第22話

「ごめん、お待たせ。真由のトコ、終わるの早かったんだね」

 教室前の廊下で窓の外を眺めている真由の背中に声をかける。

「ムダに話なっがいよね、池垣って」

 ふり返った真由は、心底うんざりとした顔でうちの担任の名前を口にする。

「理系のクセに話、破綻しててループなんだよね。何が言いたいんだか、結局」

「それ、文系理系関係なくない? 言いたいことはわかるけど」

 苦笑いして言うと真由は先に歩き出す。

「真由、部活今日は休み?」

「んー、自主休業」

「なんで? 良いの?」

 真由って部活好きなのに。試験前の部活休止期間もいらないとか思ってるくらいに。

「あ、ケガ? 大丈夫?」

 つき指とか捻挫とか、今までも何回かあって、そういう時は大人しく帰ってた気がする。……ちがうな。病院行く日だけ休んで、あとは出てたか。さすがに練習には参加せずにサポートとかしてたんだろうけど。

「違うよ。休むことはさっき東に言っておいたから問題なし」

 あぁ、東くんもバレー部だったね。そういえば。

「なら良いけど。真由って痛いとかそういうコト言わないから」

 我慢強いっていうか、心配させるの嫌いだよね。

 眉をひそめて言うと、微妙な表情で真由がこちらを向き直る。

「なに?」

「とりあえず、靴かえて来なよ」

 疲れたような声で言い残し、真由は自分の下駄箱の方へ行ってしまう。

 昇降口を出たところで真由に合流すると目で続きを促す。

「朔花に言われたくないです」

 ワザとらしい丁寧な口調。

「何が?」

「何も言わないのは朔花のほうでしょうってこと。弱み見せるの嫌いだよね、朔花は」

 えぇと? かるく怒ってますか?

「良くわかんないんだけど?」

「とぼけてるのか、自覚がないのかどっちか判りづらい所も朔花だよね」

 大きなため息。

「ごめん」

 あやまる理由も実はあまりわかってないけど。心配してくれてるのは伝わってきて。

「テスト直前でもないのに寝不足顔でよろよろしてるって言うし、実際昼休みにはめずらしく教室で寝てるし。どうせ、朔花のことだから何があったかは言わないんだろうけど」

 足早に歩きながら早口でこちらを見ずにまくしたてる。

「うん。ごめん。でも、ありがとう」

「ホントにね。役に立てなくて悔しいなぁ、なんて思ってることも朔花はわかってないんだろうけどね」

 真由サン、口調がだんだん意地悪になってるよ? その割に言ってること、すごくカワイイし。

 やり返してやる。

「でも、真由は気づいて部活休んで一緒に帰ってくれるし。そういうのってすごく嬉しいし感謝してる、ってここで言うのはナシ?」

「却下に決まってるでしょ。面と向かって言わないでよ、そういうの」

 心底イヤそうに口にすると真由は空を見上げる。

「了解。ていうかさ、私の一存で話せない部分が多すぎてさぁ、ちょっとどうにもならない感じなんだよね」

 つぶやいて見上げると空は鈍色。そろそろ梅雨入りだろうか。

「なに? 東のこと以外にも何かかかえてるの?」

 真由の目だけがこちらを向く。

「そこで東くんの名前をだしてきたことにびっくりなんだけど」

「あー、まぁ、ねぇ。さっき東の名前出した時も、朔花びみょーな表情してたしね」

 もともとそういう情報があがってた上で、こちらの反応を見て確信持ったって感じか? 

「嵌めたな?」

「嵌めたって人聞きの悪い。悩み事をみせない友人をもつとそういう小技が出来るようになってくるんだって」

 真由だって悩みを見せないくせに。だけど私は出来ないぞ、そんなこと。

「ちなみに私は東より早瀬を推すから」

 少々憮然と考えているところへ、するりと言葉が滑り込む。

「は?」

「最終的には朔花は人の意見に左右されないとは思うから、あくまでも私の一意見。向いてないと思うよ、東は。朔花に」

 いや。もともと付き合うつもりはないんだけど。

「何でか、聞いても良い?」

 真由がここまできっぱり言う理由がわからない。

 早瀬のことは元クラスメイトで良く知っているけど、東くんのことだって同じ部活で結構交流あるみたいだし、どっちかといえば仲よさそうな感じなのに。

 理由を聞いたからといって、何も変わることはないけれど。気になる。

「わかってると思うけど、東のことは部活仲間として好きだよ。良いヤツだし、雑務に関しても有能だし」

 そこで一旦止めて、改札に定期をとおし、階段を駆け上る。停車中の電車に乗り、閉まってる側のドアに並んでもたれる。

 真由は逡巡するように電車の吊り広告を見つめる。

「言いにくかったら、良いよ?」

 気にならないわけじゃないけれど。

「言いにくいっていうかさ、単純に悪口に聞こえそうだから、良い伝え方がないかなって考えてただけ。……ありえない前提だけどね、私が早瀬か東かどっちかと付き合うんだった場合、どっちでも良いんだよね、本音として。どうでも良い、って意味じゃないよ。もちろん」

 それはわかる。甲乙つけがたい、とかそんな感じなんだろうっていうのは。

 肯いて続きを待つ。

「でも、私と朔花は違うから」

 それは、まぁ。今更言うまでもなく当たり前だよね。

「つまり、真由は大丈夫だけど私には向いてないってこと?」

 結局、肝心な部分が何一つわからないままなんだけど。

「うん。朔花、振り回されっぱなしになりそう。東って、それわかっててやってるタイプだから」

 確かに完全に振り回されてる。既に。あれ、天然じゃなくて計算ずくなの?

「すっごい、厄介」

「誰に対してもやるってわけじゃないし、引き際わかってるからまだ良いけどね」

 当事者にとっては「そうだねー」なんて同意は出来ない。絶対。

「とりあえず、からかわれてるって解釈できて一安心だけど」

 先に降車した真由の背を見ながら一人、ごちる。

「どうだか、ね」

 声が聞こえたのか真由は足を止めずにちらりと振り向いてつぶやいた。

 ……不吉な。

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