間章
その者の背から、生えるは二対の白き翼に、同色のワンピースの下にズボンという姿。左腕には腕章がピンで止められ、とんがった耳には赤いピアスをしている。
硬質な靴音が石畳に木霊しながら、丸い柱を等間隔に配した回廊を歩いていた。柱には緻密で繊細な文様が左右対称に掘られ、それらを蔦が巻き付くさまは、忘れ去られた宮殿跡地のように厳かでいて、物悲しい。
歩くたびに黄緑色の長い髪が風に遊ぶ様は木の葉が舞っているようにも見え、、切れ長から除く柚葉色の瞳は伏せ目がちだった。
ふと、その者は立ち止まり、右側に視線を向けた。
そこに広がるのは蒼い空と樹海が広がっており、たとえ壁の中の、どこにいても見ることの出来るこの塔の回廊にその者はいる。
そして、その塔と回廊の先にある神殿に【あの方】のいる神殿は存在していた。あまりにも高い場所にあるため、目視することはできない高見にあり、一体どういう原理かもわからず浮遊している。
「リーゼルが何をしようとしているか、セリは分かった?」
湖面へ水滴が落ちるように問いかけられ、振り返った。
回廊の先、自分が進むその前に音もなく、誰か立っている。自分と同じ翼に同じ服、とんがった耳に赤いピアス。けれども、空気に溶け込み消え入りそうなほどの白く長い髪と瞳は、彼の声同様に静かで希薄だった。だが、よく見るとその白い髪も瞳も染料で染め始めるかのように先は青く変色している。それを気にする素振りを見せることもなくただ、ぽつりと返した。
「リーゼルが力を貸した人間が一人、目覚めた………まだ、信じているようだったよ、ハギ」
僅かばかりの怒りと悲しみを交えた声が、風に流されて消えていく。
「彼が一番、そういうのに縋っていたからね。僕らと違って………ね」
自嘲気味に吐き捨てたハギを、セリは視線を合わすことなく尋ねる。
「ハギは………リーゼルをどう思う?」
「僕は敵に回っちゃったんだからどうにかして捕まえて、ひっぱたくかな。セリは」
問いかけられ、セリは首を振った。
「分からない。けど、聞きたいんだと思う。理由を聞いて、そうでなければリーゼルを怒ることも蔑む事も出来ない」
ハギは、やれやれというように肩を竦める。
「まぁいいよ。次は僕がそのリーゼルが力を貸した者に会ってみるよ。そしてアンダンテを捕まえてくる。そうすれば、はっきりする。こんなこと、今までなかったからね」
バサっと勢いよく羽根を動かすと、ハギはその場から飛び去っていく。
重い荷物を持ち上げるかのような荒々しさにセリは、ため息をついた。
【あの方】は、リーゼルのことをどう思っているのだろう。大した命令も何も下すことなく、ただ黙認し、自分たちの好きなようにやらせてくれる。
リーゼルがなぜ、我々を裏切ってまで人間に力を貸し、その力を信じているのか。自分は何度も平行線の遣り取りを交わしてきた。いつか、平行線の先の交わりがあると信じていたのもまた、事実だ。
そして突然、リーゼルの気配を感じなくなり、その後調査した結果アンダンテの中に彼を感じたのだ。あの子さえ、捕まえて話を聞ければきっと、自分らのこの憂いもなくなるだろう。
確かにやり方としてはまずいし、ちゃんと話し合うことも必要だった。けれども、騒ぎを起こすことでリーゼルが現れるのではないかと思っていた。
だが、現れたのはその後の一瞬で、やはり手がかりとなるのはアンダンテだけになった。
彼が何を望み、何を考えて、人間に力を明け渡してまで変えようとするのだろう。このままではいけなかったのか。また、数千年前のことを自分が引き起こそうとしていることの事実になぜ、リーゼルは気づこうとしないのだろうか。人は愚かで、無知で、傲慢だ。
何もかも自由にやらせたのがいけなかったのか。でもその全てを自分らは決して許したつもりはなかった。
たった一つのことだけを覗いて。そのたった一つですら人間は奪おうとした。
一体どれほどの物を奪い尽くせば、人間は飽きるのだろう。どうやったら諦めてくれるのだろう。まるで、神は自分らではなく、人間が自分らの主であるかのようだった。
しかも、自分らが望むものを人間は与えてはくれない。
余りにも一方的で、尚且つそれゆえの勧善懲悪はあまりにも、無慈悲だ。
セリは、ハギが去っていった方向を見つめながら思う。
リーゼルは本当に何を考えて、あの子供に力を分け与え、アンダンテを作ってどこかへ消えたのか。あんなにも自分らは君と共にあったはずなのに、どこで道を違えてしまったのだろう。
共に笑い、共に励まし合って来た仲間であったのに。
「リーゼル……」
セリは、愛おしそうにそうかつての友の名を呼んだ。
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