第7話
新歓実行委員会室と化している視聴覚室のドアを細くあけ、なかを覗き込む。
よし、いないな。
ドアの残りを開けようと手に力をこめる。
ぽん。
「っぅぎゃー」
突然肩をたたかれ、しゃがみこむ。
「あ、ゴメン。驚かせたみたいだね」
たたいた手とこちらを見比べながら実行委員長は小さく笑いながら謝る。
隙だらけの背後から、突然近づかれれば誰でも驚く。早瀬かと思ったじゃないか。
「何で入らないの? なんか後ろ暗いことでもあるの?」
深い意味があるのかないのか。読めない人だ。
「ない、です」
「そ?」
さっさと教室に入っていく委員長の後に続く。
「遅い」
がらんとした教室内に一人だけいた都さんが不機嫌気味の声で出迎えてくれる。
ほかのメンバーはきっと外の仕事しているのだろう。かばんが机の上に残ってるし。
「すみません、遅くなりました」
「朔花ちゃんは良いんだよ、無理やり手伝わせてるんだし。伸哉は何でこんなに遅いのよ。あんたのクラス、うちより早く終わってたじゃない」
「それは、ま。いろいろねー」
都さんの隣になにげなく座り委員長は頬杖をつく。
「朔花ちゃん、昨日の続きやっておいて。伸哉はコレ最終確認して」
都さんは隣に紙束を押し付けている。
「えぇえ。おれ、こういう細かい仕事、向いてないんだけどなぁ」
聞こえてくる二人の掛け合いをBGMにしつつ作業を始める。
委員長、無駄な抵抗しすぎ。こりないなぁ。都さんにまた怒鳴られるぞー。
「責任者はだれよっ」
ほら。
「おれはさぁ、外回りの仕事がしたいなぁ。ライン引きとか、テント設営とか」
ふと顔を上げると、頬杖ついて夢見るようにつぶやいている委員長と目が合う。やっぱり、ちょっと変わった人だ。
「あんたに外回りやらせたら、そのまま逃げるでしょーが。つべこべ言わずにさっさとやりなさいっ」
先生、もしくは母親みたいだな、都さん。おつかれさまです。
「そこをなんとかさぁ」
なおも逃れようとする委員長の言葉をさえぎるようにドアが開く。
げ。早瀬だ。あわてて目をそらす。
が、その必要はなかったようだ。こちらの方など一切見ずに都さんのほうに行ってしまう。
ほっとすると同時に、それはそれでちょっと腹が立つというか。
「都、コレやれば良いのか?」
二人の様子で状況を読んだのか早瀬は委員長の前にある書類を手に尋ねる。
「んー」
「小崎先輩に頼んでも無駄な時間くうだけだろ」
迷った声をだす都さんにダメ押しするように、意味ありげに委員長をちらりと見て微笑う。どこか意地悪に。
ぇえと、早瀬? どうしちゃったんだ?
「静史郎、あのさ」
「小崎先輩、外回り行っていいですよ?」
にっこり。笑みを浮かべたまま早瀬は外を指さす。
それって決して親切心じゃないよね?
都さんを困らせてることに対するイヤガラセ? つまりやっぱり実は早瀬って都さんが好きってコトとか?
都さんは深々とため息をつく。
「却下。伸哉は早瀬を威嚇してないでそれをさっさと片付ける。で、あんたはさっさと帰って寝る」
早瀬の手にあったプリントを奪い委員長に渡すと、その手で早瀬の額に触れる。
「やっぱり、熱がある」
「大したことないよ」
早瀬は肩をすくめる。
熱?
