第4話蠢くもの

 再び由貴はカナエと遊び出した。麻衣子を悩ませたのは娘が部屋から外へ出たがらなくなって来た事だった。

「怖いオバサンがイジワルをするから、カナエちゃんが出たらダメって言うの」

 と由貴はドアから部屋の外を見るのもイヤがった。

 怖いオバサン…この前までそんな事は言わなかった。カナエは子供部屋にいて、ただ由貴と遊んでいるだけの存在だった。仮にスリッパの一件が有りはしたが、あれだって恐怖は感じたが取り立てて、麻衣子にも由貴にも直接の害が及んでいたわけではない。

 麻衣子はここしばらくの家の中の様子を思い浮かべた。

 物が知らないままに移動していると同時に、あの消毒薬の臭いがあちこちでするようになった。

 仕事の邪魔をするかのように、並べた石などがバラバラにされている時がある。

 イライラとさせられながら感じる違和感と恐怖。だがそれでも何かを見たとか、自分たちや物が壊れるなどの害は起こってはいない。

 そもそも麻衣子は心霊現象などのオカルトものに興味はない。テレビなどに上げられるものは眉唾だと考えているし、どう観ても合成にしか見えないものが真しやかに流されている。それを大袈裟に出演者が騒いでいるのすら、滑稽で不快だと思う。

 だから家で起こっている事も、何かの勘違いか思い込みだと本当は思いたいのだ。

 否定してしまいたい。

「何もない…何も起こってない」

 いつの間にか何かを発見する度に、暗示をするための呪文のよう自分が呟いているのも自覚している。

 それでも奇妙な出来事はエスカレートしても、消えてなくなる事は決してなかった。

 麻衣子は子供部屋から玩具をリビングに移し、着替えなどは自分たちの寝室に移した。そうしなければ何かが娘の由貴を傷付けるかもしれない…と、自分でも根拠がないとは思うのだがそうせずにはいられなかったのだ。

 夜は一緒にベットに入って眠る。寝室の鍵はしっかりと内側から施錠しているし、子供部屋も施錠してある。当然ながら夫の書斎もだ。

 だが夜中にふと目が覚める。大抵は由貴も同じタイミングで目を覚ます。

 すると室内にドアの隙間から異様に冷たい空気が入り込んで来ているのだ。

 怯える娘を抱き締めて息を殺していると、ドアの向こうからかすかな音が聞こえて来る。

 ギシ…ギシ…ギシ…

 古い木造建築の階段を誰かが上がって来る音だと思える。しかしこの家は新築の家で、当然ながら会談を上り下りしてもこんな軋む音はしない。する筈がない。しかも上がり切った足音が廊下を歩き回る音も、同じように古い木材が軋む音なのだ。

 足音は何か、もしくは誰かを探すように廊下を徘徊する。この家の廊下が長いわけではない。ごく普通に何処にでもある建売住宅の一つで、ただ部屋をそれぞれ独立させる為にだけのもので、L字型になって存在しているだけだ。

 それなのに足音は歩き回る。ギシギシという音を響かせながら。

 二人はただベットの中で震えているしかない。由貴は恐怖のあまり声も出せず、過呼吸に近い状態だ。麻衣子にしても為す術もなく夏蒲団を被って、娘を抱き締めたまま音が消えるのを待つ事しか出来ず、時には娘と一緒に気が遠くなっていつの間にか朝を迎えている事もあった。

 廊下を確認しては見るが、取り立てて何か異変はない。二階の短い廊下にも怪談にも。

だが探し物が見付からない腹いせのように、一階のリビングに時として異変がある。

 観葉植物の鉢が倒されていたり、ダイニングの椅子が玄関に積んであったりするのだ。一番酷かったのは麻衣子が仕事で使うパーツが、ことごとく床にぶちまけられていたものだった。

 貴石の中には欠けたり傷が付きやすいものもある。そうなったら売り物をつくる座パーツとしては使用できない。結局、一日がかりで全てを手で拾い集める事態になった。中でも水晶系の石は皆、クラックが入ってしまって使い物にならなくなっていた。クラックが入った水晶を使用する場合があるにはあるのだが、軽く刺激を与えると砕けてしまうようでは役には立たない。

 さすがに出来上がって納品するものまで壊されてはかなわないので、それらは寝室の枕元の棚の引き出しに入れて眠る事にした。それでも朝、引き出しから出して無事を確認するまで、不安が消えないでいる。

 何かが

 それはわかっているのだ。だが正体がわからない。目的もわからない。この家にいる理由もわからない。

 ただ得体の知れない何者かがこの家の中を、夜中になるとうごめいている事実だけが存在していた。

 

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