いて、多少気にはなってはいたけれど、通学路からちょっとずれてるから今まで寄る機会もなかった。

「だって水森帰宅部だし、わざわざ寄り道して買い食いしなくても平気なんだろ」

 店のおばさんと話をしていた牧原が振りかえり口を挟む。

 まぁね。おなか空いてても我慢できないほどじゃないし。誰かと一緒なら食べて行くのも良いけど、基本的に一人で帰るしなぁ。

「ほい。おまたせ。おれのおごりです」

 牧原は串カツ五本がのった皿とみたらし団子が五本のった皿を机に置くと、レジの横にある給茶器でお茶を三つ入れて戻ってくる。

 かいがいしいなぁ。

「で、何をしろって?」

 横に座った牧原に早瀬は淡々と尋ねる。

「まぁ、食べろよ」

 牧原はずいっと串カツの皿を早瀬のほうに押し出す。

「これ食ったら後にひけないんだろ?」

「だいじょーぶ。食わなくても巻き込むから」

 渋い顔の早瀬に、にこやかに宣言して牧原は串カツをくわえる。

「みじゅもりゅもくへひょ」

 水森も食えよ。だよね。しゃべるか食べるかどっちかにしようよ。

「いただきます」

 みたらし団子をとる。たれたっぷりでおいしい。

 早瀬も諦めたように串カツに手をのばす。

「そういや、おれって暴力的か?」

 牧原、脈絡なさすぎ。唐突過ぎて意味わかんないと思うよ。

「は? ……まぁ、ある意味今の状況は暴力的かもな?」

 案の定、不審げな表情で適当な返事をすると、早瀬はさくさくと音をたてて串カツをかじる。

 カツも美味しそうだな。

「笹尾さんにさぁ、暴力は良くないよーって言われたんだよ。なんでかねぇ」

 今度はみたらしに手をのばし、牧原はしみじみため息をつく。

「回してたメモに殴るとか書いてたんじゃないのか?」

 早瀬は次の串カツをとる。

「どんな状況だよ、それ。ただセッキョー決定って書いただけだって」

 それもどんな状況だよ、ってつっこまれかねないと思うんだけど。ねぇ、ここで話するのはナシにしてよね。

「説教、ね……あぁ、そうか」

「心当たりあるの? ……牧原、串カツももらって良い?」

 尋ねながらも、手は残り一本になっている串カツに伸びる。

「どーぞ。ってかまだ食ってなかったのかよ。で、早瀬?」

「一言でいえば理不尽なシゴキか? どっちかっていうと寄ってたかっての感じの。相撲の『かわいがり』みたいな……。暴力っていうのは的確かもな。剣道部でも大昔はあったらしい。さすがに今はないけど」

「あー、そういうヤツねぇ。ってか、それ、おれがやりそうってことか?」

 かるくブルー入ってる? 仕方ない、ちょっとフォローしてあげようか。

「っていうかね。説教って漢字で書けばそんな風にとられなかったと思うよ」

 その『セッキョー』がどんな字を書くか知らないけれど。

「確かに漢字で書いておけば、そんな誤解はされなかったかもな。で、それより本題に入れよ」

 まだ微妙に凹んでいる牧原を一瞥して、早瀬は冷ややかに話を変える。

「傷心のおれを励まそうという気はないのか」

「牧原がどうとかじゃなく、単純に笹尾さんがセッキョーって言葉を久しぶりに聞いて、念のため確認取っただけだろ。万が一、それが横行してるようだったら学校的には大問題だし。納得したら本題入れ」

 一応、はげましなのかな。なんかちょっとおざなりだけど。

「本題……本題ね。そう、だからおれは古典を頑張らなきゃならないわけだよ」

 さてはここに何しに来たか忘れてたね、牧原。

「頑張れ頑張れ」

 早瀬はめんどくさそうな口調で応援の言葉を口にする。

「もともと水森からノートは借りるつもりだったのよ。さすがに赤点くらうのはまずいし。で、その代わりにおれが水森に数学と物理を伝授する予定だったわけ」

「それで?」

「だけど古典をかなり力入れなきゃならなくなったから、水森に数・物教える余裕なくなった。で、早瀬は古典のノートが欲しい。なら早瀬が水森に数・物教えれば万事解決」

 なんて都合の良い展開。牧原にとってだけ。

 早瀬に教えてもらうのかぁ。ちょっとなぁ。でも教えてもらわないと赤点確実だしな。

「で、オマエはただ借りか」

「それは、おれが古典とれなきゃ、水森も連帯責任だしさ」

 不満そうな早瀬の言葉を牧原は軽く受け流す。

 仲良いよな、この二人。

 早瀬は大きなため息をつく。

「ごねるだけムダだしな」 

 諦めたな、早瀬。

「商談成立」

「まっとうな取引じゃないけどな」

 得してるの牧原だけだもんねぇ。

 頬杖をついて二人のやり取りをぼんやり眺めていると、早瀬が呆れたような目でこちらを見る。

「水森、ヒトゴトみたいな顔してるなよ」

 そういうつもりはないんだけど。

「言っても無駄だって。水森、基本ぼんやりだから。じゃ、テスト週間入ってからでOK?」

 空になった湯のみと皿を重ね、牧原は立ち上がる。

「了解。水森、ノートよろしくな」

 食器を返しにいった牧原のかばんも持って店を出る早瀬のあとに続く。

「こちらこそ」

 確実に早瀬のほうが手間がかかると思う。

「早瀬、さんきゅ。じゃ、撤収ーな」

 店から出てきた牧原がかばんを受け取る。

「水森、帰り道わかるか?」

 からかわれるのもむかつくけど、まじめに言われるのもちょっと腹立つなぁ。

「わかるよっ。失礼だな」

 学校からたいして離れてないし、最悪学校まで戻れば良いんだし。

 反射で返答すると早瀬はちょっと笑う。

「じゃ、気をつけてな」

「迷子になったら交番行けよー」

 便乗してからかうような言葉。

 交番のありか探してるほうが迷子になるって。

「ばいばいっ」

 ムカつきをかくさず、挨拶にまぶした。

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