絶壁ロボ ダンガイダー

だいふく

第1話絶壁ロボ ダンガイダー!

「行ってきまーす!」

 私はいつものように家の中に叫んで玄関を飛び出した。

 走りながら左手首につけた腕時計で時刻を確認する。現在午前八時二十三分。これならなんとか間に合いそうだ。クラスが変わる始業式初日から遅刻なんて考えただけでも恐ろしい。

 一車線の路地を全力で走ると危ない。そう分かっていても、走らなくては今後の学校生活が危ういのだから仕方ない。神様も今日くらいは見逃してくれるだろう。

 と、そう考えながら少し大きな道に出る角を曲がったときだった。

「きゃっ!」

 丁度角を曲がろうとした人にぶつかって、尻餅をついてしまった。幸い怪我もなく、時間が時間なのでうちの学校の生徒も周りにはいなかった。いや、それでも恥ずかしいのには変わりはないのだけれど。

「すまん、大丈夫だったか」

 厳つい、頑固親父のような声。ぶつかったのはこちらだというのに、相手の人は親切にも手を差し出してくれた。

「すみません、ありがとうございます」

 お礼を言ってその手を掴む。そのときようやく相手の人の顔を見た。

 年は五十くらいだろうか。黒いスーツ姿の男性は、年齢としては父とさほど変わらないというのに、その身に纏った覇気が違う。鋭い眼光は、恐らく意識してはいないのだろうが、幼稚園児程度、簡単に泣いてしまいそうな迫力である。ただのサラリーマンではないというのが、全身からひしひしと伝わってきた。

「立てるか?」

「あ、はい」

 その声で、気圧されていた私は我に返った。すぐに掴んでいた手を支えにして立ち上がる。鞄を持っていない右手で、ぱんぱんとお尻を叩いて汚れを落とした。このままでは遅刻してしまう。

「すみません、ありがとうございました!」

「いや、こちらこそ気をつけていなかったのが悪かった。急いでいるのだろう? もう行くといい」

 この人はやはり、見かけによらず優しい人らしい。性質の悪い人は学校にまで電話してきたりもするのだから、本当に助かった。

「ありがとうございました!」

 改めてお礼を言って、私は走り出した。


   ***


 私、千早知恵はこの春から高校二年生だ。誕生日は四月四日、牡羊座。好きなものは乳製品、豆製品、嫌いなものはコーヒー。趣味はウォーキングとマッサージ。そんな至って普通の少女である。

 今日の始業式にはなんとかギリギリ間に合った。クラス分けも、運のいいことに知り合いの多いクラスになり、今現在、ホームルームで諸連絡をしているところだ。

 担任の先生が話しているのをぼんやりと聞きながら、窓の外をなんとなく眺める。それはもちろん偶然の行為であり、特に意味はなかった。視界に映るのは、自分の住む町並み。ただの住宅地なので、あったとしてもせいぜい十階建てくらいのマンションが遠くにそびえているだけだ。本来なら、そんな光景のはずなのに、私の目には不自然なものが映ってしまった。

「どうした、千早。窓の外なんか見て」

 先生が、私が余所見をしているのに気付いたらしい。ただぼーっとしているだけなら怒られただろうが、今はそんなものじゃない。

「あの、あれ、何だと思いますか?」

「あれ?」

 私が指差した先を、教室中の全員が見つめる。明らかに、建物ではないモノのシルエットがあった。

「なっ……なんだあれは!?」

 先生が叫ぶ。

 窓の外、この町一番の十階建てマンションよりも高くそびえ立つそれは、まさにアニメの中に出てくるようなロボットであった。

 男子諸君が小さい頃、少なからず憧れたであろう巨大ロボット。独特の光沢を持つ黒いボディに紅い装飾が映えている。特に胸の辺りの装甲が厚い。コックピットがそこにあるのだろうか。

「あれ、なんかこっちに向かってきてね?」

 呟いたのは隣の男子。確かにロボットは地響きを上げてこちらに向かってきている。障害物になる建物を意にも介さず、通り道を瓦礫にして進んでくる。近づいてくるにつれ、ただ見ているだけだった皆の顔に焦りの色が浮かび上がる。

 ついに、ロボットが、フェンスを軽々乗り越えて校庭まで入ってきた。

「ひっ、避難だ避難!」

 先生の叫びとともに、クラス中の生徒が慌ててドアへ向かう。しかし私は動けずにいた。そのロボットに見惚れていたのか、腰を抜かしていたのか、よくわからない。気がついたら既に教室からは誰もいなかった。

