第16話

「はい、到着ー」

 制服に着替えた都さんに連れられてたどりついたのはお店、ではなく一般民家。

 普通の住宅街だなぁと思いながら歩いてはいたけれど、そういうところにあるお店なんだろうとさほど気にはしていなかった。

「ここ、もしかして都さんの家ですか?」

 門柱にかけられた表札には『梅原』の文字。。

「そう」

 まったく頓着せずに都さんは中に入ろうとする。

「ちょっと、待ってくださいって。えぇと、ごはん食べに行くって話でしたよね?まさか、都さんの家で?」

「まさか、ってそんなに意外? 別に気にしなくて良いよ。あとで静史郎も来るし、母はぜひ来てもらえって言ってたし」

 それだけ言うと有無を言わさず家の中に引っ張り込まれる。少しは心の準備というものをさせて欲しい。早瀬が来るとかそういう問題ではなくて。

「ただいまー」

「…………おじゃまします」

 靴をぬいであとに続く。ながされてる。

「いらっしゃい。と、おかえり」

 奥から声がかかる。姿は見えないけれど、都さんのお母さん、かな。

「着替えてくるからここで待ってて。すぐ戻ってくるから」

 それだけ言うと都さんは案内してくれたリビングを出ていく。階段をのぼる音が聞こえる。

 なんていうか、いたたまれない。

 勝手に座るのもできなくて窓の外を眺める。あー、帰りたいなぁ。

「あれ、なんで立ちっぱなしなの? どうぞ、座って?」

 唐突に声をかけられ、ふり返るとすらりとした都さんに似た女性。

「あ、おじゃましてます」

 小さく頭を下げる。

 お姉さんって感じではないからお母さんなんだろうけれど、若く見える。自分の母親と比べるとずいぶん。

「朔花ちゃんよね。ゆっくりしていってね」

 ソファに座りだされたお茶をのむ。冷たくておいしい。

「都はわがままだから付き合うの疲れるでしょ?」

「おかーさん。朔花ちゃんに悪口吹き込まないでよねっ」

 何と答えるべきか悩んでいるところに都さんが割り込む。

「悪口っていうか事実でしょう。で、静史郎は? 来るんじゃなかったの?」

 軽く受け流して都さんのお母さんは話題を変える。前にも思ったけど、早瀬って都さんの家族と親しいのかな。それにしては早瀬の口調は微妙だった気がするけれど。

「着替えてからくるって。朔花ちゃんっていう人質がいるからさすがにキャンセルはしないでしょ」

 人質?

