第17話

「静史郎、ちょっと」

 デザートの杏仁プリンをさっさと食べ終わると要さんは立ち上がり、早瀬についてくるよう促す。

「はい。ごちそうさまでした」

 空になった器をお盆に置いて早瀬は後をついていく。

「よーし、邪魔者はいなくなったね」

 階段をのぼる足音が途絶えると唐突に都さんは口を開く。

 なんだかイヤな予感。気づかないフリをして、まだ半分以上残っている杏仁プリンをすくって口に運ぶ。

「で、朔花ちゃん。その後どう?」

 どうって、何が。……まぁ、早瀬のことに決まってるけどさ。

「別に、ふつーですよ」

 何がどういう風に普通なのかなんて自分でだって良くわかっていないけれど、とりあえず。一番近いのは普通に友達。特別仲良くはないけれど、ただの顔見知りというよりはマシ、くらいな。

 告白当初より、早瀬の態度はずいぶん、予想以上に軟化してるとは思う。それでもやっぱり友達の域だ。

「朔花ちゃん、押しが甘いよね。もう少し押せ押せでいけば静史郎、割となし崩しに転ぶと思うんだけどな」

 なんでそうしないの? と言わんばかりの口調で都さんはこちらを見る。

 それって、かるく罠にはめてる感じじゃないだろうか。

「早瀬はそんな簡単に転ばないと思いますよ?」

 もともと、そういうタイプじゃないことわかってた上での告白だったし。

「そうかな? 静史郎はけっこう朔花ちゃんのことを気にいってると思うんだけどなぁ」

 だから、それは。

「普通に友達として見てくれてるかもしれないですけど。そんなこと言ったら、都さんなんてすごーく大事にしてもらってるじゃないですか」

 少しでも話をそらすために反撃をしてみる。

「前にも言ったと思うけど、そこに恋愛感情は一切ないから。だから心置きなく、朔花ちゃんは押していって大丈夫だから」

 少し怒ってるようにもとれる口調。

 そういう問題じゃないんだけどな。実際、恋愛感情あるないは全然関係ないんだし。なんてことを言うと、説明が面倒だから口にするのを止めておく。以前に一度同じようなことは伝えてあるし、ヤブヘビになるのは避けたい。

 大体なんでそんなに早瀬とくっつけたがるんだ。単純に面白がってるだけなのかもしれないけれど、からかうのは早瀬だけにして、こっちを巻き込むのはやめて欲しい。

 とりあえずは無言に徹して、杏仁プリンを胃に収めるのに専念する。

「都、あんまりせっつくのは逆効果だと思うわよ」

 コーヒーを持ってきてくれた都さんのお母さんが苦笑う。

「だって、じれったいんだもん」

「都だって、小崎くんとのこと口出されたら嫌でしょう?」

 さらり、と口にした言葉に都さんはがっくりと肩を落とす。

「おかーさん、それとこれとは話がちがうと思う」

「一緒よ、一緒。朔花ちゃんはそういう話するの苦手そうだし、余計に困るでしょ。都に横からがちゃがちゃ言われたら」

 ねぇ? と同意を求めるような目とぶつかる。

 確かにそのとおりなのだけれど、素直にうなずいて良いものかわからず曖昧に笑みを返してみる。

「でも、静史郎は朔花ちゃんのことけっこう気にいってると思うでしょ、おかーさんだって」

 ミルクを加えたコーヒーをスプーンでかき混ぜながら都さんは同意を求める。

 ここで二人に結託されたら非常に居心地悪いんだけどなぁ。やめて欲しいなぁ。

「朔花ちゃんは一人っ子?」

 想いが通じたのか、お母さんは全然別のことを口にする。ありがたいけど、いきなり過ぎ。なにか意図があるのか?

「そうです、けど」

「やっぱり。うん、なんかそんな感じね」

 ワガママっぽいってことだろうか。

 否定は出来ないけど、それっぽいところ隠しているつもりだから、見るからに醸しだされてるとかだったらちょっとへこむかも。

 察したのか、都さんのお母さんは安心させるように笑う。

「あぁ、悪い意味じゃないの、全然。なんかね、慣れてないなって感じがしたから」

 何にだ? 疑問はたぶん顔に出てたはずだけど、それに対する答えはなし。

「おかーさんだって困らせてるでしょ。朔花ちゃん、気にしなくて良いよ。いつもこうやってナゾなこと言って煙に巻くんだから」

 むくれたまま都さんはコーヒーを飲む。いつもと違ってちょっとこどもっぽくて、なんだかかわいい。

「都はいかにも末っ子タイプよねぇ」

 学校ではどうなの? と振られちょっと考える。

「しっかりもののお姉さんな感じです。末っ子タイプって感じは全然ないです」

 知ってるのは新歓委員のときと、今日の練習試合の様子だけだけど。

「よかったわねぇ、ちゃんと猫かぶれてるみたいよ」

 お母さんはいたずらっぽく笑って都さんを見る。

「シツレーなっ。地だよっ。しっかりものの都さんって頼られてるんだから」

 確かにそうなんだけど、自分で言っちゃうかなぁ。

 小さく笑みをもらすといたずらっぽい笑顔で都さんがこちらに舌をだす。

「あ、そういえば。この間、お弁当ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。今日のゴハンもですけど」

 唐突に思い出してお母さんに頭を下げる。初めに会った時点で言うべきだったのに、かるくパニクってたし。よかった、思い出せて。

「いえいえ。良かったらまた食べて。次は体育大会かしら。なに作ろうかしらねぇ」

 楽しそうに笑う。すごいなぁ。料理、ホントに好きなんだろうな。うちとの違いに、ちょっとびっくりする。

「良いけど、もう少し量を考えてよね。食べるのもだけど、持っていくのも大変なんだから」

 都さんは苦い声を出す。たしかに、重箱を持ってくるのは大変だっただろう。他にも荷物は当然あっただろうし。

「じゃあ、小崎くんにとりに来てもらえば?」

「それ、どんなメンバーでお弁当食べろって言うの?」

「都に小崎くんに朔花ちゃんに静史郎」

 笑って言われた言葉に、思わず都さんと顔を見合わせる。

 せっかくのお弁当の味もわからなくなりそうな顔合わせだ。できれば、絶対遠慮したい。

「おかーさん、わざと言ってるでしょ」

「でも、小崎くんだけのけ者にするのはかわいそうじゃない? 都の彼氏なんだし」

 面白がってる表情。

「だーかーらさぁ」

「ほら、からかわれるのは嫌でしょ。だからあんまり朔花ちゃんをいじめちゃだめよ?」

 都さんの苦情をそんな風に受け流す。うーん。そこに戻るのか。

 

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