第20話
「朔花ちゃん、こっち」
駅までの道のりの三分の一ほどを歩いたところで要さんはようやく口を開く。
所在なくて、半歩後ろから要さんの足の動きを見ながら、ただついて来ていただけなのだけれど。ちょっとほっとして顔をあげる。
要さんは目線で促すと、スーパーの敷地に入っていく。買い物でもあるんだろうか。
予想は外れ、要さんは店舗から離れた位置に停められた車の前で立ち止まる。
男の人が乗るにしてはかわいらしい、小型のオレンジ色の車。
「乗って?」
ちょっと、こういう展開になるとは思わなかった。駅までの帰り道で話すんだと思ってたし。その割には無言で歩かれて、すごく居心地悪かったのだけれど。
わざわざ車に乗って、それで話があるのって、なんだか重い気がする。かなり。だからって、この場で踵を返すなんて……やろうかな。
「そんな警戒しなくても。静史郎と仲良しの朔花ちゃんをいじめたりしないよ?」
信じて良いんだろうか。
運転席に乗り込んだ要さんに中から助手席のドアをあけられ、諦めて座席に着き、シートベルトを締める。同時にエンジンがかかる。
「朔花ちゃんちの最寄り駅は?」
「旭台です」
「了解ー」
滑らかに車は走り出す。
手持ち無沙汰で車内を眺める。はしばし、かわいらしい。手のひらサイズのペンギンのぬいぐるみがカップホルダーに座ってたり、バックミラーに小さなチューリップの造花がかけられてたり。ちょっと、和む。
「おれの趣味じゃないよ。これは、ばあさまの車」
こちらの疑問を読み取ったかのようなタイミングだ。
なるほど。おばあさま、かわいい趣味だ。
「イヤでしょ、大学生の男がこんなファンシーな車」
要さんがミラー越しにこちらを見て笑う。その表情になんとなく緊張がほぐれる。ほんの少し。
「意外性あって、良いかもですよ」
黙っていれば醒めた雰囲気の要さんがぬいぐるみを愛でてる様子を想像してみる。うーん。微笑ましい?
「却下、却下」
同じような想像をしたのだろうか。ニガワライまじりで言う。
「あのさぁ、朔花ちゃん」
笑みの名残が消えると、改めて名前を呼ばれる。
本題だ。内容なんて知らない。でも無駄話するためにわざわざ車で学校まで来るほど酔狂ではないだろうことはわかる。さすがに。
「今日は賭けをしてたんだよ、実を言うと」
「……はい?」
思いがけない言葉に、要さんの横顔を見る。
まっすぐに前を見ている顔は静かで、やっぱりこれは本題のうちなのだろう。
「朔花ちゃんより先に都や静史郎と会ったら、朔花ちゃんとは縁がなかったと思って諦めるつもりだった」
「早瀬や都さんは部活があるんで、部活のない私のほうとたいてい先に会えると思いますけど」
目的語がわからないまま応える。
「でもまぁ、朔花ちゃんが正門から帰るかどうかもわからなかったし、何があるかわからないし。ほら、東だって部活あったはずなのに朔花ちゃんと一緒だったみたいにさ」
それでもまぁ、けっこう有利な賭けだったんじゃないだろうか。賭けなければならない、そこまでしなければいけない話なのか? それはますます重いからやめてほしい。
勝手に賭けて、一方的に巻き込まれる身にもなってほしいのだけど。
聞きたくない、という無言の意思表示をみせるため、目を逸らし、横の窓から流れる風景をぼんやりと眺める。
「朔花ちゃんのことはちょっと面白い子だと思うし、良い子なんだろうなって思うんだけどさ。それでも当然おれにとっては静史郎のがかわいいし。それ以上におれは自分勝手なんだよね」
赤信号で車がゆるやかに停車する。要さんの視線を後頭部に感じるけれど無言をとおす。どう転がるかわからないのに下手に口を開けない。
吐息のような微かな笑みと同時に車が動く。青になったのか。
「……静史郎はね」
核心に入る口火を切った要さんの言葉をさえぎる。
「あの、早瀬がいないところで早瀬のこと聞くのはフェアじゃないので聞きたくないです」
「静史郎がいても聞きたくないんじゃないの? 例えば静史郎が自ら話そうとしても」
冷ややかに響くその言葉は図星で、肯くこともできずに窓の外をにらむ。
「朔花ちゃんの都合を聞く必要もないんだけどね。しょうがないね。譲歩してあげましょう」
その言い方はどうなの? 聞きたいなんて一言も言ってないし、ムリやり同然に車に乗せたくせに。
「あの、」
降りてやる。イマイチ、今走ってるところが定かじゃないけど、良い。どうにかなる。
「おれには、っていうか都にもだけど弟がいるのよ、実は」
憤然と呼びかけた言葉は黙殺されて、するりと本題に入られる。ずるい。
要さんが横目でこちらを確認したのが視界の端に映る。簡単に反応なんかしてやらない。
「だから都が静史郎と仲が良いのはそういう理由だから、気にしないでやって?」
「だから」でつながる話か? ゆっくりといわれた言葉を考える。つまり……。
車を停車させこちらを見つめていた要さんと目を合わせる。
「といっても、半分だけ。異母兄弟なのよ、おれたち」
「…………なんで、そんなこと私に話すんですか」
出来るだけ落ち着いた声を出したつもりだったけれど、かくし切れずに少々の苛立ちがにじみでた。
「朔花ちゃんが静史郎に好きって言ってくれたからかな」
ウソじゃないけど、ホントでもない感じ。誤魔化しているようにも見える微笑。
「早瀬は知ってるんですか?」
「異母兄弟だってことは当然知ってるよ……あぁ、このことを朔花ちゃんに話したことはおれの一存。今後も教えたことを自分から静史郎に言うつもりはないよ。朔花ちゃんがバラすのは自由」
要さんは視線の意味を正確に汲み取って後半を付け足してくれる。こういうところは、やっぱり似てるかもしれない。
というか、似ているんだろう。都さんとも。ずっと、感じていた。
大きなため息が出る。
「そんな迷惑そうにしなくても」
「迷惑っていうか、もちろん大迷惑なんですけど。要さんて性質悪い厄介な人ですね」
本気で言うとどこか面白がったような笑みを口の端に浮かべる。
完全に性格悪い、この人。
「おかげさまで」
最低。
停まっているこの隙に帰ろう。これ以上関わりたくない。
ドアを開けてはじめて気づく。停車してたのは駅に着いてたからだったようだ。それなら、さっさとそう言ってほしかった。
「朔花ちゃん」
ドアを閉めようとする寸前、声をかけられ手を止める。
「なんですか?」
もうこれ以上話なんかしたくないけど。それでも、一応。
「話に付き合ってくれたお礼にお兄さんから忠告」
聞きたくない話を聞かせたお詫び、というほうがしっくり来るんだけど。
大体、忠告って何? またろくでもないことだったらどうしよう。
「東はおれと同じくらい性質悪いから。どうせなら静史郎のが良いと思うよ?」
「……」
どこからつっこめば良いんだろう……いや、別につっこまなくても良いのか。
「ま、朔花ちゃんには関係ないかもしれないけどね」
にっこり。有無を言わせないような笑みを浮かべる。
どういう意味だ? 探るように見つめるが表情は変わらない。
「送ってくれてありがとうございましたっ」
頼んでないけど、実際はありがた迷惑だけれども。
言って、ドアを閉める。
平然を装って、家へ向かう。絶対振り返らないと決めて。
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