第4話  風情に欠ける天換

※新作の『聖剣が折れるとか聞いてないんですけどぉ!』もよろしくお願いします的なムーブ


******


『感知、感知したデス!!』


 けたたましい神鳥の叫びが頭の中で鳴り響いた。


「えっ、何!?」

『感知したデス、ギガーテの“プシュケー”を感知したのデス!』


 音を伴わない声、『念話』が僕の意識を乱打する。


『街の一角を結界で取り込もうとしているデス!』

「そ、それは分かったけど、僕はどうすれば」

『とりあえず人目に付かない所で待っててくだサイ!』

「わ、分かった!」


 校内で人の来ない場所、この条件を満たす場所はどこだろう。

 期末テストの勉強期間を間近に控えた中、どこのクラブも来月の新入生勧誘に備えて活動している。そんな状態で人目につかない場所などあっただろうか。


「……あの辺り、かな」


 色々考えた末、目的地に向かって僕は走った。


******


「ヘ、ヘイゼル、とりあえず、人気のない場所に、到着した、けど」


 僕が息を切らせて駆け込んだのは校舎1階のトイレ内。

 卒業した3年生の教室があった一角である。


 放課後は部活動が行われている都合、教室だけでなく家庭科室や視聴覚室、理科室など色んな場所に生徒が散っている。

 校庭から程よく距離があり、卒業生達の普段使っていた階が一番生徒がいないという判断は正しかったようで、この時期はがらんとした雰囲気を醸していた。


『了解デス。合流するデス』


 そう返事されたのが早いか、トイレの壁面に切り取られたような光の円が描かれたかと思うとその中から白いフクロウが現れた。


「お待たせ……ってトイレの中デスか。待ち合わせにはどうかと思う場所デス」

「そんな事言われても!? それよりも、僕は何をすればいいの?」

「ハイ。ギガーテの結界『巨神殿』にはワタシが『ヘルメスの小路』──転送門を作ってアナタを送りマス。なので」


 さも当然のように


「なので『天換』してもらうデス。ここで」

「…………男子トイレで?」

「ハイ? 『天換』は時や場所の干渉・弊害は受けないデスよ?」


 僕の示した抗議に首を捻るヘイゼル。

 ヘイゼルの疑問はもっともだ。神サマの力による変身に「ここがどこか」なんて問題はまるで作用しないのだと理性は告げる。


 だが、しかし。

 男子トイレで「女子になりなさい」、そう言われた非日常の気配に心が激しくモヤモヤした何かが鎌首をもたげたのだ、主に倫理的方面でこれは駄目な事をしてるんじゃないか的な感覚が。


「いや、別に禁止されてる項目ではないと思うけどさ!?!?」

「こだわりポイントが分かりまセンが、急いでくだサイ。結界の中は夢と同じ、時間経過は無いに等しい空間デス。つまり」

「後から乗り込んでも遅い、そうだった」


 ギガーテの結界『巨神殿』は言ってみれば世界の一部を悪夢に取り込む力。

 世界への干渉・展開に時間を要するが、己が夢に取り込んだ後は現実の時間からも切り離された隔離空間。好き勝手に蹂躙できる獲物の檻。


「だから準備を急いでくだサイ」

「ぐぬぬぬ、分かったよ!」


 せめて精神的抵抗を減らすべく個室に飛び込む。これで誰かから目撃されるという最悪の事態は避けられるだろう、きっとおそらく。


「それで、どうすればいいの!?」


 最低限の落ち着きを取り戻した僕に湧き立つ、次なる疑問。

 ギガーテと戦うために『天換』しろと言われても、僕には具体的な変身手段が分からないのだ。

 そんな問いかけにヘイゼルは頷き、


「気を楽にしていてくだサイ」


 請け負ったフクロウからオーラが吹き上がる。

 見覚えのある光景。

 そう、あれは僕が始めて変身させられた時の光景。

 光の束は神サマの振るう鉄槌を象り、ちっぽけな人間を圧する巨大な力を満たしたそれが僕の脳天へと振り下ろされて


「ヘパイストスの槌よ! かの者の“プシュケー”を『天換』せよ!」


 あの日以来に受ける2度目の衝撃。

 魂を揺さぶる一撃に僕の意識は掻き消えて。


******


 いや、ボクの事を僕と表現するのは間違ってるかもしれない。

 今のボクは戦うためにボクとなった存在なのだから。


******


「『天換』終了デス」


 耳元で生じる、静謐な声。

 頬を撫でる羽毛の感覚がボクの意識を引き戻す。


「どうデスか? 意識ははっきりしてマスか?」

「……うん、大丈夫」


 ボクの返事に嘘はない。前回は貧血を起こした後のようにフラフラしていたのだけど、今回は寝起きに近い感覚。


「手探り状態だった前回に比べると負担は少ない計算だったので、良かったデス」


 ただし前回に比べても複雑な内心は変わらない。

 トイレの個室の中なので鏡は無い、だから変わり果てた顔かたちこそ見えないけど、視界に映る白銀の鎧が「ああ、変わったんだな」と教えてくれる。


「ひょっとしてボクはヘイゼルの力を借りないと変身できないの?」

「慣れないうちは難しいと思うデス」


 そして神の遣いに答える声も、ボクのものでは有り得ない声。


「訓練すれば出来るデスが、今度やってみるデス?」

「そう、だね。キミが捕まって変身できない、そんな事が無いとも限らないし」

「変身ではなく『天換』デス」


 先にはそんな事態も想定してしかるべきかもしれない。

 けれど今は直近の事件を収拾すべきだろう。


「いけるデスか?」

「うん。だから結界への道を開いて」

「分かったデス。『ヘルメスの小路』!」


 トイレの壁面に再び灯る光の円。

 ギガーテの結界に繋がる転送の門に、ボクは躊躇わずに飛び込んだ。


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