第5話

「あれー、朔花? どしたの」

 体育館の扉を開けて中の様子を伺っていると、こちらの姿に気づいた真由がぱたぱたと近づいてくる。

「あ、そっか。真由、バレー部だったっけ」

「早瀬も一緒って……とうとう観念したの?」

 隣にいる早瀬を憐れむように見る。すごく失礼。

「新歓委員会だよ。私は臨時だけど」

 むっとして訂正すると、真由は軽く目を見開く。

「めずらしい。面倒くさがりで、実は結構、協調性ない朔花が委員会活動?」

「失礼だな、真由」

 否定をしきれないのがつらい所だけれど。

「事実でしょ。同様に協調性なさげな早瀬とはある意味お似合いだと思うけどね」

 早瀬本人目の前にして言うか? チャレンジャーだなぁ。

 言われた当人は別にそれほど気にしてないみたいで特に反論はない。

 いや単に会話に加わるのが面倒なだけだな、きっと。

 早瀬はさくさくと用件を済ませることにしたらしい。

「塚田、部長呼んでもらっていいか?」

「部長は……もう帰ったなぁ。さっきまでいたんだけど、歯医者行くとか言ってたから。何の用だった?」

 一応確認なのか体育館の中をざっと見て真由は答える。タイミング悪いなぁ。

「新歓の審判の割り振りを頼んであったんだけど」

「明日の朝、教室に行ったほうがいいかも。多分持ち帰って歯医者の待ち時間かなんかにやる気だと思うよ。うちの部長、期限ぎりぎり過ぎないと仕事しないから」

 ぎりぎり前にやるならまだしも過ぎてからやるのはどうなの? 確かに面倒な仕事だとは思うけれど。

 深々とついた溜息が早瀬のとかぶる。

「でも、男バレはやってあるんじゃないかな。ぇえと、東ー」

 奥に向かって真由は大声を出す。

 練習の手を止め、怪訝そうに顔を向けた男子がボールを相手に渡して、でも歩を速めるでもなくやって来る。

「なに、塚田サン。あ、水森サンに早瀬もおそろいでどーしたの?」

 東くんが相変わらずのほほんとたずねる。バレー部だったのか。

「そっち新歓の審判振分け、できてる?」

「やってあるよー。新歓委員会なのか、二人とも。おつかれさま。器具庫に置いてあるからとってくるよ」

 今度はさっさと駆け足で体育器具庫に向かう。

「東くん、部長なの?」

「次期副部長かな。雑務能力ある人が副部長やるのが男バレ恒例みたいだから。現副部長は……ま、東が使えるヤツだからねぇ」

 押しつけられてるってことか。ていうか、真由がほめるってめずらしい。

 のんびりした雰囲気に騙されてたけど。やるな、東くん。

「おまたせ。多分抜けはないと思うけど」

「悪いな」

 早瀬は東くんから受け取る。

「ありがとー。当日もよろしくです」

 手を合わせて早瀬につづけると東くんは真似して手を合わせる。

「いえいえ、おつとめゴクローサマです」



「早瀬、つめたいっ。ちょっとは待っててくれても良いのに」

 先を歩く早瀬を追いかける。根本的に歩幅が違うので普通に歩いていると、距離は開く一方だ。

「なんで?」

 待ってる必要がどこにある、とでも言いたげな、それでも歩調を落としてくれるトコがやさしいけどね。うん。

「こんな人気のない暗い道を一人で歩くなんて、こわーい」

 我ながら適当なことを心もこめずに口にしつつ追いついて隣に並ぶ。

 授業後からは時間は経っていて、下校時刻よりにはまだもう少しあるという中途半端な時間帯のせいか、周囲を歩く人はほとんどいないけれど、夕暮れ時で怖がるような暗さではない。

 早瀬はちらりとこちらを見ただけで何も言わずに、ゆるめた歩調のままでいてくれる。

「あの、さぁ。オナカすかない?」

 めずらしく放課後に残って働いたせいか、おなかが文句を言おうとしている。

 並んで歩いていると、ぐるぐると鳴るおなかの音を聞かれそうだ。

 万が一鳴ったとしても、しゃべっていれば聞こえないかも? それ以前に、

「なんか食べていかな……ぅ」

 うぎゅるるるるぅと小さな音でしっかりとオナカが鳴る。くそぅ。もう少し忍耐を覚えろよぉ。

 がっくりと肩を落としていると、声もなく笑いの気配。目だけで見あげるとやわらかい笑み。ちょっとあきれてるっぽいけど。

「何、食べてく?」

 なんとなく小さな子をあやすような雰囲気なのが気になる。でも。

「良いの?」

 ホントに? えぇと、何かの間違いではなく?

