第7話 Legend of Ten thousand years ago - 3

 ――一方、闇深き地獄の底にて蠢く邪悪な影あり。


「我ヲ……ノママデルト思ウナ……」


 魔王はその身に宿した『無限の絶対魔力ソーサリー・アンリミテッド』により、死ぬことは叶わぬ。生物としての殻を失い、膨大な魔力を抱えた闇の塊となっていた。

 ひび割れた表皮の隙間から鮮血に塗れた剥き身の肉体が、脈動するのが垣間見える。

 自らの魔力に翻弄されて藻掻もがき苦しみながら地獄の底を這いまわる姿は、さながらドロドロとした黒褐色の溶岩のようだ。


「何千年ノ刻ヲ経ヨウガ、我ハ必ズ蘇ルゾ……」


 怪異な容貌に成り果てた今でも、邪悪な執念が衰えることはなかった。地獄の底に封印されて尚、悪しき異形の魔術により転生を試みていたのだ。

 獣の唸り声にも似た憎悪を吐き棄てながら、朗々と詠唱する転生呪文の声が、地獄の底に低く低く響き渡る。


「憎イ……憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イィィィィィィィッ!!!!」


 徐々に熱と狂気を帯びてゆく呪文の詠唱。その抑揚に合わせて形無き躰を波立たると、まるで指揮者のタクトに呼応するかのように巨大な魔方陣が現出した。その周囲では目に見えるほど強大な“無限の魔力”が禍々しい蒼白い雷球プラズマを放ちながら渦巻く。

 転生魔術の成功を確信し、より一段と熱と狂気を込めた呪文詠唱が極限まで達した瞬間、地獄の業火が共振して黒き炎が猛り狂ったように吹き上がった。

 闇の塊に姿を変えた躰からドス黒い鮮血を溢れさせると、それはまるで生き物のように這い回り、古代魔法文字ハイエンシェントを形成してゆく。失われた魔方陣の欠片パーツを埋め、最後の韻を結んで血の盟約を交わしたのだ。

 そうして、転生魔術を完成させようとしたその刻である。地獄の底、漆黒の闇の中に差し込む一筋の眩き光があった。


「ヌ……ッ?!」

貴方あなたがそのままであると、思ってはいませんよ……」


 聖なる光の中から現れたのは、太陽神と大地母神であった。


「何故、キサマラガ此処ニイル!?」

「貴様の悪行、我らが見逃すと思うたか」


 太陽神は、怯む闇の塊をギロリと睨め付けて大喝した。

 魔王がたじろぐのも無理はない。本来、天空と冥界の交流は断絶している。それどころか光の象徴である二柱神が、地獄の底へ降臨するなどありえぬことだ。

 だが魔王の熾した騒乱により、冥界の王は地獄への降臨を赦した。

 猜疑心が強くあらゆる事象に一切の干渉を赦さぬ冥界の王ですら、魔王の復活は危険だと判断したのだ。それほど魔王の持つ『無限の絶対魔力ソーサリー・アンリミテッド』は手に余る異能の力であった。

 魔王のまるで変貌した姿を見て、太陽神は興味深げに唸った。


「なるほど、これは面白い。貴様を殺すことはできぬようだ」

「ならば貴方の転生を、根底より覆して差し上げましょう」


 続く大地母神は穏やかな表情で微笑むと、魔王に向け右手をかざした。


「ナ、何ヲスル……!」


 大地母神の掌より放たれた光により、魔王の描きし魔方陣の方程式がスルスルと書き換えられてゆく。それに合わせて太陽神が息を吹き込むと、それはたちまち聖なる祝福ブレスに変わり、魔方陣の中心を春の陽の如き暖かな光で満たした。


「オオオ、ヤメロ……ヤメロォォォ……ッ!!」


 完全復活を果たした二柱神を前にして、力を大きく失った魔王に抗う術はない。

 徐々にその躰を縮ませゆく魔王に対し、大地母神が穏やかに問い掛けた。


「ところで、神々の力は何と呼ばれているか、ご存じ?」

「神々ノ力……神々ノ力ハ、全知全能……マ、マサカ!?」

「そう……そのまさかだとしたら?」

「我ノ現出モ、聖宝珠オーブヲ生ミシ我ガ御業モ……莫迦ナ……ッ!!」

「御名答。けれどもう、貴方あなた

「モ、モシヤ……我ノ現出モ……?!」


 大地母神は、その問いに答えることなくニコリと微笑んだ。

 惨めで矮小な闇の塊は、如何に怨言を並べようが、聞くに堪えぬ罵詈讒謗ばりざんぼうを喚き散らかそうが、神の御業を前にして唯々見守ることしかできなかった。

 こうして、神の御手により転生魔術は完全に書き換えられた。

 憎悪や嫉妬、怨嗟や憤怒。あらゆる負の感情で練り込まれ織り上げられたかのような魔王の魂は、新たに変貌を遂げ浄化されることとなる。

 そう、魔王は転生に失敗したのだった。


 ◆ ◆ ◆


 それから一万年後――現代。

 平和で平凡な世界に於いて『彼』は再び現れる。

 神々は、遥か遠き『古き約束』を忘れなかったのだ。


 平和と平凡を望んだ勇者との約束を。


 一方、魔王の魂は、一万年の時を経て浄化され、刻同じくして転生する。

 勇者の宿命から解き放たれた勇者。漆黒の闇から解き放たれた魔王。

 神の悪戯か、魔の陰謀か。一万年の刻を経て二人は邂逅する。

 何ら変哲のない日常に於いて。

 きっと彼らは、平和で平凡な生涯を過ごすだろう。

 故に記録として残ることはない。

 なればこそ、私がしるそう。

 他の誰にも紡がれることのない、忘れられ埋もれゆく、この物語を。

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