「そ。朔花ちゃんありがとうね」

 なんて答えたらいいんだろう。困っているとお母さんは静かな笑みを残してキッチンに戻る。

「昼飯、まだですかー。空腹でたおれそうなんですがー」

 入れ違いにかるい声。

「お兄、いたの」

「あ、女子高生だ。こんにちは」

 リビングに入ってきたお兄さんは声をかけた都さんを無視してこちらに笑顔を向けてくる。

 なんだろう。どこかで会ったことあるような気がする。

「こんにちは」

「お兄、女子高生って言い方はどうなの? だいたい女子高生なら毎日顔見てるでしょ」

 自分の顔を指差す。かるく話がずれてませんか、都さん。

「アナタは女子高生以前に妹だから問題外。いぃねぇ、女子高生。なにちゃん? ちなみにおれはかなめちゃんです」

「水森です」

 変わった人だなぁ。一見、真面目そうなのに。

「変質者っぽいよ、お兄。手ぇ出さないでよ。朔花ちゃんも。この人、見た目ちょっとだけ静史郎っぽいけど中身、正反対だから」

 厳しい口調。

 あぁ、そうか。早瀬に似てるんだ。眼鏡かけてるってだけじゃなくて。

「あぁ、なんだ。静史郎のツレなんだ? アイツ、来るの?」

「うん。だってココに立派な人質がいるから。来なかったらあることないこと吹き込んじゃうって言ってあるし」

 たのしそうだね、都さん。ちょっと早瀬に同情する。

「そっか。じゃ朔花ちゃんに感謝だ」

 要さんは人なつっこい笑みを向けて手を合わせる。

 なんでそんなに早瀬に会いたいんだろう。お母さんも要さんも。そうまでして連れてこようとする都さんの意図も良くわからない。

「都、ちょっと手伝って」

「はーい。朔花ちゃん、ちょっとお兄と待っててね」

 言いおいて都さんはキッチンに行ってしまう。手伝った方がいいのだろうか。

「朔花ちゃんさぁ、都のことよろしくね。あいつわがままでちょっと厄介だけどさ」

 やさしい表情。お兄さんだなぁ。お母さんとおんなじようなこと言ってるし。

「あとね、静史郎もめんどくさいやつだけど見捨てないでやってね」

 ちょうど鳴ったチャイムの音に、やわらかな笑顔を残し要さんは立ち上がり玄関に向かう。

 一人になれて、ほっとする。あんな言葉に応えられない。

「ひっさしぶりだなぁ。もっとちょくちょくこっちに顔出せよ」

「道場には来てますよ」

 要さんのはずんだ声に、そっけないようにも取れる早瀬の言葉が返る。

「道場まで来てるんだったらうちまで十歩で来れるんだからさ、ものぐさしないで来いって」

 あきれたように要さんは言う。

「おれが来る意味ないでしょう」

 冷ややかな呟き。なんだか盗み聞きしてる気分なんだけど。

「なんでそう頑なかねぇ」

 苦笑いまじりで言いながら要さんが戻ってくる。つづいて早瀬も。

「やっと来たわね」

 都さんのお母さんが早瀬の顔を見てほっとしたような表情。

青乃あおのさん、お久しぶりです」

 早瀬は丁寧に頭を下げる。お母さんのこと、青乃さんって呼んでるんだだ……じゃなくて、早瀬ってお母さんになんか特別な思いがあるのかな。お弁当のときもなんか変だったし。

「かわいくないわね、そういうところ。誰に似たのかしら、頑固っていうか融通利かないっていうか」

 早瀬の下げた頭をぱしぱしと軽くたたいて青乃さんは肩をすくめる。

「座って。もう準備できるから」

「はい」

 一線を引いてる。でも嫌ってるからって感じでもなくて。態度決めかねてるような。

「水森、調子悪いのか?」

 心配げな声に反射的に顔をあげる。

「えっ? なに?」

 となりに座った早瀬の表情が呆れ顔にかわる。

「なんともないなら良い」

「うん。ごめん。ぼーっとしてた」

 テーブルの上にはいつの間にか大皿に盛られたごはんとさまざまな具がのせられた小皿がたくさん。そして半切りにされた海苔。

「静史郎、良かったな」

 要さんが早瀬をまっすぐに見てやさしく言う。いたわるように。

 なにが?

「なにがですか」

 思ったのと同じことを早瀬が口にする。でもその声音が、実は理由がわかっててしらばっくれているというか、憮然としているというか拗ねてるみたいにも聞こえて、余計にナゾだ。

「なに難しい顔してるの? お兄にいじめられた?」

 都さんは麦茶の入ったグラスを各々の前において笑う。

「オマエはお兄ちゃんのことなんだと思ってるんだ」

 内容は文句だけれど表情は楽しげで、たぶん普通に仲良くじゃれてるんだと思う。

「朔花ちゃんが呆れてるわよ。はい、たくさん食べてね」

 言いながら青乃お母さんはお吸い物の椀と箸を並べる。

「ありがとうございます。いただきます」

「いただきます」

 復唱するように都さん、要さんと早瀬の小さな声が重なる。小学校の給食の時間みたいでなつかしいというか、なんだかカワイイ。

 もれてしまいそうな笑みをかくすために椀に口をつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る