第14話
耳元に当てた電話からはちいさな呼び出し音。一回、二回、三回、四回、五か……。
「めずらしい。どーしたの?」
何の前置きもなく、唐突な言葉。着信表示で誰からかわかってたにしても、もうちょっと違う出方があると思うんだけどな。
「こんばんはー」
とりあえず挨拶を返してみる。
「はいはい」
どうでもよさそうな相槌。BGMにバラエティ番組の音声がうっすらと聴こえてくる。真由サン、意識の大部分をテレビに向けてますね?
「真ー由ー」
恨めしげに呟く。それと同時に大爆笑が起こる。真由の声じゃないみたいだけど。
「あー、ゴメンゴメン」
「お母さんとヤス君?」
声の主を推測する。お父さんって感じの声ではないからきっと弟くんだろう。同じ部屋で一緒にテレビ観てるなんて、仲良いよなぁ。
「そ。まったく、うるさいったら」
苦笑いまじりで真由は言う。
「それで、なんだったの?」
移動してるっぽい。テレビの音がなくなり、階段をあがる微かな足音が電話口に届く。
「別にこれと言って用があるわけじゃないけどさ。最近あんまり話してないなぁと思って」
去年までは同じクラスだったから毎日必ず顔を合わせてたけど、今は教室が離れているせいもあってめったに会わないし。部活やってる真由とほぼ帰宅部の私では登下校一緒にってふうにはならないし。
「確かにね。でも理由がそれだけっていうのはちょっと弱いかな。電話嫌いの朔花が自分からかけてくるなんて初めてじゃない?」
「そこまで言う?」
確かに電話するの好きじゃないけどさ。それに毎日顔合わせてる相手と家に帰ってまた電話で話すっていうのもちょっとわかんない感覚だし。
「明確な用件があるときは別だよ。連絡網とかね、そういうのは当然あったけど『最近会えなくてさみしいワ』なんてかわいらしい電話は初めてでしょ」
全体的には淡々と、さみしいの辺りだけはムダにかわいらしい口調で真由はのたまう。捏造しないで欲しいなぁ。誰かに聞かれたら誤解をうけるじゃないか。
「言ってないよ、そんなこと」
「異口同音。ま、電話くれたのはうれしいから良いよ」
やだなぁ、真由ってば。たまにこういうかわいいこと言うから。
「じゃあ、私が言ったことにしておいても良いよ」
「もっと素直に認めなよ。譲歩の仕方が中途半端なんだよ、朔花は」
笑いまじりの声。つられて笑みがもれる。
「えぇ? 充分じゃない? そのとおりですって認めたら認めたでどうせ『熱でもあるんじゃないの?』とか言うんでしょ、真由は」
冷ややかな真由の口調を真似てみる。あまり似ないな。
「それは朔花のことをよく理解してるからでしょ、私が。……で、何かあったの?」
だーかーらー。
「何かないと電話しちゃダメなの?」
「朔花の性格考えると何もないときに電話かけてくるっていうのはしっくりこないんだよね」
否定は出来ないけどさ。
「たまには、そういう気分の時だってあるよ」
「まぁ、相談とかしてくるタイプでもないしね。たいてい、一人で悩んで、いつの間にか結論出してるし。だから行動が突飛で唐突に見えるんだよね」
それってなんだかものすごく厄介なヤツみたいに聞こえるんだけど。だいたい本人相手に言うことじゃないんじゃないか?
「それは主に早瀬に対してのことを言ってる?」
すごく今更な気がするけれど。
「それを含めて、かな。ま、早瀬のことはびっくりしたよねぇ」
唐突で突飛な行動をとるということがわかってるんだったらそれほどでもないんじゃないのか?
それを指摘すると真由は小さくうなる。
「っていうかさ、朔花が恋愛関係の方向で突っ走るとは思ってなかったんだよね。だから告白っていう行為にびっくりした。でも相手が早瀬なのはかえってなんとなく納得」
「良くわかんないんだけど」
小さく呟くと大きなため息が返ってくる。
「朔花、恋愛方面疎いっていうか興味なさげじゃない。自分のだけじゃなく他人のも。そういう話題が出てもどこか一歩ひいて聞いてる感じ」
さすが長い付き合いだけあってよく見てるよなぁ。複雑な気分だ。
「だから恋愛ゴトに関わらないようにしてるんだろうと思ってたからさ。おどろいたの。で、相手が早瀬っていうのは、やっぱり自分に似た人を好きになるのかなーって思ったのよ」
「似てないって」
とりあえず否定しておく。……あんな風じゃない。全然。
「真由ー、お風呂あいたよー」
ちょっと遠くからの大声が割り込む。
「わかったー……ゴメンねー。うるさくて」
「こっちこそ長々ゴメンね。じゃあもう切るよ」
ぐだぐだムダ話してしまった。
「あのさぁ、朔花」
ちょっと迷ってるような雰囲気。
「ん?」
「あんまりね、考えすぎない方がいいと思うよ。ちなみに、何の解決にならなくても愚痴るだけでも楽になることもあるって覚えておくように。じゃあね」
返事をする前に通話は切られる。
通話終了の表示をながめて苦笑をもらす。
「わかってるよー。そんなこと」
答えの返らない携帯に舌を出す。
まったく。なんとなく察してくれるトモダチっていうのはありがたいっていうか侮れないっていうか。
「あー、土曜日ヒマか聞けばよかったかもなぁ」
ベッドにころがり、携帯をほうり、言っても仕方ないことを呟く。
「困ったなー」
無意識に呟いた自分の言葉の無意味さにため息をついて目をとじた。
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