第19話
「みっずもりサン」
昇降口、はずむ声に呼ばれふり返る。
「東くん」
にこにこ人なつっこく笑う姿にちょっと脱力する。元気だなぁ。
「一緒にかえろっ」
小学生みたいだ。思わず笑みがこぼれる。
「今日、バレー部休みなの?」
なら、真由を待ってようかなぁ。東くんには悪いけど。
「ちがうよ。ちょっと用事があるからサボり。行こっ」
えーと?
手をひっぱられてあわてて後を追う。なんか前にもこんなことがあったような。 それより一緒に帰るの決定なの? 別にイヤとかじゃないけど、流されっぱなしっていうのもどうかと思う、我ながら。
「東くんって、うちどっちの方?」
前に都さんと同じ中学校っていってたから、学区を予測するに駅とは反対方向じゃないのか?
「そんなに困った顔しなくても。校門までで良いってば。電車通学の水森サンとは逆方向だしね」
ふりかえって東くんは笑う。ちょっと苦笑いっぽい。
「困ってるっていうか、ちょっと展開についていけないだけだよ」
「水森サン、基本ぼんやりだもんね」
さらりと言って歩き出す。
「えぇ?」
反論の声を上げる。一瞬聞き流しそうになったけど。
「違う? 一見、しっかりしてそうなんだけどね。実のところ割とふわふわしてるよね。つかみどころないっていうか」
「それは東くんに言われたくない」
今度は、はっきりと言い返す。つかみどころないっていうのは東くんみたいな人のことを言うんだと思う。なに考えてるかわかんないっていうか。
人あたりは良いんだけど。
「なんで? おれって良い人でショ」
「自分のこと良い人って言うかなぁ?」
半分冗談な口調の東くんにわざとらしく眉をひそめて返す。
「やっぱり自己アピールは大切だと思うのよ、おれは」
一瞬向けられた視線が、どことなく意味ありげに見えたのは気のせいだと思いたい。今までの言動があるから、ちょっと困る。自意識過剰だとは思うけれど。
「あ、れ?」
東くんのおどろいたような声に反射的に顔をあげる。視線は校門にもたれている人影に向かっている。私服だから生徒じゃなさそう。
「やっぱり、要先輩だ」
小走りになる東くんにつながれたままの手をひっぱられて、つられて歩調を速める。
「あれ、東ー……と朔花ちゃん」
こちらの姿をみとめると人影はからだを起こす。
「要さん」
見覚えがあると思ったら、都さんのお兄さんだ。東くんと知り合いだったんだ。まぁ、都さんとも顔見知りだったしおかしくないか。
「部活でもやりに来たんですか?」
「なんでだよ。おれの母校はここじゃないって」
「おれというかわいい後輩がいるから指導に来てくれたのかなぁと」
うそぶく東くんの後頭部を要さんは軽くはたく。
「手間のかかる後輩の間違いだろ。で、何よ。そのつないだ手は」
「カノジョー」
つないだ手を高々と上げる。
「東くんっ」
冗談も大概にして欲しい。睨むと肩をすくめて続ける。
「に、なってほしいって口説いてるところ」
「おまえ、またそういうはた迷惑な」
呆れたように要さんはつぶやく。また、って。何か前科があるのか、東くん。
「人聞き悪いなぁ、先輩。人のこと言えないでしょう」
なんか聞きたくない会話だ。どっちもどっちって感じ?
「えぇと、要さん。都さんに用事ですか? 呼んできましょうか?」
とりあえずこの場から解放されたい。都さんならきっと武道場にいるだろう。
「いや、朔花ちゃんに用事があるんだ」
はい?
思いがけない言葉にまじまじと要さんを見つめる。冗談じゃなさそうな、まじめな顔。
「ってことで、東。交代」
つないでいないほうの手を要さんにとられる。
「先輩、相変わらず手が早い」
「失礼なこと言うな。おまえほど、たち悪くない」
「おれと水森サンの仲を裂こうとしてるんでしょ、先輩。妬かないでほしいなぁ」
人をあいだに挟んで、勝手な言い合い。たぶん半分じゃれてるんだろうってわかってるけど。
いい迷惑だから巻き込まないでほしい。ホントに。大声ってわけではないからさほど目立ってはないとはいえ、そこそこ人通りがある正門の前で。
「東、朔花ちゃん困ってるだろ」
かるくため息をついて、要さんは手を放してくれる。
「半分は先輩のせいじゃないですか」
これは正論だ。半分は自分のせいだと自覚があるなら、もう少し考えた言動が欲しいところだけれど。
「ゴメンね、朔花ちゃん」
うつむいてるのを覗き込むようにして、やさしい声。なんて返せば良いかわからない。
「そつなくてヤな感じだよね、先輩って。ねぇ、水森サン」
その言葉も返答できない。違う意味で。
厄介だ、二人とも。
「はいはい。ほら、さっさと帰れ。部活休んできたのはなんか用事があるからだろ?」
要さんはしっし、と追い払うように手をふる。
「わかってます。じゃ、水森サン。また明日ね」
にっこりと笑顔を残して帰る東くんの背中が見えなくなると、改めて要さんがこちらを向く。
「ということで、迷惑だと思うけど朔花ちゃんが家に帰るまでの道中の時間をおれに頂戴?」
しずかに言うその表情に「無理です」なんて言葉は流石に返せなくて小さく肯く。
ため息がほんの少し混じったのくらいは許してほしいと思う。
「ありがとう。じゃ、行こうか」
こちらに確認もせず迷わず駅方面に足を向ける要さんの後ろに仕方なく続いた。
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