みどりの瞳 03
このまま話すのもなんだからと言って、ツカサが案内したのは光磨たちがいた所から近い場所にある家だった。
光磨たちが住んでいた家とは違い、三角屋根に藁や植物などを用いた竪穴住居だった。しかも、竹林に埋もれるよう建てられており、言われなかったら絶対に気づかなかっただろう。それほどまでに周りの景色と同化している。
入り口は背を屈めないと入れなかったが、中は思ったよりも広い。部屋の隅に生活で使う食器などが収めた棚があり、布団らしきものも畳まれている。
中央からは火を炊く釜戸から煙が、ゆらゆらと立ち上り、暖かった。恐らくツカサが火を消して、すぐに光磨たちに出会ったからだろう。
「ゴザがありますからこれを敷いて座って下さい。今、お茶を、入れます」
ツカサから受け取ったゴザを敷いて座る。光磨とアンダンテが並んで座り、音喜と鼓動が釜戸を囲む形で座った。
ツカサは光磨たちの間に座ると慣れた手つきで火を起こした。その中に土器を入れ、中には水が満たしており、その中にカモミールを入れて煮出した。部屋中に香りが広がる。
「カモミールですか?」
「はい、蜂蜜とかはお好みでお願いします」
立ち上がり、棚から小さな壺を取り出すと、それと共に木のお椀を持ってくる。
「驚き、ました。まさか壁の外から人が来るなんて……」
座って早々、ツカサはそう切り出した。
「えっと詳しいことは話せないけど、まぁそういうこと。俺は光磨、となりがアンダンテ、音喜に鼓動。よろしくな!」
明るく光磨が言うと、ツカサはよろしく、と言って小さく頭を下げた。
「ツカサくんが言ってた、占い師の一人ってどういうこと?」
鼓動は目の前で煮える土器を、不思議そうに見つめてそう言った。
「僕らの村で、こういう瞳を持つ人間には、視る力があるんです。それ故に重宝され、ここで暮らすことを許可して貰っているんです」
「許可?」
物騒な言葉に光磨が聞くと、ツカサは小さく頷いた。
「壁が作られた当初、それはもう酷い有様だったそうです。その中で突然変異として僕たちの先祖が生まれて。その時、鬱憤の矛先を彼らは僕たちに向けたんです」
帰りたかった場所に二度と帰れなくなった人々の感情は爆発し、いつ明けるともしれない戦いがあったという。そこに生まれたのが人間では決してあり得ない瞳を持つツカサたちだった。その結果、彼らの鬱憤を晴らす道具として人以下の扱いを数年前まで受けていた。
けれども、最近になって、ツカサたちの能力が村の人たちに認められ、村外れではあるものの、住まわせてくれるようになった。
「何かを占い、そして当たることだけを彼らに望まれました。もし、外れれば殺されていました。今はだいぶ緩くなりましたが、それでも僕たちに過度の期待を寄せる声は病みません。たまに、生まれてきた突然変異たちはこうして僕の家の前に捨て置かれたりすることが多いです」
小さくか細い声で、自分もその一人でしたと語る。
「うちも、音喜たちの家族に何かあったら占いとかしてもらうよな?」
勤めて明るい声で光磨が切り出すと、鼓動はそうそうと乗ってきてくれた。
「でも、間違ったとしてもボクら納得してるよね。そう考えると、ここはちょっと……ひどい、よね」
鼓動は音喜の顔色を伺うように言った。
「そしたらとても羨ましい、かな。君たちの村では森守一族、なんて言われてるの?」
「あぁ、突然変異で生まれたりはしないな。ほとんど音喜たち一族のみ、だな」
同意を求めるよう音喜に聞くと、彼も短く肯定した。
「でも、僕たちが生まれる以前はそういう突然変異があったと聞いたことがあるから、ツカサ君と大差ないよ。占いもするし、それ以外のご意見番としての能力の方がうちは高い、かな」
「そう、なんだ」
感心したようなツカサの声に、光磨は頷く。
「ここでは僕たちのことを【森の呪い子】って言われてます。突然変異種っていう人も、います」
やがてぷくぷくと土器の中のカモミールが煮出したのを見とがめ、ツカサはお玉で掬うと椀の中にお茶を注ぎ込む。
それを光磨たちに渡すと、自分もそのお茶を口に含んだ。
光磨もお茶を口にすると、少し薬のような味に加えてどこか安心する香りに包まれた。ホッと一息できたことに、自分がずっと緊張していたことを知った。
「僕の他に血の繋がらない両親がいて、その人たちが僕に占いのやり方を教わりました。けれども、皆がそれぞれのやり方で行っていて、それを決める時はお告げがあるそうなんです」
「お告げ?」
光磨が音喜の方を見ると、彼は知らないのは無言で首を振った。
ツカサは両手に椀を持つと、ふぅっと息を吐いた。それから唇を湿らすようにして喉へと流し込む。
そうすると、光磨はようやくツカサの髪が長いことに気がついた。音喜と同じく腰より長い髪を一括りにしており、耳にはピアスをしていた。どうして今更、それに気がついたのだろう。
ツカサはそのことに想いを馳せるよう目を少し、細めた。
彼の村にいる音喜と同じような能力を持つ子供の目覚めに欠かせないのが【お告げ】だった。しかし、それが来る年齢も時間帯も個人差があって、いつとは答えられない。そして、彼らの力の衰退も個人差があってと、あやふやな面が多い。そのため、新しい占い師を立てる前に前任者が亡くなるというケースが多かった。なぜ、そんなことが起こるのかさえ、未だ分かっていないのだという。
その結果、占い師が誰もいないという空白の時間が生まれる。閉鎖された空間でツカサたちが生きる術はそれしかない。つまり、早くこの身にお告げがくることだけが願われる。でなければ、殺されてしまうから。
「僕の場合、前任者は義母だった。義母が死んだ時、父や僕にはお告げが来てはいなかった」
じっとツカサはお椀に映った自身を見つめる。
光磨は、壁の向こう側の世界が自分たちとあまりにもかけ離れていることに、本当に自分たちと同じ、人間なのだろうか。そんなことまで考えてしまう。今まで僅かに残る書物や村で伝え聞いた話とはかけ離れた世界の話に、実感がなかった。
光磨の村の場合、音喜の先祖は混乱した自分たちを導くカリスマ性があり、こんな誰かを殺したりとかそういうことは一切なかった。森に愛された森の愛し子。過去の自分たちが犯した過ちを正すべく、彼らは存在し、見守っている。それが光磨たちの常識だった。
けれども、ツカサの村はちがう。それとは全く逆のただ鬱憤を晴らすための道具でしかないのだ。
そして光磨たちが森守一族に頼む占いも、正直当たり外れがある。なので外れたとしても、あくまでも道を決める上でのあと一押しでしかないのだ。そして、最後に決めるのは自分自身である。そういうことを音喜の祖父は説いている。
火花が爆ぜる音がして、光磨は思わず目をこすった。
「あっ……あれ?」
気のせいだといって片付けることは出来ないほどの目眩に、光磨は襲われた。思わず頭を押さえるとその爆ぜる釜戸の向こうでツカサは静かに言った。
「だから、僕は早く、お告げがくることを願ったんだ………」
「つか、さ?」
何かが転がる音がしたかと思うと、光磨の体は地面に倒れていた。薄らと消えゆく意識の中で、アンダンテと音喜、鼓動も同様に倒れている姿が見える。
その向こう側で、ツカサが冷ややかに笑った気がした。
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