「あ……逃げなきゃ……」

 皆はどこへ逃げたんだろう? とにかく、外に出なきゃ。

立ち上がったそのとき、床が揺れた。

校舎に、ロボットの腕が打ちつけられたようだ。瓦礫の崩れる音と、私の身体が宙に浮く感覚がした。地球の引力には逆らうことは出来ず、地に落ちていく。二階からとはいえ、受身もとれなければまともに動けなくなるだろう。

目を瞑って、覚悟を決めた。

どん、と、何かに引っかかるような感じ。硬い床にぶつかった感触ではない。まるで誰かに抱きとめられるような。

「大丈夫か?」

 太い腕。目を開けると、そこには今朝会った男の人がいた。どうやら、私のことを助けてくれたらしい。

「あの……」

「大丈夫だったか」

 そう言って、私を地面に降ろしてくれた。辺りは校舎の破片ばかりだ。この人は、自分の危険も省みず私のことを助けてくれたのだ。

 お礼を言おうとしたら、それに被せるように彼が口を開いた。

「早速だが、君にはダンガイダーに乗ってもらう」

「は?」

 思わず口から出てしまうほど、意味が分からなかった。

 鋭い眼光が私を睨む。思わず息を呑んだ。

「私は秘密結社フラッチェの総司令、秩父籾雄だ。君には、我らが総力を挙げて完成させた『絶壁ロボ ダンガイダー』のパイロットになってもらう。そして、あのロボットを打ち倒してもらう」

 突拍子もない冗談のようなことを言い出す秩父さんに、私は混乱してしまう。

「意味がよくわからないんですけど……」

「見てもらえば分かる」

 そう言って、秩父さんはネクタイにつけてあったピンを取り外し、それに向かって何か話しはじめた。どうやら、通信機のようである。確かに、彼の耳にはイヤホンがつけてあった。

 自分の立っているところが急に陰った。校庭の方を見た。

 あのロボットが手を振りかざしていた。

 目の前のことで完全に忘れていたが、ここはロボットの目の前なのだ。狙われて当然である。

「――っ!」

 今から避けてちゃ間に合わない。終わった。

 短い人生だったなあ。振り返る暇もなく、私は潰れてしまうだろうけど。走馬灯なんて、本当にあるんだろうか。頭の中ではそんなことを考えていた。

 ロボットの腕が振り下ろされた。眼前に黒い影が迫る。目を閉じた。ぐっと、拳に力を込める。

 正面からトラックの衝突事故でも置きたかのような爆音が鳴り響いた。

 数秒経っても、私は潰れない。というか、そんな気配もない。

「目を開けろ、少女」

 秩父さんの声。それに従うと、目の前にはロボットがいた。さっきまで私を潰そうとしていたものではない。白く無駄な装甲のない洗練されたボディ。特に胸の部分は、厚い装甲の黒いロボットとは対照的に、コックピットが露出している。

「これは……」

 洩れた声に、秩父さんが反応する。

「これこそが、『絶壁ロボ ダンガイダー』。最先端科学を集結させて作り上げた人型戦闘兵器だ」

 ダンガイダーを指差し、そう言う。しかし私は、未だにぴんときていない。こういうのに乗るのは大概男なのではないのか。

「疑問に思うこともあるだろうが、先ずは乗れ。そして、あのロボットを打ち倒せ」

 秩父さんがそう言った直後、ダンガイダーの指が私を摘まんだ。

「えっ、ちょ」

「なに、乗ればあとはオペレーターが指示する」

 かか、と笑う無責任な中年おじさん。

「そういう問題じゃないです!」

 叫びも虚しく、私はダンガイダーの胸元にあるコックピットに乗せられる。ハッチが閉まり、目の前のガラスに様々なものが表示される。

「これは……」

『各部位稼動値、その他いろいろなデータです、知恵さん』

 その声は、上部に取り付けられたスピーカーから発せられたようだった。グラフの上に、新しくウィンドウが開き、金髪の少女の顔が映った。

「あなたは?」

『私はダンガイダーオペレーターの能美・B・うららです。うらら、とお呼びください、知恵さん』

 にこっと笑いかけてくる美少女に、私は苦笑で返す。

『早速ですが、敵のロボットが立ち上がっています。さあ、操縦桿を握ってください。左右にあるバーです』

 ガラス越しに見ると、確かにさっきまで横たわっていたロボットが立ち上がっている。私は言われたとおりに、操縦桿を握った。不思議と、初めて握った気がしなかった。なんとなくだが、操作が分かるような気がする。

