みどりの日 06

 光磨が光に包まれた時より少し遡る。

 音喜の両親と祖母は、村に下りていた。救済できると思ったが、彼らが出来たのは逃げた家畜を安全な場所に集めることだけ。火事などを協力して鎮火する作業は、連携で対応した。

その間もずっと、彼らの耳に恨めしい声が聞こえていた。憎い、憎い、死ね、みんな、死ねばいい。言葉にするならばそういうこと。


「これで何とかはなるが、解決にはならないだろうな」

「そうね。復興作業は難航しそうね」


 両親は互いに顔を見合わせながら、浮かべる表情は穏やかだった。それを見る祖母もため息で済ます。

こういうことは過去、壁が出来た当初はよくあったこと。そのため、何があっても復興作業が出来るような村作りがされている。家を建てるための木材は豊富にあるし、準備もしてある。


「だが、あれを抑えるのは難しかろう」


祖母が後ろを振り返る。

そこには巨大な人型が、燻る火だねで浮かび上がっていた。巨大な人型は樹木の枝や根でできている。それが蛇のように蠢いて地面に根を張り、空へ根を張り巡らせていた。


「どうしたもんかのう」

「いや、もうちょっと驚こう。母さん」


おっとりと頬に手を当てる祖母に、父がやんわり言葉を挟む。端で聞いている他人がいたら眉を潜めそうなほど。

どうするかと思いながら、三人が会話するその側に。その者はいた。

その者が足場にした木の根っこの上に立って、頭を抱えた。しかしその原因を作った張本人が、こうした事態を引き起こしたのだから自業自得だろう。

眼下に見下ろすのは地面が見えないほどに絡まった木の根っこたち、そのどれも大人の背丈の倍もある幅があった。

やがてその一本がその者と同じ目線へ伸びてくると、ぴたりと止まった。

その者は、柚葉色の瞳を細めてそれをじっと見つめ、黄緑色の髪をはらうとそれに近づいていった。

つっと手を伸ばし、それの顔を上げさせる。

その間もずっと地面では根っこたちが、蠢く様はさながら芋虫のようだった。


「アンダンテよ」


力なく投げ出された足に、異様に長い袖が反動で揺れている。

艶のあるその声に、アンダンテはゆっくりとその赤い瞳を開ける。

するとその赤い瞳はその者を目にした途端、玉のように丸くさせた。驚きと不安が入り交じるのを受け止めながら、その者は彼女の耳元で囁いた。


「リーゼルはどこにいる?お前からはリーゼルの匂いがする」


体を痺れさせるほどの甘い声に、アンダンテは無言で暴れ出す。それを害した様子もなく、その者は彼女の胸ぐらを無造作に掴んだ。


「どこにいる?」


至近距離で見つめられ、アンダンテは何度も首を横に振る。知らないものは知らない。だから、答えることもできないと言わんばかりだった。


「そう、知らないのか……」


落胆した声に、アンダンテはその者を見上げる。

黄緑色の髪の奥に潜む瞳が、迷子の子供のように映った。自分より遙かに年上だと思われるのに、幼い子供のように見えた。

外野がうるさいが、その者は気にするそぶりすら見せない。虫を払うかのごとく、外野を払った。

その時だった。

地上から目映い光が、夜の闇を照らし出す。澄んだ鈴の音色が次いでやまびこのように響き渡る。

やがてその光が収縮していくと、木の根の一つ。手に鈴を持ちながら鳴らす光磨の姿があった。

焦点の合っていない瞳をアンダンテとその者に向けて、鈴を鳴らし続ける。

そして何かに操られたように、光磨は両手を前に差し出す。するとその間に鈴が宙へと浮き、それに従い光も鈴へと移動していく。先ほど聞こえていたのはあの鈴の音らしい。


「君は……なに?」


首を傾げ、その者は光磨を見る。

しかし光磨は答えず、やがて鈴は一つの形を形成していく。それは銃だった。数百年前に失われた世界の武器であり、遺産だった。

それを光磨は真っ直ぐに、その者へ標準を合わせる。


「アンを、返せ」


背筋が寒くなるほど冷たく言い放つと同時に、光磨は引き金を引く。今まで一度も扱ったことのない銃の引き金を、彼は引いたのだ。

銃口から放たれた莫大な光は渦を巻き、土煙さえも一蹴させ、細く、寸分のくるいなく、向かっていく。

その者は小さく舌打ちすると、羽で空高く舞い上がる。

そしてアンダンテの横を、凄まじい早さで駆け抜けていった。やがて轟音が鳴り響く。時間にして一分も経たないうちに、光の銃弾は森を抜け、壁へとぶち当たったのだ。

続いて聞こえてきたのは、木々が爆風によってなぎ倒され、丸い後を残す。これが唯一、銃弾が通ったあとだった。そして、遠目からでも分かるほど壁には幾重もの円が刻み込まれていた。


「アン?」


いつの間にかアンダンテのそばにいた光磨は、彼女をぎゅっと抱きしめる。


「大丈夫か?ケガ、ないか?」


優しくアンダンテの背中を撫でながら聞くと、アンダンテの目から涙がこぼれ落ちた。それが光磨の肩口をしっとりと濡らしていく。


「どうして、俺たちの村をこんなにしたんだ!」


アンダンテを抱きしめながら、後ろに降り立ったその者に向けて言い放つ。


「悪いとは思ってるよ。けどね、これは君たちの為でもあるんだ」

「これが、俺たちのためだっていうのかよ!」


光磨は、分からなかった。目の前にいる相手が自分のためだというのならば、こんな村を破壊するようなことは出来ない。それをしたというのならば、間違っていると言いたい。


「君の怒りはよく分かるよ。でもね、僕たちはやらなければならなかったんだよ」

「なに、言ってんだよ。訳、わかんねぇよ」


震える体を叱咤して、光磨は言う。


「僕の名前は【セリ】。神の使いだよ」


静かにそう言うセリに、光磨は息を飲む。


「神の、使い?」

「そう。でも、僕はそろそろ行く。リーゼルのことについてはまだ分からないけど、色々報告したいことも出来たから。じゃあね」


そう言うと、優雅に右手を振ると地上を覆い隠していた木の根っこが、徐々に森の中へと交代していくのが見えた。

そして後に残ったのは無残にも破壊され、滅茶苦茶になった村の残骸だった。

改めて見せつけられた光景に、光磨は言葉をなくしていると、セリはつっと彼の前に降り立つ。


「君の名前、教えてくれる?」


光磨の顎を掴んで上を向かせ、蕩けるようにセリは問う。


「光磨、だ」


それだけを言うと、セリは口の端を上げてニッコリ微笑んだ。そして光磨の頬を下からなぞるようにして嘗めると軽い口付けを残し、風を纏って消えてしまった。

光磨は思わず頬を押さえ、一体なにがあったのかを理解するよりも前に意識は唐突に途切れた。

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