みどりの瞳 02

光磨が目を覚ますと、細かい砂粒が顔に落ちてくる。それを振り払い、起き上がるとそこは洞穴のようだった。側にはアンダンテや音喜、鼓動が倒れており、見たところケガはないようで、気絶しているだけだろう。

立ち上がると、天井は手を伸ばせば指先が届く程度ある。光磨の後ろには木の箱が幾つか積まれており、どうやら備蓄倉庫として使われているらしい。壁も頑丈に作られており、そう簡単に壊れたりはしないだろう。

光磨は、洞穴の入り口から差し込む光に導かれるように、外へ出た。

最初に聞いたのは笹のざわめく声だった。辺り一面を笹林があり、今いるこの洞窟はその中に作られたようだ。見渡す限りに人の姿はいないが、ずっと先に灰色の煙が立ち上っていた。


「人が……いるんだ」


光磨は安堵と不安を織り交ぜながら呟く。自分たち以外の人間がここに暮らしている。それだけで大収穫だ。壁の中にいると、世界に取り残されたような気持ちになる。だから、こうやって壁を抜けた先のここにも人がいるというのは、とても嬉しくありがたいものだった。


「リーゼルが言ってたことってこのことか?」

「光磨?」


振り返ると寝起きの音喜が、頭を押さえながら出てきた。頭でも痛いのかと思ったがどうやらただ単に、目眩がするらしい。


「大丈夫か?寝てろよ」

「もう平気。あの光にやられたんだよ……ったく」


悪態をつきながら音喜は振り返る。光磨自身もあの眩みそうな光で何度も壁の中に入るというのなら勘弁してほしい。アンダンテに言えば何とかなるかな。


「それにしてもすごい竹林だ。僕らの村にもあったがこんなにはなかったな」

「一区画に竹の子はほんのちょっとあっただけだもんなぁ」


光磨は村であった竹の子をご飯にしたことがあった。けれども採れる量は限られており、全員に行き渡る量となると当然、少なくなる。


「これなら腹いっぱい、食えると思わねぇ?」

「食い意地はってるねぇ、光磨」


腕を組みながら、音喜はちらちらと竹林の根元を見るあたり、そっちの方こそ食い意地が張っていると光磨は思う。


「なに、なんかあった?」

「ふぇ?」


鼓動とアンダンテが手を繋いで来るので、二人にもこの竹林を指差した。


「へぇ、竹の子ご飯……食べたい、かな」

「たけのこ、ごはん?」


やはり鼓動も思ったのか頷いていると、アンダンテには聞き慣れないのかこてんと首を傾げている。


「すんげぇ、うまいから!しかも貴重!」

「きちょ、う!」


光磨のハイテンションにつられたのか、アンダンテもおぉと雄叫びを上げる。


「それよりもまずは、この村を探索するのが先だよ。そしたら竹の子見つけよう!」

「賛成!さすが音喜、分かってる!」

「褒めても何も出ないけどね」


ウィンクする上機嫌な音喜に、光磨は何だかワクワクしてくる。早く村では腹一杯食べられなかった竹の子ご飯を、食べたかった。ふっくらとしたお米の中に隠れる肌色の竹の子たち。湯気が立ち上る中、香りを吸い込むと舌に青臭さが残る甘みが広がる。箸で一口掬うと優しく口へと運ぶ。火傷しないようにしながらハフハフしながら、噛むと竹の子の編み目が歯で解れ、間に挟まったうま味がじゅわぁと染みだし、ご飯のうま味そのままになだれ込む。喉に落ちてくる竹の子は、胃に入るまで味を残していく。考えただけでお腹が減ってくる。


「コーマ?」

「はっ!」


想像してたら涎が出てきてたみたいで、アンダンテに指摘されて慌てて袖で拭う。あぶない、あぶない。


「竹の子はともかくとして全員で行く?」

「そうだな、全員で行ったら危なくねぇか。しらねぇ……村だしよ」


かさりと、何か動いた。

光磨は思わずそちらへ顔を向ける。


「えっ、なに、何か……いたの?」

「わかんねぇ、けど……隠れようぜ!」


光磨は一旦左右を見渡してから、先ほどまで倒れていた穴の中へ皆を引っ張っていく。そして、隅に置かれていた箱の後ろにちょうど、隠れるスペースを見つけると全員でそこに隠れた。

