第9話
「うわ。すごい」
屋上の片隅で重箱三段分が広げられている。
おにぎり、いなりずし、太巻きといったご飯もの。卵焼き、唐揚、筑前煮、春巻き、おひたし、大学芋、和洋折衷、色とりどり。
「何でこんなにたくさん。都さんが作ったんですか?」
どれもこれも美味しそうで、うれしいけれど、これだけのものを作るのはかなり手間だろう。
「まさか。母作だよ。あの人も限度考えて作れば朔花ちゃん巻き込まなくてすんだのに、ゴメンね。たくさん食べてね」
「よろこんで。いただきます」
謝ってもらうなんてとんでもない。購買のパンとじゃ天と地の差だ。
いなりずしに箸をのばす。味がしみていて、おいしい。
「なに?」
早瀬が小さく笑ったように見えて目線を向ける。
「いや。シアワセそうだったから」
苦笑いまじり。手を合わせてから早瀬はおにぎりに手をのばす。
「いーでしょ、別に。おいしいんだから」
「朔花ちゃんは良い子だねぇ。母がよろこぶワ、その言葉聞いたら」
良い子って……褒められているのか子供扱いされているのか。返事のしようがないので卵焼きをほおばる。甘い卵焼き、好きだ。
「それに比べて静史郎ってば表情一つ変えずに黙々と。かわいくない」
言うと唐揚をつまんで口に放り込む。都さん、表情豊かでおしゃべりだったら早瀬じゃないです。もしくは熱があるとか。
早瀬は完全無視で食べ続けている。味わっている、というよりは機械的に食べている感じがする。気のせいかもしれないけれど。
「ごちそうさま」
最後にお茶を飲みほし早瀬は立ち上がる。
「ちょっと待って。感想は?」
体操着の裾をつかまれた早瀬はどこか冷ややかな目で都さんを見おろす。ため息、一つ。
「都」
声はなんだか疲れていて、あきらめたようにも呆れたようにも聞こえた。
一瞬、こちらを見てから早瀬は再度座る。その姿を見て諭すように都さんは口を開く。
「静史郎のために作ったお弁当だよ」
都さんのおかあさんが? 早瀬のために? 何で、そんなこと。
「もう……『やめにしましょう』って」
感想と言うにはそぐわない言葉。
不味いからもうやめろという意味ではないだろう。早瀬、結構食べてたし。実際美味しいんだし。
都さんは肩をすくめる。
「ま、伝えておくけど? お母さんは『そんなの私の自由でしょ』って言うと思うよ」
「おれに拒否権は?」
ある程度予測していた答えなのだろう。力を抜くように小さな笑みを一緒にこぼした。
どうでもいいんだけど。軽くいたたまれない。聞いてて良い会話なのか? これ。主体が見えてないからそう思うだけなのかもしれないけど、でも牧原の言ってたコトも考え合わせると、ちょっとなぁ。
「ないでしょ。一人暮らしなんかして、不摂生で風邪引いて寝込むような人には」
どことなく面白がってる口調。
一人暮らし? って、早瀬がってことだよね。
「そう思うでしょ、朔花ちゃん」
そこで同意を求められても困る。なんだか話がどういう風につながってるのかさえよくわからない。
「みーやこ」
早瀬のいさめるような声。
「……」
返事をせずに都さんは大学芋に箸を突き立てる。
「言っただろ。水森を困らせるな」
静かに、突然名前を出されて半拍おくれて驚き、早瀬と都さんを交互に見る。
早瀬は比較的やわらかな苦笑。都さんは手を合わせてあやまるポーズをとって、でも小さく舌を出して、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
とりあえず曖昧に笑みを返しておく。
深入りしない方が良いような気がする。たぶん。
「じゃ、先行くから」
今度こそ、ほんとうに早瀬は校舎内へ戻っていく。
「ほんっとーに、かわいげがないったら」
ひとりごとのようなその言葉はなんだかさみしそうに響いた。
「ところで朔花ちゃん、おにぎりとのり巻きが一個ずつ残ってます、どっちいく?」
もう結構おなかいっぱいなんだけれど。
「じゃあ、……のり巻きで」
「よし、これで完食。ご協力大感謝」
おにぎりを手に取り、都さんは深々と頭を下げる。
「こちらこそ。ごちそうさまでした。都さんのお母さんにありがとうございましたって伝えてください」
身動きしたくないほどおなかいっぱいだ。