「イヤならやめれば?」

「行くよっ。お好み焼きでも良い?」

 気が変わる前に尋ねる。

「良いよ」

 その苦笑いまじりの吐息。うん。こういうとこ好きだなぁ。

「何?」

「なんでもない。行こ」

 自然ともれてくる笑みを見せないように、早瀬より一歩先に出た。



 泣いても良いかなぁ?

 目当てのお好み焼き屋には無情にも【臨時休業】の文字。

「残念、だったな」

 あまりにもな落胆ぶりに同情したのか早瀬が静かに声をかけてくれる。

「ショック。私のオナカはもうお好み焼きスタンバイ中だったのに」

 このやるせない気持ちをどうしたら良いのだろう。近くに他のお好み焼き屋なんてないし。大きくため息をつく。同調するようにおなかが遠慮もなくぐるぐると鳴る。はぁぁ。

「おれはそこで食べてくけど?」

 早瀬は斜め向かいにある店に顔を向ける。んー。妥協しようか。オナカはしつこく文句を言ってるし。

 よし。

「私も行く」



 目の前にほかほかと湯気を立て食欲をそそる匂いをただよわせるどんぶり。お好み焼き気分だったけどコレはコレで良いなぁ、と割箸をとる。

 正面には早瀬の顔。なんか妙な感じだ。

「いただきます」

 ぼそぼそとつぶやき、食べようとして固まる。

 ちょっと選択を誤ったかもしれない。

 ラーメンって、割と食べるの難しくないか? というか曲がりなりにも好きな人とのはじめて一緒のゴハンがラーメンってのはどうなの? まぁ、お好み焼きでも大して変わらないけど、食べやすさでは確実にお好み焼きの勝ちだよね。。

 ちまちまと、汁を飛ばさないように苦心して食べる。

 ずるずる音をたてて食べても、早瀬は別に気にしないだろうけど。関心ないから。

 ちら、と顔を上げ早瀬の顔を盗み見る。あれ?

「早瀬、目がない」

「……は?」

 箸をおいてこちらを見る。不審げに眉根を寄せて。

「ごめん。メガネがない、の間違い」

 いや、メガネ自体はどんぶりのわきに置いてあるんだけど。メガネはずしてるとこ、はじめて見た。

「くもるから」

 嘆息して早瀬は言う。目を細めてるけど、なんとなくいつもより雰囲気やわらかい気がする。早瀬じゃないみたいというか。

「メガネ、くもらせながら食べてるの見たい」

「……」

 早瀬は黙って食事を再開する。無視ですか? 別に本気で言ったわけじゃないんだからさぁ。

 中身が着々と減っていく早瀬のどんぶりと箸の動きをなんとなくながめる。完食。

「み……ずもり」

 えぇと、何? その間。

 メガネをかける早瀬の動きをじっと見る。ちょっと、困った顔してる?

「水森、ラーメンのびてるけど」

 良いのか? とどんぶりを目で示す。うわ。増えてるよ。半分近く残っていた麺がいまや一.五倍? はやく教えてよ、早瀬。

 コシがなくなってしまった麺をちまちますする。自業自得だけど、おいしくない。



 大きく息をつく。

 とりあえず完食。ごちそうさまでした。

「おつかれ」

 呆れたように少し微笑う。あ、うれしい。

「ごめんね。待たせて」

 途中で帰っちゃうかなぁとか思ってたのだけど、実は。ちゃんと待っててくれたってこともうれしい。

「別に」

 無愛想に言って立ち上がる。

「早瀬、ゴチソウサマ」

「おごらないぞ」

 わかってるよ、そんなの。ちょっと言ってみただけだし。

 不意をつかれたようなおどろいた顔が一瞬でも見られたのはもうけものだし。

「つきあってくれてありがとーってコトだよ」

 自分の分のラーメン代を支払って笑うと早瀬はどうでも良さそうに肩をすくめて先に店を出て行った。


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