第15話

「朔花ちゃん、こっち」

 武道場の中から顔をのぞかせた白い剣道着姿の都さんが、手招きする。

 よかった。

 武道場からは雄叫びがひっきりなしに聞こえてきていて、少々、結構こわい。入口は開け放たれていていたけれど、入るのに躊躇していたので見つけてもらえてほっとした。

「帰ろうとしてた?」

 見透かしたように都さんは笑う。

「そんなことないですよぉ」

 にこにこ。ワザとらしく笑ってみせる。図星だとばれてるだろうけれど、一応ごまかしておく。

「慣れてないとちょっとあやしいし怖いよねー」

「部外者、入っちゃって大丈夫なんですか?」

 何も考えずに来たけれど、中にいるのは剣道着姿の人ばっかりで普通に制服姿の自分はひどく浮きそうだ。

「平気平気。練習試合って言っても交流会みたいなものだし。もし気になるならマネージャーって顔してれば大丈夫だよ」

 気楽そうに都さんは言う。

 ムリだ。場慣れしていないから確実に挙動不審になる。そんなマネージャーいない。

「早瀬ー」

 都さんは武道場をふり返る。雄叫びが響く中、よく通る声だなぁ。

 しばらくすると軽い足音が近づいてくる。

 そして早瀬の姿。なんか違う人みたいだ。剣道着のせいか。そして不機嫌顔というか無表情。やだなぁ。

「公私混同」

 こちらをちらりと見たあとで早瀬は都さんに向かって苦く吐く。

「部長特権。私、顧問呼びにいって来るから朔花ちゃんよろしく」

 返事を待たずに都さんは行ってしまう。取り残さないで欲しい。どうしろって言うんだ。

 困って視線を落とす。小さなため息がふってくる。

「ゴメン」

 どう考えても迷惑だろう。好き好んで来たわけではないけど、来たのは事実だし。

「水森があやまる必要ないよ。どうせ都に押し切られたんだろうし。巻き込んで悪い」

 見上げると静かな表情の早瀬の目とぶつかる。えーと。

「良くわかってないから大丈夫」

 何がか良くわからないまま早口で言うと苦笑いが返ってくる。

 やさしいよな、早瀬。そういうところ、すごく良いなって思ってはいるんだけど。

「つまらないとは思うけど、せっかく来たんだし中入ってれば」

 うながされ、靴をぬぎ武道場に入る。ざっと見て三十人くらいの道着姿の人たちが思い思いの場所で打ちあっている。竹刀のぶつかりあう音、気合の入った声。熱気。

 ホンキで場違いだ。

「水森」

 早瀬は比較的ジャマにならなさそうな隅にパイプ椅子を一つひろげ、座るようにすすめてくれる。

 基本的に気が利くよなぁ。言葉は愛想なしなのに。

「ありがと」

 立っていても仕方がないので座る。そのほうが少しは目立たないですみそうだ。

「はーやせっ。なーにサボってんだ」

 楽しそうな声と同時に、ぱしと早瀬の肩に竹刀がかるく音をたててのせられる。

「滋野さん」

 抗議する気力もないらしい。早瀬はため息混じりに相手の名を呼び竹刀の先をはらい落とす。

「カノジョ?」

 滋野さんと呼ばれた、体格のいい、一見すると高校生に見えない感じの人は一瞬こちらを見るとからかうように早瀬に尋ねる。

「そうですよ」

 しれっとした返答。

 はーいー? 早瀬、なに寝とぼけてるの?

「マジでっ?」

 滋野さんは早瀬に詰め寄る。が、早瀬はちいさな笑みを返すだけ。

「カノジョ、ホントに?」

 答えがないので矛先がこちらに向く。早瀬ー、どーするんだよ。

 助けを求めるように視線を送るとなんだか楽しそうな表情。困ってるのを見て面白がってるな?

「はーやーせー」

 かるく睨む。

「嘘ですよ、滋野さん。信じないでください」

「お、まえなぁ」

 脱力したように滋野氏はひざをつく。気持ちはわかる。同情。

「ひとのこと、からかおうとするからですよ。都の客です。水森、北高の剣道部の主将」

 紹介してくれたので一応小さく頭を下げる。試合相手の学校の人だったのか。そのわりには仲良いなぁ。

「梅原のお客さんにしてはやけにオマエと仲良いじゃないか。やっぱりカノジョだろ?」

 よろしくー。と小さくこちらに応えた後で早瀬をニヤニヤして見る。

「もう、なんでもいいですよ」

 投げやりな早瀬の言葉に滋野氏は眉をひそめる。

「オマエ、今、あからさまにめんどくさいって思っただろ」

「被害妄想ですよ」

 声は冷ややかにしてみせてるけれど、目が笑ってる。ホントに仲良いなぁ。いいな。

「どう思うよ、カノジョ」

 このカノジョ、っていうのは彼氏彼女の意味で使われてるのか一般的な代名詞として使ってるのかナゾで返答してもいいものなのか悩む。とりあえず曖昧に微笑ってごまかす。

「ま、いいや。早瀬、相手しろよ」

 あっさりと話題を切り替えて先に行く滋野さんの言葉に早瀬はうなずいてから、こちらを見る。

「そのうち都も来ると思うから」

 こういう些細な気遣いとかね。やさしいよなぁって改めて思う。いちおう自分の学校の校内なんだし、ほうっておいても大丈夫なのに。

「ん」

 うまく言葉が出てこなくて小さく手をふって見送る。

 人のいない隙間に入り込んで二人は向かい合う。そのかるい竹刀のぶつかり合いをぼんやりとながめる。

「どーしたの? なやましげなため息ついて」

 いつの間にか背後に立っていた都さんの声におどろいて顔をあげる。

「ため息ついてました?」

 意識してなかった。重症だな。

「うん。なに、惚れ直した?」

 無邪気なんだか、含みがあるんだかつかめない微笑。ちょっと困る。そんな表情されると。

「格好ちがうせいか、雰囲気変わりますよね。やっぱり、なんとなく」

 答えになっていないことを返す。

 視線を逸らすついでに早瀬に目を移す。もともと姿勢はいいほうだと思ってたけど、剣道着のせいか余計に良く見える。ぴんと伸びた背筋。竹刀かまえてる姿。うん。

「……かっこいい、かな」

 呟くと、半瞬おいて後ろから頭をはたかれる。都さん。

「痛いですけど」

 かるくだったけれど、衝撃が。抗議するように見上げる。

「よろしくね」

 おだやかな笑顔。

 何をですか、なんて反問もできずに、でも適当にうなずくことも出来なくて目を伏せた。

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