第3話

「みーずもりっ」

 必要な教科書類をかばんに詰め込んで、帰ろうと立ち上がったところに妙に楽しそうな声。

「牧原、元気だねぇ。今から部活?」

「そう。部活に行きたいんだけど一つ問題があってさぁ。水森、今からヒマ?」

 絶やさない笑みが胡散臭い。

「ヒマでない。なんか変な頼みゴトする気でしょう。私は帰る」

 かばんを肩にかけて牧原に背を向ける。

「そーいうこと言いますか、水森。後悔するぞー? 別におれは良いんだけどねぇ。せっかく善意で水森に声かけたのにさ」

 にやにや、笑っているのが目に見えるようだ。

 振り向くと、案の定。

「聞くだけ。引き受けるかどうかはその後だよ?」

 そこまで言われたらさすがに気になる、が思うつぼになるのも悔しく牽制しておく。

「おれの代理で委員会に出て?」

「帰る」

 なんでそんな面倒な仕事を引き受けなければならないのだ。

 しかし牧原は余裕をくずさない。なんなんだ?

「せっかちだなぁ。最後まで聞こうよ。委員会に出ると特典がついてくるんだな」

「持って回った言い方しないで、さっさと言おうよ」

 時間のムダ。

「委員会メンバーに早瀬がいるんだよ」

「あ、昼休みにやってたやつ? 何の委員会だったの?」

 こっちのあっさりした反応に少々不満げな顔で今度は焦らしたりせずに牧原は答える。

「新歓実行委員会。会議内容の伝達だけで良いからさ、お願い」

 拝むように手を合わせる。

「去年、新歓なんかあったっけ?」

 新入生として歓迎された記憶などない。

「スポーツ大会みたいなのがあっただろ。あれが新歓」

「そーいえば」

 ドッヂボールとバスケとバレーに分かれてクラス対抗をした気がする。

 でも、あれが新歓? 上級生にコテンパンにされる下級生クラスが続出してたけど?

「なんなら新たな企画を立ち上げてくれても良いぞ。ってことで頼む」

 手を合わせたまま、頭を下げる。

 めんどくさいことになっちゃったなぁ。

「高くつくよ?」

 牧原は眉根を寄せる。

「早瀬だけじゃ不満かよ? 欲張るとろくなことないと思うぞ。……ま、考えとく。よろしく」

 返事を待たずに教室を飛び出す。

 おーいっ。どこに行けばいいんだぁ?

「わるぃ。視聴覚室な」

 気持ちが通じたのか、気がついて戻ってきたのか、牧原は入り口から顔だけ出して一言残すと、またすぐに走り去った。



「はーやーせっ」

 幸い、まだ会議は始まっていない様子の会議室。

 窓際、一番後ろの席で外を眺めている姿を見つけて忍び寄り声をかける。

 最小限に顔を動かし、こちらを確認するとすぐに窓の外に目を戻す。

 あのさぁ。別にびっくりしてくれなんて言わないけど、もうちょっと、なにやら反応してくれても良いと思う。

 まるで幻聴でも聞いたように、何事もなかったみたいにしないでほしい。

「早瀬ぇ」

 隣に座り恨みがまし呟く。

「何?」

 ちょっとめんどくさそうにこっちを向く。

「席、自由? 隣、座って良い?」

 ぱっと見、席は指定されていないのはわかっているけど他に聞くこともなくて尋ねる。

「自由。それに水森、もう座ってる」

 あきれたような溜息まじりの声。

「そーなんだけどね。迷惑?」

「別に」

 軽くながされる。

 こういうヤツだよなぁ、早瀬って。良いんだけど。

「時間になったので始めましょーか。点呼するよー。3-1」

 正面に目を移すと三年生とおぼしき女の人が教卓に手をついてクラス名を読み上げている。

 よく通る声。ざわめきがぴたりと止まる。

 クラスと返事が交互に繰り返されるのを聞きながらルーズリーフに『誰?』とだけ書いて早瀬の前に置く。

 早瀬は一瞥。答えてくれないか。

 まぁ、それほど期待していなかったけど。

「2-8。いないのかーい。2-8ぃ、八組さーん」

「水森。返事」

 ささやき声。隣から。

「ぅえ。っはぃっ」

 ぼんやりしていたせいで気付かなかった。

 あわてたせいで妙な声になる。

 はずかしすぎ。

「早々から寝ないでねぇ。さて、気をとりなおして2-9」

「はい」

 早瀬は静かに返事した後、カチカチとシャープの芯を出し下に書き込む。

 『梅原 実行副委員長』

 クセの強い、でも読みやすい文字。

 たかが、スポーツ大会程度のことで結構ちゃんと組織作るんだなぁ。

 っていうか、ちゃんと答えてくれる気あったんだ。ちょっとキセキ? 明日雨が降る?

「新歓実行委員長は部活のため逃亡したので私が仕切ります。ざっとした流れを書いたプリントをまわすので目を通してください」

 前から順に渡されてくるプリントを待つ間に早瀬の文字に矢印を引いて『どーやって決めてるの?』と付け足す。

 早瀬の返事を待つ間、手元に来た新入生歓迎会概要と書かれたプリントを眺める。

 横目でちらり、と眺めるとシャープは紙の上で止まったまま。

 キセキは二度ならず?

 早瀬は小さくため息をつくと手を動かし始める。

 『運動部 各部長』その上に『運動部 部長会』その上に『運動部々長会 会(副会)長』イコールで結んで『実行(副)委員長』

 うわ。こんなにちゃんと返ってくると思わなかった。

 知っていたとしても面倒だから『知らない』と答えられても仕方ないと思っていたし。

 『ありがとう。良くわかったー』あわてて書いて返す。

 顔を見ると、既につまらなそうな表情で梅原副委員長の話に耳を傾けていた。



「じゃ、解散。早瀬ー、と水森さん。こっち来てー」

 壇上から手招きしつつ呼ばれ、早瀬はため息をつきつつ立ち上がる。

 こそこそ筆談していたのが目に余ったのだろうか。

 まずったかなぁ。

 仕方がないので早瀬の後をついていく。

「そんなに警戒しなくても、水森さん。今日はおつかれサマ」

 教卓に頬杖付いて親しげに笑う。

「ぇ、えと。……コチラコソ?」

 ぜんぜん思ってもない言葉をかけられて、微妙な返答をしてしまう。

 梅原さんはけらけらと豪快に笑っている。

「おもしろいねぇ、水森さん。ねぇ、早瀬?」

 無表情に立っていた早瀬は声をかけられるとめんどくさそうに口を開く。

「先輩、用件は?」

 さっさとしろ、と付け加えたそうな。

「せっかちだなぁ、静史郎チャンは」

 いたずらっ子みたいに愉しそうな表情。

「せーしろーちゃん?」

 梅原さんがのんびりと言ったソレが一瞬、何かわからずに、しばらく考えて早瀬の名前だと気づく。

 二人の間の雰囲気から親しそう? とは思っていたけれど名前で呼ぶ仲ですか?

 早瀬はすごく嫌そうな顔をしているけど。

 それを無視して梅原さんはこちらを見る表情は面白がっているように見えた。

「妬ける?」

 妬けるっていうか……。

「って、何で知ってるんですか?」

 早瀬を好きなこと。他学年にまで広まるようなことはしてないはずだ。たぶん。

たつみに聞いた」

 誰だ。たつみって。

「早瀬を餌に代理を寄越すって言ってたからねぇ。あ、巽って牧原ね」

「先輩、用件が雑談なら帰りますけど?」

 ふぅう。と早瀬はワザとらしく大きなため息をつく。

「話には順番というものがあるでしょうが。ちょっと待て。先輩命令」

「え、と。センパイ。質問良いですか?」

「んー。巽とはねぇ、従弟。早瀬はね、幼馴染になるのかな。子供のころ通ってた道場が一緒だったの。で、今は部活で先輩後輩。了解?」

 聞きたかったことを、全て答えてくれる。

「了解、です。ぁ、幼馴染ってコトは早瀬の子供のころ知ってるってコトですよね。どんな」

「水森、話が逸れるから黙ってろ。で、先輩?」

 都合が悪いからって止めたな?

 不満顔で見上げてみせるが完全ムシ。

「じゃ、本題。水森さん、新歓委員会の手伝いしない?」

 それは面倒。口にする前に梅原さんは続ける。

「もちろん、タダとは言わないよ。早瀬にくっつき放題、おまけに暴露話付ってところでどう?」

 にっこり。街頭勧誘のおねーさんみたいな笑みだ。

 くっつき放題はともかく、暴露話はおもしろそうかも。

「なに無断で勝手に話しを進めてるんですか?」

 黙って成り行きを見ていた早瀬が丁寧語のまま、機嫌悪そうに口を挟む。

「早瀬は早瀬の好きにすれば良いわよ? ただ、早瀬が水森さんのそばにいなかったら私がどこで口を滑らせるかわかんないよね? そうすると必然的にね? って話」

 勝ち誇ったように。梅原さん、強い。

「大体さぁ、この委員会、女子は私一人でさみしいんだよねぇ……ってことで水森さん、考えておいて」

 もう帰って良いよ、と手を振る。

 なんと言うか、早瀬とは別の意味でマイペースな人だ。

「はい。しつれーします」

 一礼して、先に教室を出た早瀬を追った。

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