第2話

「やっぱり、ダメだったかぁ」

 四月。

 散りはじめた桜の下でクラス発表の掲示をみてがっくり肩を落とす。

「水森?」

「あ、牧原。おはよー」

「さっそく早瀬のクラス確認か?」

 告白のあと、おおっぴらに早瀬につきまとい始めたおかげでクラス内では状況を知らない者はなくなっていた。

「もちろん、それもあるけどさ。自分のクラス確認くらいするよ」

「水森、春休みボケ? 文系クラスはあっち」

 牧原は呆れたように少し離れた掲示板を指さす。

「私、理系なんだけど」

「は?」

 虚をつかれたように牧原は固まる。

「あ、早瀬。おはよー」

 人混みの向こうに姿を見つけて手を振る。

「水森、文系はあっち」

 相変わらず愛想はない。でも、会話はしてくれるし、それほど嫌がられていないだけで良しとしましょう。

「早瀬も牧原も、何で文系って思いこむかな」

「水森って理系が良いなんて知らなかったな」

「文系、すごく良いのは知ってたけどな」

 口々に。

「どーせ、理系得意じゃないですよっ」

「っ、まさか早瀬を追って理系なのか?」

 牧原は顔を引きつらせる。

「そんなコトするわけないでしょー。得意じゃなくても理系のがスキなんだもん」

 それに文系科目だってすごくというほど良いワケじゃない。

「さすが、水森」

 何が、さすが?

 早瀬は何も言わずに行ってしまう。

 つめたいなぁ。

「早瀬っ、クラス隣だからっ、よろしくね」

 その背中に声をかける。

 ふり返らないまま手をあげて返事をしてくれる。

「あれってさー、応えないと水森がしつこく声かけ続けた成果だよな」

「愛のチカラ?」

 かわいらしく言ってみせると牧原は半歩、身を引く。

「と言うよりは根負けしてるんだろ」

「いーもん、それでも。……で、牧原。クラスは?」

 牧原は心底呆れた顔をする。

「ほんとに早瀬しか目にいってないな。水森と同じ。よろしくな~」

「コチラコソ」

 


「早瀬い……」

 る? と続けようとした口のまま固まる。

 学年に二クラスある理系の一クラスは男女混合だけれど、もう一つは男子ばかりクラスで、何度も来ているから教室中ガクランずくめの光景にも慣れたつもりだった、のだけれど。

「あれ? 水森サン、どしたの?」

 ドア近くに座る顔なじみに声をかけられ、ほっと息をつく。

「ねぇ、あずまくん。何でみんな前見てお弁当食べてるの?」

 お昼休みに尋ねるのは初めてで、その光景に少々驚いた。

 まるで授業中のように黒板の方を向いて、皆黙々とお弁当を食べている。

「あぁ、そういやそーだねぇ。でもさ、オトコが和気あいあいと机くっつけてお弁当食べてる姿もどうかと思わない?」

 ゴチソウサマデシタ。と行儀良く手を合わせて東くんはお弁当箱のフタを閉める。

「そういうモノ、かな?」

 でも、うちのクラスの男子はいくつかに固まって食べてるぞ?

 まぁ、女子が好き勝手に机を拝借するせいかもしれないけど。

「ま、単にめんどくさいだけかもしれないけどねぇ? 大体、うちのクラスは弁当食べ終わったら寝るヤツがほとんどだし」

 確かに。

 食べ終わったらしい人たちは机に突っ伏してしまっている。

 とてもうちのクラスと同じだけの人間が詰まっているとは思えない静けさ。

「で、水森サンは用件は良かったの?」

「あ、そうそう。早瀬知らない?」

「授業終わってすぐ出てったよ。委員会かなんかじゃない? 弁当もってったし」

 早瀬、委員会なんかやってたっけ? 

「じゃ、戻ってくるの遅いよね」

 あてが外れた。教科書借りようと思ってたのに。

「たぶん」

「東くんさぁ、数Ⅱの教科書もってる?」

 顔の前で両手を合わせて貸してくださいと頼む。

「いーけど、ラクガキだらけだよ」

 東君は机の中から手探りで取り出した教科書を手渡してくれる。

「助かる。アリガトー」

「どーいたしまして。六限、使うから持ってきてねー」

 東くんにへろへろっ手を振られ、思わずつられて手を振りかえした。

 なんというか、ゆるい人だ。



むっちゃん、東くんって知ってる?」

「知ってるよー。中学一緒だったし……何? 早瀬くんから乗り換える気になったの?」

 面白がってるな?

 っていうか、乗り換えるも何も早瀬と付き合ってるわけじゃないんだけど。

「さっき、数Ⅱ借りたときにちょっと話したから、気になっただけ」

「いいよー。早瀬くんより人当たり良いし。オススメ」

 だから、睦ちゃん、そうではなくて。

「早瀬は人当たり良くなさそーなトコが良いんだよ」

 本人が聞いたら怒りそう。冷ややかな一瞥だけかなー。

「東、良いやつだよー。アタマも良いし。どこかぬるいところも、たまに無鉄砲なところのある朔花には合うんじゃない?」

 いや、売り込まれてもね。

「睦ちゃん、睦ちゃん。東くんにもしつれーだからその辺にしておこうよ」

「んー。東は多分、気にしないと思うよ」

 そういう問題でもないと思うんだけどなぁ。

 でも、これ以上言ってもムダな気がして、諦めてため息をついた。



「東くん、ありがとー」

 五限目に使ったらしい教科書を開いたまま、ぼけーっとしている東くんの前に教科書を差し出す。

「ぅぉっ……水森サンかぁ。授業、もう終わったんだねぇ」

 寝てたのか? 目はあいてたと思うけど。

「教科書、アリガト。書き込みすごいねぇ」

 ラクガキだらけと表された教科書は余白が数式でぎっちり埋めつくされていた。

 当たり日だった身としては非常に助かったのだけれど。

「ノート、使うのが面倒でねぇ」

 気の抜けるような笑みを浮かべる。

 睦ちゃんがぬるいと言ったのがわかるような、わからないような。

 つかみどころがないというか。 

 ま、いいや。

「これ、お礼デス」

 ぱらぱらと机の上に飴をふらす。

「あ、ありがとう」

 さっそく一つを口に放りもごもごと言う東くんに「こちらこそ」ともう一度お礼を言って、教室を出ようとしたところで何かにぶつかる。

「う」

「前方不注意」

 淡々としたよく知った声。

「早瀬、おはよー」

 顔を上げると案の定の無表情。

「……おはよう」

 反応が遅かったのは、この時間におはようか? とか思ったに違いない。

「早瀬、今日一緒にかえろ」

 チャイムの音にかぶせて言う。

「やだ」

 悩むふりくらいしてくれても良いと思う。


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