第3話 縫い物と演者
神サマの遣いが告げた警告をまとめると
『僕の変身、『天換』は使用上の注意をよく読んでお使いください』
このようになるだろうか。
ヘイゼルから僕とこの街の置かれた状況を説明されてから2日。
元々が無理な変身だった代償、力の使いすぎが僕の存在を「女の子」として上書き固定してしまう欠陥を明かされた。
ギガーテが毎日のように湧いて出たら困る、困りすぎる……そんな心配をするのは無理もない事だったけど、幸いにして杞憂だったようで昨日一昨日は僕が悶々としていた以外は平和だった。
「まあ特撮やアニメの悪者だって毎日悪事を働くわけじゃないし」
この解釈が正しいのかはさておき、ギガーテを封印している『タルタロス』という場所も完全に壊れたわけではないらしい。
「『タルタロル』が完全に壊れていれば、封じられたギガーテが全てこの世界に溢れ出し」
一呼吸置いて。
まるで一大事を告げるかのように、こう言った。
「かつての
ギガントマキア、巨神と神々の大戦争。
それがどんな戦いで、どんな規模で行われたものなのかは想像もできないけれど、おそらくとんでもなく凄惨な戦いなのだろう。それこそ天変地異、世界の形を換えかねないくらいに。
「大戦争に比べれば、今は何も起きてない程度の事かもしれない」
繁華街の一角で発生した、巨神の一柱が為した災厄。巻き込まれた人の数も100名に満たなかったと思う。
だけど。
「身近な事、だからね」
むしろ世界規模と言われても小市民の高校生にはピンと来ない。だけど目の前で人が消滅し、妹が襲われた事実の方が僕にとっては危機感を募らせたのだ。
「戸田、釘抜きはどこに仕舞ったっけ?」
「倉庫の棚だろ。確か上から2段目」
「サンキュー」
衣装を縫う手を止めて、同じ道具係の同級生が慌しく駆けていくのを目に留める。忙しそうにしているのは彼だけでなく、この場にいる部員全て。
ここは僕の所属する演劇部の部室。
学期末のテスト発表を明後日に控えての大詰め、今を過ぎれば春休みがもう間近の季節。
3年生が卒業し、随分と寂しくなった放課後の部室は静けさを湛える暇のないくらいに活気付いていた。
いや、活気というか焦燥感というか。
「あーもう、いつもながら切羽詰ってるなあ!」
「誰よ、あんなスケジュール引いたのは!?」
「部長でしょ」
誰も彼も何かしら手作業をしながらの愚痴が飛び交う。
みんなが慌てて手を動かしている理由は、来月やってくる新入生向けの勧誘を兼ねた発表会の準備。3年生が卒業し、改めて新体制でスタートした部だけど、出し物の脚本が二転三転した挙句に配役の入れ替えが発生。
そのドタバタがもたらした影響は大きく、演者のみならず道具係にも色々と無理難題が降りかかったのである。
僕がやっているのもその一環。
主要キャストの衣装はもっと裁縫の上手な2年生が行っており、これは脇役の着るフリーサイズの衣装。
「戸田、そっちは終わったか?」
「あと2着残ってるけど、今日中には終わりそうかな」
「すまんな。ミシンが使えればよかったんだが」
作業進捗の確認のためだろう、大柄な2年生・小谷先輩が声をかけてくる。
部が所有するミシンは主要キャスト用の衣装係に専有され、その他小道具は針子が製作している状態だったりする。
僕は1年生の中では主要針子を務めているのである。
……あまり格好良くない称号な気もするが。
「しかし器用だな、船田も褒めてたぞ」
「そんな。先輩に比べたら全然ですよ」
小谷先輩が口にした船田先輩は道具係のリーダーで、主要キャストが着る衣装をまとめて担当している人だ。
既に縫い終わっていた一着を先輩が羽織る。柔道部所属の方が似合ってそうな小谷先輩が袖を通しても充分なサイズのそれは、糸のほつれも無く一着として機能している。
ボロ布製だけど。
「まあ船田は別格にしても、うちの他の女子が縫った奴と並べてもいい出来だと思うがな」
「あ、ありがとうございます……」
褒められれば嬉しい、それは確かな事。
しかし僕には、1・2年生の女子の視線が小谷先輩の背中に突き刺さってる事は指摘出来なかった。怖いし。
「しかし手馴れたものだ。俺なんざ家庭科で習った以上の事は出来ないんだが、何か手芸的な事をやってたのか?」
「ええ、まあ。友達の付き合いで」
「ふうん」
この友達というのは疎遠になった幼馴染の明日香の事だったりする。ぬいぐるみ作りを趣味にしていた彼女に付き合い、色々教わりながらそれなりの個数を縫い上げていた。
あの完成品の数々は、今も彼女の部屋に残っているのだろうか。
「そうか、戸田は演者も希望してるんだったな」
「はい。色々演じるのも面白そうだと思ったので」
特に演技の経験があるわけでもない僕だけど、なんとなく興味を持ったのは演じる方だった。
経験云々をいえば衣装係の方が大役を任せられる可能性もなくはないけど、縫い物の知識は彼女と過ごす事を目的にした技術だったりするので、その不純さを失った今、それほど打ち込めないように思う。
「手隙の時は衣装作りも手伝いますから」
「ああ、分かってる。演技の方も頑張れよ、村人B」
「はい!」
一介の少年、戸田真幸としてはまだこんなものだった。
******
1年生が任された分の衣装作りは一応の目処がついた。
「演じるのが面白そうだとは思ったけど、まさか女の子を演じる事になるなんてのは想像もしなかったけどね」
小道具を作る際に出来た大量のゴミを焼却場に運びながら、ついつい独り言が漏れる。
『天換』。
神の奇跡とでも言うべきアレは演技でも演劇でもなく過去の改変に近いという話だけど、姿が変わっても意識や記憶が変わった自覚はないために普通の変身との違いを僕が認識する事はない。
それに変身していたのが体感でほんの数分だったのもあってか、舞台でそういうキャラクターを演じた感の方が強かったりもする。
「……まあ、下手すれば『演じる』で済まないって話だったけど」
小道具から生まれたゴミは大半が布素材、大きさの割に軽かったので僕ひとりで運んでくるのも簡単だった。
というか、他の衣装手伝い班はまだ縫っているから僕以外の手が空いてなかったというべきか。
「手伝うって言ったんだけど」
小谷先輩の「戸田は他の女子より縫い物上手いなあ」発言のせいで女性陣の闘志が燃え上がったらしく、剣呑な光を湛えた目で断られたのだから仕方ない。
「さて、衣装作りの手伝いは難しそうだから」
何をしようかと思った時。
『感知、感知したデス!!』
けたたましい神鳥の叫びが頭の中で鳴り響いた。
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* あとがき的なもの *
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この章は次とエピローグで〆、になる予定。
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