第23話
「ありがと」
丸めたノートで牧原の後頭部をかるく叩いて声をかける。
「言動が一致してない」
昼食後、昼寝タイムに入ろうとしていた牧原は欠伸をかみころし、ふり返る。
「で、なんだっけ?」
「昨日、真由呼んでくれたの牧原でしょ」
「ぁあ。余計なお世話?」
口元に笑みを浮かべる牧原のわき腹をノートで突く。
「だから、ありがとうって言ったでしょ」
校内の自販機で買ってきたパックのオレンジジュースを渡す。とりあえず、お礼。
「わざわざ、良かったのに。変なとこ生真面目だよな、水森って」
「いただきます」と手を合わせてから受け取ると、牧原は早速ストローを突きさし一口飲む。
「それは褒め言葉?」
びみょうな口調にひっかかり尋ねる。
「褒めてはないかな、あまり」
「ジュース返せ」
せっかく素直に感謝の気持ちをあらわしたのに。
「別に貶したわけじゃないって。損な性分っていうか、自分の首締めるはめになってるんじゃないのかなーって思ってるだけ」
じゅるじゅる、と最後の一滴まで飲み干してパックをつぶす牧原の顔をまじまじと見つめる。
「なんだかすごく不器用な人みたいだけど、私。それ聞くと」
「水森、自分のこと器用だとか思ってるのか? まさか」
見つめ返してくるのは呆れたような顔。
その表情もだけど、口調もかるく腹たつな。
「そこまで不器用じゃないよ、言っておくけど」
「どうだか。ところで、そのノート。貸してくれないか?」
「いいけど、予習はやってないよ?」
牧原の言葉にまるめていたノートをそのまま渡す。
次の授業で使うから持っていたけど、古典の予習なんかしてあるはずがない。
「なら授業終わったあとで良いや。そろそろテスト対策したいからさ」
「牧原、マジメ」
「楽しい夏休みを過ごすためにねー。理系にいるくせに国語系が抜きん出てる水森ノートはご利益ありそうだし」
ご利益って。あぁ、でもホントにもうテスト間近なんだよな。国語系はどうでも良いとして中間で酷かった数学と物理をどうにかしないと。
「牧原、現国のノートも足すから、数・物教えてくれない?」
まったくもって対等な交換条件じゃないけれど。
「そんなの東が聞いたら喜んでやってくれるんじゃねぇの?」
揶揄かいまじりの口調。
あーのーさー。心配してくれてたんじゃなかったのか? とどめささなくても良いと思うんだけど。
じっとり睨むと苦笑いが返って来る。
「悪かったって。英語のノート辺りもつけてくれるなら考慮する」
「んー、良いけど。私のノート、適当だよ?」
板書と授業中に言われたポイントくらいは最低限おさえてあるけど、それだけだし。数学、物理教えるほうがまだ高い気がする。
「かな兄の用件って早瀬のことだった?」
ぜんぜん関係ない話が、ごく普通に牧原の口から飛び出し呆気にとられて固まる。
かな兄って要さんのことか、とか。言ってる内容がやっとわかって、だからって硬直はとけない。なんで。っていうか、不意打ちは卑怯だ。
「何、早瀬のことって」
しらを切る。成功してるとは思えないけど。
「だからさー、思ってるほどポーカーフェイス出来てないよ、水森」
呆れたように、でもなんだかやさしく笑う。
「知らないって」
ちょうど鳴ったチャイムを幸いに席に戻る。
牧原の姿をなるべく視界に入れないようにしながらとりあえず黒板の文字を機械的に写し、ぼんやりと教師の言葉を聞き流す。
古典でよかった。テスト前に理数でこんなことやってたら赤点へ一直線だ。
とん。
指ひとつでかるく机のフチをたたかれ、そっと目を向ける。
ノートの切れ端を小さく折りたたんだものがのっている。
隣席の男子に片手をそっと上げることで感謝の意を表して【水森行き】と書かれていたメモを開く。
中身は一言、走り書きで【セッキョー決定】。
なんだそれ。
この字、牧原のだよね?
机の中からメモ用紙を取り出しやぶる。
【説教って何? される覚えないんだけど】
四つ折にして【牧原へ】と見える位置に書いて隣の机にそっと置く。
よろしく、と声に出さず口を動かして手を合わせる。
了解の印に指で作られたOKサインが返り、メモは牧原の席まで無事たどりつく。
余所事をしているあいだに増えていた板書をカリカリ書き写しているあいだに再度切れ端メモが回ってくる。
【詳しくは放課後ー】
「説教したいのはわたしの方ですねぇ」
のんびりした口調が突っ伏しかけた頭上から降ってくる。
げ。
おそるおそる顔をあげると温厚な古典教師がノートの切れ端メモを眺めている。
うーわー。なんで、机に出しっぱなしにしてたんだ、私。
「……すみません」
大人しく謝っておこう。
「この字は、牧原君のですね? お二人とも職員室へ。放課後で結構ですよ」
おだやかながら有無を言わせず、それだけ言うと何事もなかったように授業に戻る。
ごめん、牧原。……でも、初めに送ってきたの牧原だから連帯責任だよね。
手元に残ったメモをまるめてポケットにつっこみ、とりあえz真面目に授業を聴くことにした。
「みーずーもーりー」
古典教師が出て行った後、早速牧原が恨みがましくやってくる。
「ごめんってば。笹尾さんだと思って油断してた」
基本的に生徒に関心がなさそうというか、あんまり細かいこと言わないタイプだと思ってた。授業も淡々と、指名もほとんどなしで進めてるし。
「まぁ、初めにふったのおれだから文句言える立場じゃないけどさぁ……ぅるせーよっ」
後ろを通っていったクラスメイトに呼び出しを揶揄かわれ牧原は振り返り苦笑いで返す。
「そうだよ。で、説教って何?」
思い出して口にする。
「放課後で良いだろ。どうせ仲良く呼び出しくらってるんだし、そのあと」
「そこまでひっぱるネタなわけ?」
実際、まぁ、たぶん、言いたいんだろうことは予測はついている。ひとつに絞りきれはしないけれど。でも、どれも話したいような内容じゃない。
「別に。ただ、十分の休み時間じゃ短いってだけ。しまった、おれちょっとトナリ行ってくるわ」
時間を確認して、牧原はあわただしく教室を出て行く。たぶん教科書か何かを借りにいったのだろう。
あーあ。めんどくさい。だいたい、職員室呼び出しなんて、人生初だ。目立たず、平均的に、普通に、まじめに過ごしてきたのに。
なんでこんなことになってるんだか。
机に突っ伏す。同時にチャイムの音。そして教師の入ってくる足音が続く。
ゆっくり逃避することも出来ない。
のろのろと頭を起こし、机の中から教科書を引っ張り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます