第8話

「とりあえず一段落だねー」

 ほっとしたように都さんはパイプ椅子に座る。

「ですね」

 新入生歓迎会開会式を終え、グラウンドではドッヂボールが始まっている。

「長々とつきあわせちゃったけど、今日で終わりだから、もうちょっとよろしくね」

 長机に手をついて都さんは頭を下げる。

「こちらこそー。実はちょっとラッキーだったな、って思ってるんですよ。テントの日陰の下で座って観戦できて。その上、球技やらなくて良いなんて」

 去年、嫌々参加していたのを思いだす。

 あんまり好きじゃないんだよな、球技。特にドッヂボールなんて、ボールぶつけ合うなんてイヤすぎ。

「朔花ちゃんって割と団体行動苦手そうだもんね」

 最近この手のことよく言われる気がする。そこそこ、そつなく他人に合わせてるつもりなんだけど。

「そんなにわかり易いですか?」

 歓声が上がるドッヂボールをながめながら尋ねる。

「だいじょーぶ。早瀬よりはずいぶんマシだから」

 大丈夫の意味がわからないです、都さん。

「で、なんで早瀬なの? なんて答えたの?」

 にこにこというよりはわくわくといった笑顔で都さんはこちらを見る。

 覚えてたのか。

「えぇとですね。ぁ、都さんはなんで小崎先輩なんですか?」

「は?」

「ちがうな。なんで早瀬じゃないんですか?」

 都さんの笑顔が徐々にこわばる。

 どちらかといえば、話をそらそうという意図でもって発した質問で、かるく笑いとばされてうやむやに終わるだろうと思っていた。

 だからといって「今のナシで」と言うわけにもいかず。

 しばらく見つめあった後、都さんが視線を落とす。小さく息をこぼして。

「……静史郎だけは絶対にありえないんだよ」

 しずかな声。それは、ほんとうは好きだけどと言う意味なのか。

 返事が出来ないでいるとすぐ顔を上げて都さんはいつものように笑う。

「伸哉はねぇ、ホントになんであんなのが良かったのか自分でもフシギになるんだけどさぁ」

「都。水森相手に何のろけてんだよ」

 ニガワライまじりの声を見上げると案の定。

「早瀬」

 絶妙のタイミングだ。このまま都さんと二人だったらどうして良いかわからなかったかもしれない。

「朔花ちゃんが、静史郎より伸哉の方が良い理由を聞くからさ」

 ほんの数分前のやり取りがまるっとなかったかのような楽しげな口調。って、都さん。何言い出すんですか。

「で、今から朔花ちゃんになんで静史郎なのか聞くところなんだけど一緒に聞く?」

 どーしてそうなるっ。

「なに? 聞けばおしえてくれるんだ?」

 机に腕をついて。軽くいじめっ子の笑顔してるぞ。早瀬、熱があるでしょ、まだ。ぜったい。

「私から聞き出しておいて自分だけ言わずに逃げるのはナシでしょ」

 都さんまで。何でそんなに楽しそうなんだ。実はこの二人、性格似てるのか?

 それより言えるわけない。そんなこと。本人もいるのに。

 二つの顔を避けるように身体をちょっと引く。後ろにも机があるからほんの少しだけしか変わらないけど。気分的にマシ。

 無言の圧力に負けないように唇をかたく結ぶ。しばらくすると早瀬が吐息のような笑みをもらす。

「都、あんまり水森いじめるなよ」

「やさしーじゃない」

 からかうような声。

「もともと」

 うそぶいて行こうとする早瀬のジャージをつかんで引きとめる。

「なに?」

 振り返った顔は平然としていて、いつも通りで。

「あの、さ。熱あるなら、ムリしない方がいいよ。仕事代わるし」

 ぱっと見、普通だけど、言動からすると下がってないんだろうし。

 早瀬はやわらかな苦笑を浮かべる。ちょっと困ったみたいな。いいな。すきな表情だ。

 そのまま何も言わずに行ってしまった後姿を見送る。

「なんて言うか、朔花ちゃんさ」

 都さんは複雑な表情のままペットボトルのお茶を口に含む。

「はい?」

「……うん。まぁいいや」

 頬杖いて頷いて、一人納得してるのは良いのだけれど。気になる。

「なんですか?」

「内緒。朔花ちゃんが『理由』を言ってくれたら教えてあげても良いけどね」

 それはムリです、いろいろと。

 返事の代わりにお茶を飲む。

 その様子を横目で見て笑うと、都さんは空を見あげる。

「いーい天気だねぇ」

 確かに五月晴れの見本みたいな青い空。眺めて、自分でも意味のわからないため息を小さく漏らしてみた。



「朔花ちゃん。お昼、お弁当もってきてる?」

 午前の部もそろそろ終わる十一時三十七分。都さんは腕時計に目を落としながら尋ねる。

「いえ。購買でパンを買おうかと」

 何か問題が? あ、昼休憩にも仕事があるのか? できれば昼休みくらいゆっくりしたいなぁ。

「良かったら、でいいんだけどさ。私のお弁当、食べてくれないかな」

 都さんにしては珍しくあいまいな笑みを浮かべて、こちらをみる。

「それは、かまわないですけど。都さんはどうするんです、お昼」

「もちろん朔花ちゃん一人に片付けさせないわよ。じゃ、私ちょっと先に屋上いって用意してるから、早瀬が戻ってきたら無理やりにでも誘って来て。巽も来たいって言うならつれてきてもいいよ」

 結果報告をまとめているボードをこちらに渡すと都さんはたちあがる。お弁当がたくさんあるってことなのか? いや、それより。

「え、ちょっと待ってください。じゃあ小崎先輩は?」

 早瀬が強制で、牧原はどっちでも良いのはわかったけど。

「伸哉? 伸哉はダメ。険悪な雰囲気の中、ごはん食べるのイヤだから」

 なら早瀬やめて、小崎さん誘えばいいんじゃないんだろうか。って、戻ってきて都さんの居所訊かれたらなんて答えればいいんですか。

「都さんっ」

 ふり返るともうそこには姿かたちなく。逃げたな。

「どーした、水森。またみやちゃんに振り回されてんの?」

 的確すぎてかるくへこむぞ、牧原。

「その都さんが、お昼ごはんよければ一緒にどーかって」

 ボードにドッヂボールの結果を記入している牧原の背に声をかける。

「あぁ、おれはいいよ。先約あるし。どうせ早瀬のついでだろ?」

「なんで」

 反射的に口を開いたけれど、何を聞こうとしたのか自分でも良くわからないまま口ごもる。

「本人たちに聞けよ。多分水森になら教えてくれると思うし。水森も一緒に食べるんだろ?」

 顔を上げた牧原はまじめな声音。めずらしい。

「牧原、ボード」

「ぅぉっ、早瀬。いつからっ」

 ボードを盾にしつつ牧原はいつのまにかいた早瀬に渡す。

「さぁ? 何かやましいことでも?」

「おまえ、その性格の悪くみえる笑い方やめろよ。怖ぇって」

 牧原は一歩後ずさる。怖いとかいいながらよく言うよな。結局仲が良いというか。

「早瀬。都さんがお昼一緒に食べようって。強制みたいだよ?」

 ほうっておくと二人でぐだぐだと話し続けてしまいそうなので先に伝言を割り込ませる。

 早瀬は吐息にまぜてどこか疲れたような笑みをうかべる。

「わかった。場所は?」

「ぇと、屋上」

 すんなり了解するとは思わなかった。

「牧原、あと頼む」

 ボードに記入するとさっさと先に行ってしまう。

 え?

「結果そろうまでおれが留守番してるから水森も行っていいぞ。伸哉先輩に会うと面倒だろ」

 たしかに。それで早瀬あせってたのか。

「ありがと」

「お礼は古文のノートで」

「まーかせて」

 そのくらいなら安い安い。

「水森」

 牧原の声に呼び止められふり返る。早く行かないと小崎さんが来てしまうんですが。

「いや。さっきの話、さ」

「うん?」

 話の流れがつかめずにあいまいに返事をして続きをうながす。

「わるい。やっぱりいーや。……大量のお弁当をがんばって片付けて来いよ」

 めずらしいな。歯切れ悪い牧原。

「んー。わかった」

「わかってねーだろ」

 苦笑いの牧原に舌を出して笑い返して、今度こそ屋上に向かう。

 お手軽に口に出せない内容だってことはよく伝わった。

「めんどくさいなぁ」

 ちいさくちいさく呟いて、それをふりきるように誰もいない階段を駆け上った。

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