今さっき、誰かの足音がしたのだ。気のせいなら別に良いだろうが、ここは知らないとこだ。何があるか分からないが、用心はしたい。それに竹の子も食べたい。


「うぅ……」


隣でアンダンテがくぐもった声をあげるのを、光磨は自分の唇に人差し指を当ててしぃっと言う。すると彼女も同じような仕草でしぃとしてくれた。それだけで胸がほっこりする。


「このタイミングで誰か来るって変じゃないか?」

「殺されたり、しないよね!」

「ばっ、バカ言うなよな」


小声で光磨は叫ぶと、誰かが入り口に立った足音がした。その瞬間、全員が口にしぃと言う仕草をする。


「人がいるような、気が………したんだけど」


光磨たちの耳に飛び込んできたのは、声の調子から自分たちとそう変わらない年齢であることは分かった。

アンダンテは怖くなったのか、光磨にギュッとしがみつく。

その者はゆっくりと中へ入ってくる。

正直この箱の影はしっかり身を屈めていないと、体がはみ出てしまう。うっかり見つかったらごまかしようがない。何を思ったのか音喜が、体を箱から身を乗り出すと、こちらを向いて大丈夫と頷いた。


「音喜……おい」


けれども音喜はそのまま何も言わず、黙ってしまった。不審に思い、光磨も身を乗り出して覗き込んだ。

逆光でよくは見えなかったが、目が慣れていくと音喜がどうして黙ったのか分かった。

そこに立っていたのは、脱色したような茶色い髪に、音喜と同じ常磐色の瞳の少年だった。それは、森守一族のみが受け継ぐ証である瞳。

この村ではどういう位置にいるか分からないが、目の前の少年は音喜と同じと考えていいだろう。

着古した灰色の着物をきており、背中には籠を背負っている。時折刃物が擦れる音がするから、竹でも切りにきたのではないだろうか。


「あっ………」

「っ!!」


一瞬、少年と目が合ってしまった。相手は息を飲み、身構えて一歩下がった。

まさか、壁の向こう側で初めて会った人が音喜と同じ森守一族だとは思わなかった。一体どうすればいいのか。出来ることなら穏便に済ませたい。まだ、自分たちは彼に対して何もしていない。とりとめもない考えで光磨の頭はぐわんぐわんする。


「あっ………あの……」


相手を刺激しないために出した言葉はどうやら、逆効果だったようでますます彼は遠ざかっていく。このままではいつ、逃げてもおかしくはない。どうにかして引き留めようと光磨は叫んだ。


「あっ、怪しいかもしんない!!」

「えっ………」


思わず出てしまった言葉は、この場にはあまりにも不釣り合いだった。光磨は内心冷や汗を掻きながら、少年の方を盗み見る。常磐色の瞳を何度も瞬きをしながら、無言でこちらを見てくる。気まずい、非常に気まずい。背後で音喜が盛大なため息をついているのが分かる。鼓動の情けない声とかも聞こえる。本当に情けない。そう思っていると、少年が小さく吹き出すのを見た。


「ごめん、ちょっと……ふっくっ……」


本格的に笑い出した少年に光磨は、笑いだけ採れたからいいやと思う。もうこの際は気にしない方向でいこう。

そして光磨は相手の笑いが収まるのを待って、切り出した。


「あの、君は……森守一族、なのか?」

「もり、やまいちぞく?」


目尻に溜まった涙を拭い、少年は首を傾げる。

どうやら自分たちの村でしか使えない単語だったようで、光磨は後ろにいる音喜を伺いながら言葉を選んだ。


「えっと、お前みたいな目の人のことを俺らの村じゃあ、そう言ってるんだよ」

「君の村ではって……!」


徐々に開かれていく瞳は、月の満ち欠けのようだ。音喜は光磨の後ろから立ち上がると彼と対峙した。

また一歩と後ろへ下がった少年に、光磨は一歩踏み出して言った。


「あのさ、俺たち……壁の向こう側から来たんだ。詳しいことは後で話すけど、えっとお前の名前、なんていうんだ!あと何かするつもりは、全然なくて……だなぁ」


尻つぼみになっていく言葉だったが、少年は警戒を解いてくれたようで、無言で頷く。


「僕はツカサ。この村に住む占い師の一人です」


一言一言確かめるように、ツカサと名乗った少年は言った。

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