「うん。言っておく。さて、この食べてしまったカロリーを消費すべくがんばって働きましょーか」
重箱をもって階段を下りていく都さんの後に続きながら聞こえないように小さくため息をつく。
つかれた。
「ところで朔花ちゃんって部活は?」
新入生歓迎球技大会も無事終わり、最後の締めである片付けの最中の質問に、手を休める。
「帰宅部ですけど?」
今更だよなぁ。フルで委員会の手伝いさせておいて。まぁ、比較的楽な場所に配置させてくれてたとは思うけれど。
今だってさほど汚れているわけでもない視聴覚室の掃除に割り当ててもらったし。都さんとペアで。
「必修クラブどうしてるの? アレがあるから帰宅部ってないはずだよね、建前としては」
部活動は全員参加という無意味な校則のせいで、水曜六限目に授業扱いでクラブ活動が義務付けられている。はた迷惑な。
「一応、籍は地歴部にありますよ」
「地歴、部? そんなのあるんだ? なにやってるの?」
心底不思議そうな声。聞いて驚くなよ。
「宿題です」
活動場所は図書室。毎週水曜六限目のみの活動。とりあえず静かにしてさえすれば何をやっていても可。集うは必修クラブのみは無難にやり過ごし、出来るだけ速やかに学校から撤収するのを良しとするものばかり。つまり地歴部とは名前だけ。
そう説明すると都さんは苦笑いする。
「そんな部活があるとはねー。では次の質問。静史郎について朔花ちゃんが知っていることを述べよ」
「え?」
なんなんだ。その質問。全然つながりないし。
「なんで静史郎なのか、教えてくれないし。別角度で聞いてみようかなー、ってね。聞き逃げはずるいよね、朔花ちゃん」
机を拭きながらいたずらっぽく片目をつぶる。えぇと。
しょうがない、か。小さくため息をつく。
「とりあえずマイペース。なに考えてるかわかんない。割とやさしいところあって。……で、都さんのことが好き」
指を折りながらぽつぽつ挙げる。最後はちょっと軽くイヤガラセ。
「あのねぇ、朔花ちゃん。静史郎はありえないって言ったでしょ」
脱力した声。
「それは都さんにとってで、早瀬がどう思ってるかはわからないですよね?」
「ありえないよ」
平坦な声。言い過ぎたかな。
「実際は、恋愛感情じゃないかもですけどね。でも都さんは早瀬にとって特別ですよ、やっぱり」
間違いなく。根本的に人付き合いに淡白な早瀬が都さんに対しては向き合ってる感じがする。
「朔花ちゃんにはかなわないなぁ」
ため息のような声。
「そうですか?」
何を指してそう言っているのかわからないけれど受け流す。
「都」
声に顔を上げるとどことなく不機嫌そうな小崎先輩の顔がドアからのぞく。声、廊下まで聞こえていたのかな。
「伸哉。外の片付け、終わったの?」
「あぁ。解散させた」
「こっちも雑巾洗ったら終わるから、ちょっと待ってて。いこ、朔花ちゃん」
促され、都さんの後に続いて小崎先輩の横をすり抜ける。
「そういえば、早瀬は?」
手洗い場で水を流しながら都さんはふり返る。
「あ? 帰らせたに決まってるだろ」
小崎先輩の苦々しい声に都さんは呆れたように笑う。
「朔花ちゃん送らせようと思ってたのに。残念」
洗い終わった雑巾を絞り、にんまりとした笑みをこちらに向ける。
曖昧に笑みを返す。
カンベンして欲しい。二人っきりになるのは出来れば避けたいとか思ってるんだから。
「都さん、雑巾もらいます。先生に報告行かなきゃ行けないんですよね。行ってきてください。私これ片付けて先に帰ります」
「じゃ、よろしく」
どこかもの言いたげにこちらを見て、結局都さんは雑巾を差し出す。
「遅くまでオツカレサマ」
小崎さんがにこやかに手をふる。わかりやすい人だ。
「いえ。おつかれさまでした。お先に失礼します」
小さく頭を下げて掃除道具入れに向かう。ほっとする。少し。
「朔花ちゃん」
三歩はなれたところで呼び止められ、中途半端な体勢でふり返る。
「ありがとね。またね」
それだけ言うと都さんは小崎先輩とならんで職員室の方へ行ってしまう。
ため息。ホントは何が言いたかったんだろう。でもそれを口にされなかったことに半分安堵して軽く頭をふった。
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