「充分、たいしたことある。その言動、正気じゃありえない」
「普通だよ」
「何でも良いから、さっさと帰る」
都さんは追い払うように手をふる。
「わかった」
早瀬は軽く肩をすくめると委員長を見る。
「お先に失礼します。小崎先輩、あんまり都を困らせないでくださいね」
固まっている委員長をそのままに早瀬は教室を出て行く。
「あの馬鹿、あとのこと、考えてほしいよ、まったく」
がっくりと肩を落とし都さんは苦く呟いた。
「朔花ちゃん、今から早瀬の家に行くけど一緒に行く?」
外にいた委員は作業を終えると順次帰ってしまって、当然かばんを引き上げていったので、そのせいか教室が余計にがらんとした感じがする。
残っているのは都さん、委員長、そして私。かばんもこの三人の分だけ。
散らかったプリントを片付け、帰る準備をしながらの唐突なお誘いに、都さんの顔をまじまじと見つめる。
「何でわざわざおまえが行くんだよ」
こちらが答えるより先に隣にいる委員長が都さんに苦く言う。
「かわいい後輩兼幼馴染だから。で、朔花ちゃんどうする?」
えぇと。行ってもいいけど、行きたくないと言うか。
顔合わせて昨日の話の続きされても困るというか。
「だーからさ。別に子供じゃないんだし、都が行く必要ないだろ」
「私がどこに行こうと勝手でしょ? いちいち干渉されたくない」
どうでもいいけど私のことは放置ですか?
「あいつ、おまえのコト好きだろ」
委員長、直球だな。
都さんはきょとんとした顔で一瞬固まったあと、ニガワライする。
「嫌われてはないと思うけどねぇ。ふぅん? じゃ、伸哉も一緒に来る?」
「帰る」
余裕の笑顔の都さんに憮然とした表情で委員長は教室を出て行く。
大きな音でドアが閉まる。
「ガキ」
やさしい顔。うわぁ。
「都さんって」
「ごめんね、あのバカがうるさくって。で、どうする? 弱った静史郎なんてなかなか見られないよ? 言動が壊れかかってるのも見もの」
こちらの言おうとしたことをさえぎって笑う。
「やめておきます」
惜しいとは思うけれども。
「静史郎が私のコト好きみたいだからヤメにしておくとか?」
笑顔のまま。でも、ちょっと意地悪な表情。ていうか、いつの間にか『早瀬』が『静史郎』になってるし。それでこの質問だし。仲いいなぁ。
「そ、れは。思ってもみなかったです。別に早瀬が都さんのコト好きだろうとなんだろうと関係ないですし、私は」
本心。それは最初から。
「前から思ってたけど変わってるね、朔花ちゃん」
「そうですか?」
しみじみと言う都さんの言葉をかるく流す。
「言われ慣れてるわね?」
とりあえず笑っておく。
「何で、静史郎なの?」
都さんは心底フシギそうにこちらを見つめてくる。
「それ、昨日早瀬にも言われました」
「静史郎が? そんなこと言うなんて昨日から熱があったのか」
やっぱり。おかしいと思ったんだよねぇ。
「早瀬って熱があると、あんな感じなんですか?」
ラーメン屋、付き合ってくれたのも熱がなせる業だったのか?
「そ。いつもより饒舌。たち悪い行動とったりね。酔っぱらいみたいだよね。それは良いとして朔花ちゃん、なんて答えたの?」
おもしろがってる? 話、逸らしておこう。
「都さん、酔っぱらいみたいってことは熱が下がったら、熱があった間のことは忘れてるんですか?」
そうだったら良い。うん。答えられないし。
「さぁ? 本人が思い出したくないからなのか覚えてないからなのかはわからないけど、治ったあとでソレに触れないからなぁ」
微妙だな、それ。どっちかはっきりして欲しい……。いや、覚えていて話題に出されるよりましだけどさ。
「さ、て。そろそろ帰ろっか。朔花ちゃんの答えは明日ゆっくり聞くことにして」
腕時計に目を落として都さんは言う。それ、忘れてくれないかなぁ。
下手に返事をすると余計につっこまれそうなので黙ったままかばんを持つ。
「ホントに行かないの?」
昇降口で都さんがまた言う。何でそんなに一緒に行かせたいんだ?
「……行きません」
「その無言の間に迷いが見えるけど?」
「そうやって誘惑するの止めてくださいってば」
「しょーがない、一人で看病してくるか。じゃね、朔花ちゃん」
校門を出てしばらく隣を歩いていた都さんは駅とは逆方向へ曲がる。
あれ? 早瀬の家、駅方向だからそっちに行ったら遠回りじゃないのかな。どこかに寄るつもりなんだろうか。
確認するより早く都さんは走り去ってしまった。元気だ。
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