第6話 Legend of Ten thousand years ago - 2
分厚い雲間より光が射す。魔王の魔力より天界が解き放たれたのだ。
空を覆う暗雲を穿つが如く数々の光が立ち上り、神々が天上界へと帰ってゆく。その姿はまるで黄金の
徐々に黄昏る荒涼の地平線を前にして、勇者は感慨深げに世界を眺めた。
黄昏の光の中にひとり立つ勇者の前に留まる神々がいた。
神族の中でも最高位に属する太陽神と大地母神である。
「よくぞ魔王を討ち倒し、世に平和を取り戻してくださいました」
神々を代表し、二柱神は其々礼を述べ勇者を讃えた。
この二柱神に対し、勇者は恐れることなく問い掛ける。
「これにより、世は泰平となりましょうか」
大地母神は悲しそうな表情で首を横に振った。
「残念ですが、荒廃した世界の綻びを正すには、千代の刻を要します」
「そうですか……」
勇者は俯いて目を瞑り、遠き未来へと思いを馳せた。
暫しそうした後、再び顔を上げると勇者は静かに答える。
「ならば私は、世界の綻びを縫合する一本の糸となりましょう」
我が身を捧げて恒久の平和を創る――勇者は新たな決意を誓ったのだ。
その覚悟を耳にして、太陽神は預言した。
「
太陽神に続き、大地母神も告げた。
「後に幾多の艱難辛苦を乗り越えて、千年王国の礎となり、波乱万丈な人生に幕を閉じることとなりましょう」
それらは勇者の人生が、決して平坦ではない棘の道であることを示していた。
運命付けられた過酷な予言に、勇者は迷うことなくこう云った。
「それが私の宿命とあらば、喜んで」
自己犠牲を厭わぬ言葉に、二柱神の心は震えた。
それに応えて、太陽神は問うた。
「貴方に願いは?」
「子々孫々へ平和な未来を――」
勇者の言葉に、神々の心が動いた。
二柱神が天へ向けゆっくりと指差すと、未だ重々しく広がる雲間から光が差し込んだ。
瞬く間に天球には雲一つない青空が広がる。魔王が出現したあの日より、目にすることが叶わなかった、深く蒼く限りなく透明に澄み渡る空であった。
勇者は、その光景に胸打たれた。
満ち溢れんばかりに輝く光に目を細め「世界は美しい……」と呟くと、蒼穹のその更に向こう側――遠い未来へと想いを馳せた。
「願わくばこの美しい空の下、平和な世界に生まれ平凡な生活を送りたかった」
勇者は素直な心情を吐露すると、自嘲気味に微笑んだ。
「しかしそれは、叶わぬ夢」
自己犠牲と献身こそが、この世界に於いて自らの役割だと彼は悟っていた。そこに一切の不満や迷いは、今やない。
彼の両眼には、呟き前とは打って変わって決意の光が燈っていた。そんな勇者の呟きを耳にした大地母神は、優しく穏やかな表情で云った。
「平和な世界と平凡な生活――貴方の願いは聞き届けました」
太陽神も頷いて、その言葉に続いた。
「此度の働きは、我らと約束を結ぶに余りある功績」
「貴方が救った世界なのですから……」
「
神々は勇者の偉業を讃え、彼の願いを聞き届けた。
「魔王の禍々しい魔力に傷ついた世界が癒えるまで時間がかかろう」
「幾星霜の歳月を経るか、それは私にも分かりません」
「刻満ちて機熟した平和の到来と共に、その願いを必ずや叶えよう」
そうして神々は、平和な世界で勇者が望むままの転生を赦すと約束した。
この世界この時代で叶わぬとも、泰平の世で平凡に過ごすこと――それは闘いの日々に明け暮れた勇者にとって、願ってもない申し出であった。
「
「ありがたき幸せ」
こうして勇者は神々と『古き約束』を交わし、未だ見ぬ遠き東の地へと旅立った。
やがて勇者は、神々の言葉通り幾多の難関辛苦を突破して、後に千年の長きに亘る王国を興すと、人々を王道楽土へと
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