レンアイ
moes
第1話
けだるい午後の授業。
ざわめく教室。
担任は授業はじめにプリント配ったかと思うと教卓に突っ伏して寝こけている。
学年末テストが終わったからってセンセイ、だらけすぎ。
「
前の席の真由がだるそうにふり返る。
「一応、全部埋めたけど」
当たってるかどうかは全くもって自信がないプリントを真由が見やすいように向きを変える。
「まったくさぁ、片岡もジブン寝るんだったらこっちも寝かせろって」
「授業後、提出。誤答率で各自宿題量を決定する」なんてイヤガラセだし、いちいちめんどくさいだろう。そんなことに労力を使うなら、授業をやってくれた方がましなんだけれど。
教室内を見回すとみんなそれなりにプリントをやっている。
「ぉい、早瀬」
ざわめきよりほんの少しだけ飛び出した男子の声に目を向ける。
と、いうか。
名前に反応したのかもしれない。
「チャイムまでには戻る」
引きとめた牧原に素っ気なく言い残し、早瀬は教室を出ていってしまう。
「早瀬だねぇ」
呆れてるのか。感心してるのか、真由はその後ろ姿を見て零す。
目立ってはみ出しているタイプではないのだけれど、やることはやって、その後は勝手にするというか。
一言でいえば、マイペース。
「らしいよねぇ」
同意しながら、今更、気がつく。
今はもう三月で、つまりはこのクラスともお別れで。
ということは、こうやって早瀬のマイペースっぷりを見るのも、わずかばかりの関わり合いもなくなるかもしれないってことだ。
「朔花?」
唐突に立ち上がった私を真由が不思議そうに見る。
「トイレ」
「いってらっしゃい。プリントうつさせてね」
「間違ってても責任とれないからね」
言い残して廊下に出る。
あちこちの教室から聞こえる声が中途半端に隔てられて、なんとなく別空間に紛れ込んだ気分だ。
「さ、て」
左右を確認する。
早瀬の姿は見えない。
でも、きっと屋上だろう。
何度か上がっていくのを見たことがある。
初のサボりっぽいことに、なんとなく楽しい気分になって階段に足をかけた。
屋上へのドアを開けた音で早瀬がふり返った。
特段、何かをしていた様子はない。
フェンス際に座っているから、遠くでも眺めていたんだろうか。高いところから見下ろすのが好きなのか?
「水森?」
逆光になるせいだろうか。目を細めて、いぶかしげに呼ばれる。
思い立って、来てしまったは良いけれどどうしたものだろう。
さび付きかけた扉がぎしぎしと音を立ててゆっくり閉まっていく。その音がおさまり、静寂が広がる。
ただ、無音。そして無言。
すぐに早瀬は興味をなくしたようにフェンスの向こうに目をやる。
唐突にやってきた割に何も言わないクラスメイトと向き合っている必要はないから、それは仕方ない。
勢い余って追いかけてはきたものの、ノープランだった私が悪い。
とりあえず、こっちを向いてもらわないと。
「……キモチ、良いね」
春の風。
少し肌寒いけれど、確実に冬のとは違う。
「で?」
少し片眉を上げて顔だけをこちらに戻す。
相手してくれるだけ良いと思うべきなのか?
返事、短くてすごくからみにくい。
まったく、取りつく島もない。
でも、ここまで来て躊躇してても仕方がない。
大きく息を吸い込む。
「好きなんだけど」
言ってから、何が? と聞き返されそうな気がして付け加える。
「早瀬のこと」
「は?」
聞き返す、とかじゃなくて何バカなこと言ってるんだ? みたいなニュアンス。
知ってたけどね、そういうの。簡単に流されてくれない感じ。
「だから、早瀬のことが好きだって言ってるのっ」
目の前まで行って言い放つ。
一応、コクハクしてるのに何でけんか腰になってるんだ。こんなんじゃ。
「おれのどこが好きなわけ?」
眉根をひそめ、ためいきまじりに早瀬は言う。
……またムズカシイ質問を。
クラスが一緒だと言うだけでほとんど話したこともない。
一方的に。見ていただけだ。
「んーっと……性格の悪そうなところ?」
言い得て妙? いや、ほんとは違うんだけど。程よい言葉が見つからない。
眼鏡の下、目線がきつくなる。
ぅ。やっぱりダメですか?
「えーと……体温のなさそうなところ?」
冷静。冷たい、まではいかないけど。
「ぜんっぜんフォローになってないんだが?」
あ、あきらめ口調だ。
こういうところが、ねぇ。
「ははははは」
わざとらしく笑ってごまかしてみる。
「で、何で唐突に思い立ったように今日なワケ? 今までそんな素振りもナシに」
理屈っぽい。こっちのキモチなんか汲む気がないのがまるわかり。突っ込んでほしくない辺りを突っ込んでくる。
「クラス替えの前にね、後悔したくないかったから」
大きく息を吸い込んで、手を差し出す。
「ナニ?」
「お近づきの印に、あくしゅ」
「……水森って」
言いかけたことをのみ込んでしまう。
最後まで、言って欲しかったなぁ。出来れば。
いつまでも手を引っ込めない私を一瞥して早瀬は手を出す。
骨っぽい大きな手。
座ったままの早瀬を引っ張り上げるように力をこめる。
「チャイム、鳴るよ。帰ろ」
どきどきする。大きい手を引く。
「……手をはなせ」
立ち上がった早瀬の声がつっけんどんではなく、どことなく優しく聞こえたのは単なる願望だろう。
きっと。
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