第4話

「はやせっ」

 背中を見つけ呼び止める。

 が、足は止まらない……でも歩調は少し落としてくれた、かな?

 隣に並ぶ。

「一緒に、帰ろ」

 微かにもれた息が、何となく笑っているみたいだった。

 表情もいつもより和らいで見える。

 微苦笑、というか。あきれも含んでいるっぽいけど。

「良い?」

「いーよ」

 別にどっちでも良いとか、勝手にすれば良い、とかそれくらいの意味なんだろうけれど。

 そんな風に考えてしまう程度には冷静だけれども、拒否されていないというのはうれしい。

 お昼に「やだ」と即答されたことから比べたら格段の進歩だ。

 階段を一歩遅れて付いていく。

 後頭部を眺めて。

「あ」

 思わず漏らした声に、早瀬がいぶかしげにこちらを振り返る。

「何でもない」

 あわてて答えて、隣に並ぶ。

 あの時の即答は委員会があるから一緒には帰れないってことだったのかなとか思っただけだ。

 勝手な想像だし、ホントにただ単に嫌だったのかもしれないけれど、なんとなく。

「早瀬、さぁ。私が委員会いたら、イぃぃ」

 イヤかな? と尋ねようとしていたのだけど、階段の最後の一段を気づかずに踏み外す。……ふぅ。何とか転ばずにすんだ。

「水森、注意力散漫すぎ」

 息をついて早瀬は目を伏せる。

「ゴメン」

 昼間ぶつかったばっかりだし、否定出来ない。

「あやまらなくていいけど、別に。で、何?」

「え。あぁ、私が手伝ってたらジャマかな? って」

 こちらを見る目がどことなくきびしく見えてぽそぽそとつぶやく。

「邪魔って言ったらやめるんだ?」

 下駄箱で靴に履き替えながら、早瀬はやさしくない笑みを浮かべる。ちょっと腹の立つ言い方だ。

「一応聞いてみただけだよ。早瀬の意向、全部聞かなきゃいけない義理ないしね」

 好きだって告白はしたけれど、好かれるためにムリするつもりはない。

 先に昇降口を出て行く背中を小走りで追う。

「で、答えは?」

 強気に返したとはいえ、それでも気にはなった。できれば迷惑はかけたくない。好きだからという以前に、ふつうに人として。

「邪魔じゃないよ、手が増えれば仕事が減ってありがたいし……親切心からいえば止めておいたほうがいいんじゃないかとは思うけど」

 親切心。

 早瀬の口から聞けるとは思わなかった。割とやさしいところがあるっていうのはわかってるけれど、もちろん。

「なんで?」

「都は結構ひとづかいが荒いから」

 話の流れからすれば梅原さんのことなんだろうけど。名前呼びか。

「仲良いんだね」

「……心外」

 ぼそり、呟いた声が困ってて何だか楽しくなった。

「私、手伝いやるよ。よろしくね」



「都さんのうーそーつーきー」

 早瀬の言ったとおりの人使いの梅原都副実行委員長にとりあえず文句をぶつける。

「何がー?」

 机いっぱいにプリントを広げた都さんは顔を上げずに気のない返事をする。

「早瀬とくっつき放題って言ったのにー」

 それに関しては本当は割とどうでも良いのだけれど。でも仕事量が多いので愚痴のひとつやふたつ言いたくなる。大体、各委員を差し置いてメインの仕事を私がやってるのは何故だ。

「だって一般の委員はタテ割り連合のチーム編成してるから、クラスの違う朔花ちゃんはどっちにしろ早瀬とは一緒にいられないでしょ」

 それはわかってるし、早瀬と一緒云々は口実なだけで作業がめんどくさいだけだ。。

「早瀬、戻ってきたら一緒に仕事させてあげるから。それまでに終わらせてね、それ」

 テキパキと自分の仕事を進めながら都さんはかなしくなることを言う。まだ解放してくれないのか。早瀬はどうでもいいから帰りたい。安易に手伝うなんて決めなければよかった。

「都さん、鬼ー」

「都ちゃん、オニー」

 ドアの開く音に続いて唱和する声。おどろいてそちらを見ると、いたずらっぽい笑みを浮かべた男子が立っている。

 都さんはキっとドアの前にいる人を睨みあげる。

「誰が鬼よ。朔花ちゃんに言われても、あんたに言われたくない。サボってた分、きりきり働け!」

「都ちゃんってば鬼なんだからっ。そんなところがダイスキよっ」

 きびしい視線をものともせずにその男子はへらっと笑う。

「私はそんなところがキライだよ」

 都さんはがっくりと肩を落とす。えぇと?

「はじめまして、水森サン。神出鬼没、ナゾの実行委員長、小崎伸哉です」

 手近な机に座って実行委員長氏は人なつっこい笑みをうかべる。

 ……ちょっと変わった人ですか? 都さんとは仲良さそうだけど。

「はじめまして」

「びみょーに怯えてますか、水森サン?」

 首をちょっと傾げて人好きのする笑顔で尋ねられる。

 おびえてはいないけど、つかめない。

「あきれてるんでしょ。バカはほっといていいよ、朔花ちゃん」

 冷ややかな声。容赦ないですね、都さん。

「だんだん都ちゃんの冷たい口調が快感になってきたおれはダメな人ですか?」

 それはダメと言うか、アブナイ人なのではないだろうか。

 ばんっ。都さんはつよく机の上に両手をつく。手、痛そう。

「口を動かすより手を動かしていただけませんか、委員長」

 感情のない平坦な声。

 本気で怒ってるっぽいのに、小崎委員長は全く気にした風もない。

 居たたまれないから勘弁してほしい。

「まぁた、みやちゃん怒らせてんの? センパイ」

 張りつめた空気をやぶる声に顔を上げると、開けっ放しだったドアから牧原が中を覗き込んでいる。

「またって、人聞き悪いなぁ。コミュニケーションをとってるんだよ」

 やっぱり都さんの怒りをまったく意に介していないらしい実行委員長は和やかに牧原に言う。

 心臓強すぎ、そして都さんがなんか不憫だ。

「早瀬、編成表出したら朔花ちゃん手伝って」

 委員長の言動をきっちり無視したあと、都さんは牧原の後ろにいる早瀬に声をかける。

「わかりました」

 逆らわぬが吉、と思ったかどうかは知らないけれど早瀬は都さんにプリントを渡し、さっそく作業に取り掛かる。

「それで巽はどっちの味方?」

「もちろん、みや姉に逆らうほどチャレンジャーじゃないですよ」

 有無を言わせない都さんの視線と口調に逆らうことなく、牧原は敬礼する。

「じゃ、これコピー各三十部。大至急。で、伸哉?」

 ぱたぱたと会議室を出て行く牧原を見送ったあと静かに名前だけを呼ぶ。

「やるやる」

 呼ばれた実行委員長は広げられたプリントからいくつかを抜いて手近な空き机に座った。

 わかってるなら初めからやれ。都さんのため息交じりの声が小さく届く。

 ごくろうさまです。

「ん……なに?」

 早瀬が何か言った気がして、視線を向けるが答えずにひたすら作業を続けている。

 無視ですか。

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