「でも、なんで私なの?」

『ああ、それは簡単なことですよ。このダンガイダーは、パイロットの胸が小さければ小さいほど強くなるんです』

「はい?」

 そこでまたしても思考が止まる。

『今は、そのことは置いておいてください。それよりも、ほら、敵が来ます』

 前方から突撃してくる黒いロボット。振りかざした拳が見えたが、私は今それどころではなかった。

 鋼鉄の塊が横合いからボディに入る。機体が大きく揺れ、横に倒れこんだ。

『ああ! 左腹部損傷! どうしたんですか、知恵さん!』

 スピーカーから叫び声が聞こえる。しかし、私には今はそんなことどうでもいい。

 黒いロボットが倒れたダンガイダーの上に馬乗りになる。そのままマウントポジションで黒い拳を振り下ろす。何度も、何度も。

 コックピットにも何度か当たったが、どうやらこのガラスの強度は相当のものらしい。ヒビひとつ入らない。

『右肩部装甲破損! 頭部も逝きました! 知恵さん! 動いてください!』

 そんな声がぼんやりと聞こえる。流石に何度も殴られれば、ダメージは大きいらしい。いや、そんなことよりも。

私の中に渦巻く感情は、どうやらもう押さえ込めそうになかった。

「……が……だ」

『はい?』

 焦って手元に何か打ち込んでいたうららちゃんの手が止まった。

「誰の胸がAAAカップだ!!」

 両手に握った操縦桿を一気に引く。それに合わせて、ダンガイダーが動き始める。振り下ろされた拳を弾き返し、顔面に左手を叩き込む。大したダメージではないかもしれないが、十分だ。拘束が緩んだ瞬間に、上に乗っかっていた機体を押し飛ばす。

『す……すごい』

 うららちゃんが驚いているが、どうでもいい。

「うりゃあああああああ!」

 更にダメ押しで敵機の腹部を蹴る。ごろごろと転がっていく黒いロボット。その跡には崩れた建物が残る。

『今です、トドメを!』

「いっけえええええええええ!」

 突き出した手のひらの穴から、ロボットの全エネルギーを射出する。七色の閃光は、黒い機体を包み込む。

 数秒の後、ロボットは跡形もなく消え去った。もちろん、町の一部も消え去ったが。


     ***


 秩父籾雄は、学校からやや離れたマンションの屋上にいた。そこで、ダンガイダーが敵機を打ち倒すところを見ていたのだ。

「流石、チチナイダー博士の最高傑作だ。一号機とはいえ、十分な性能だな」

 腕を組んで頷く。

「そうのすな」

「――ッ!」

 背後から聞こえた声に反応して秩父は振り返る。奇妙な口調に聞き覚えがあった。

「貴様は……ポール!」

「久しぶりのす、チチモミ司令」

 立っていたのは、燕尾服に蝶ネクタイ、シルクハットという、こんな場所にはそぐわない格好をした外人風の男。幼さを残す顔つきに、またしてもそぐわない単眼鏡をしている。

 からん、からん、と下駄を鳴らしながら歩き、手に持った杖を回す。

「どうして貴様がこんなところにいる」

 ポールと呼ばれた男は、秩父の鋭い眼光にも全く怯む様子はない。むしろ不敵な表情を浮かべている。

「なに、宣戦布告のすよ」

「宣戦布告?」

 ポールは頷く。

「フラッチェに向けて、『我々』から、のす」

 その台詞で、秩父の中でひとつのことが浮かび上がった。

「あのロボットは貴様の差し金だったのか」

「まあ、そういうことのす」

 ふ、と秩父は笑う。その笑みは、ポールにとって不快なものであった。

「何がおかしいのすか?」

「いいや、何も。ただ、全力で叩き潰せばいいだけの話だ」

 その言葉を聞き、今度はポールが笑った。

「出来るものならしてみるのす! 今日のは序の口、これから更に恐ろしい刺客を送り込んでやるのす!」

「だが負けん! ダンガイダーは絶対にな」

 それは秘密結社フラッチェ総司令としてのものではない。ただ一人の男として、その正義感のもと、言い放ったのである。だからこそ秩父籾雄はフラッチェ総司令なのである。

「ふ、また何れ会うこともあるのす。楽しみにしているのすよ」

 そう言い残して、ポールは燕尾服を翻し、屋上から飛び降りた。秩父が端に駆け寄って下を覗いたが、まるで煙のように消えてしまっていた。

 秩父は顔を上げ、ダンガイダーを見た。

「これから、苦しい戦いになるだろう。しかし、千早知恵、君ならやれる」

 陽光を反射する純白のボディは眩しかった。秩父は呟く。

「B65W54H70。君は間違いなく最高のパイロットだ」


     ***


 絶壁ロボ ダンガイダー――それは、パイロットのトップバストとアンダーバストの差が小さければ小さいほど性能を発揮するロボットである。



                           《続く》

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