第24話

「失礼します」

 音をたてないようにそっと戸を引き、小さく声をかけて笹尾さんの姿をさがす。

 奥の方の席で机に向かっている姿を見つけ、少しため息をつく。あそこまで行くのか。まぁ、真ん中あたりの席で話すよりは多少は目立たないかもしれない。

 さっさと先に歩いていく牧原のあとに続く。ま、立ち止まっていても状況が変わるでもなし、嫌なことは早めに終わらせて帰ろう。その前に牧原の説教とやらが待ってるのが難点だけど。

「笹尾先生」

 背後から声をかけると笹尾さんは顔をあげる。

「ああ、いらっしゃい」

 なんか、変じゃない? その応答。

「さっきはすみませんでした」

 とりあえず潔く頭を下げる。

「テスト前なんですから授業ぐらいは聞いてくださいね。水森さんはともかく、牧原くんは特に」

「スミマセン。でもおれは特にってひどくないですか?」

「今までのテストの結果を見れば仕方ないことだと思いますが」

 シンプルな正論に牧原は肩を落とす。

「次のテストでは、お二人とも平均点以上でよろしくお願いしますね。どちらか一人でもだめだった場合は連帯責任で夏休みの補習に出てきてください」

 穏やかな口調。

 平均点くらいなら、余裕だけど。

 おそるおそる牧原を見ると絶望的な表情を見る羽目になる。

「センセイ、それおれのテスト結果知ってて言ってるんですよね?」

「もちろんです。中間では三十二点でしたね」

 平均点って確か六十点台だったよな。

 カンベンしてよ。古典の補習とるくらいなら、物理とか数学とかとりたい。

「二人の点数の平均が全体の平均点超えてればオッケーってのはダメでしょーか?」

 牧原が苦肉の策のように声を絞り出す。

 私が八十点はとれるとして平均が六十だと考えると牧原は四十点取ればいいのか。妥当な案かも。

「却下です」

 にっこりと、しかし容赦ない返事。笹尾さん、オニだ。

「せっかく理系に来たのになんでこんな目に」

 愚痴ってる。キモチはわかるよ……。どーしよう。

 とりあえず、立ち尽くしてても仕方ない。

「ホントにすみませんでした。以後、気をつけます。失礼します」

 ホンキで頭を下げる。こんなコトになるなら二度と授業中にメモなんか回さない。くそぅ。

「あぁ、そうだ牧原くん」

 退出しようとしたところを呼び止められて、げんなりとしながら牧原がふり返る。

「暴力は感心しませんよ?」

「……は?」

 思わず顔を見合わせる。どっからそういう話になったんだ?

「……あぁ、やっぱり違うんですね。なら良いんです。では、テスト頑張ってくださいね」

 勝手に納得した笹尾さんに見送られ、腑に落ちないまま、とりあえず頭を下げて今度こそ職員室を出る。

「で、どーする?」

 ドアを閉めて、溜息をついて尋ねてみる。

「とりあえず、ノート貸して。で、テスト対策必勝法を伝授して」

 疲れた顔で溜息を返して牧原は手を合わせて拝んでくる。

 無茶言うな。

「何やってんの、牧原」

「早瀬こそ」

 ちょうど職員室から出てきた早瀬に声をかけられ、牧原は質問に答えずに返す。

「おれは日直。日誌出してきただけ」

 なるほど。

「早瀬さぁ、水森のテスト必勝対策つき古典・現国ノートほしくない?」

 牧原、なに言い出してるんだ?

「それは、欲しいな」

 割と真剣に言ってるね? っていうか必勝対策はつかないよ。ノートはいくらでも持っていって良いけど。

「だよな。ってコトでいまから作戦会議しよう」

 話が見えない。

「良くわからないが、おれを巻き込むつもりだな?」

 しぶい顔で一歩距離をとる早瀬の手を牧原はすばやくつかむ。

「水森ノート、欲しいっていったよな。そしてここで出会ったのがもう運命としか言いようがない。だいじょーぶ。悪いようにはしないから」

 牧原はにこにこ笑顔を浮かべまくしたてる。胡散臭い。詐欺師そのものの台詞だ。

「部活は。おまえだってあるだろ」

 そうだよ。テスト一週間前からは休みになるけど、まだ二週間弱あるし。

「ここで打つ手を間違えると夏休みの部活動が全滅しかねないんだって」

 大袈裟な。だいたい、そんなこと早瀬には何の関係もないし。

「水森、何やらかしたの?」

 早瀬は諦めたように大きく息をつく。やらかしたって言い方はどうなの。。

「授業中、メモ回して遊んでたら笹尾さんに見つかって、古典で平均点取らないと夏休み補習強制参加って言われた」

「そんなの、水森には何の罰にもならないじゃないか」

 私一人の点数で良よければね。

「笹尾さんはそんなに甘くなかったのだよ。おれと水森二人とも平均クリアしないと連帯責任補習参加」

 力ない笑みを浮かべる。

「ご愁傷様」

 どちらかというとこちらに向かって哀れみの目を向けてくれる。

 うん。気遣いの言葉はうれしい。でも、何だかとどめを刺されたような気分だ。

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